創世記17:1-14 『永遠の契約』 2006/07/02 松田健太郎牧師

創世記 17:1~14
17:1 アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現われ、こう仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。
17:2 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に立てる。わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」
17:3 アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。
17:4 「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。
17:5 あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。
17:6 わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。
17:7 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。
17:8 わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」
17:9 ついで、神はアブラハムに仰せられた。「あなたは、あなたの後のあなたの子孫とともに、代々にわたり、わたしの契約を守らなければならない。
17:10 次のことが、わたしとあなたがたと、またあなたの後のあなたの子孫との間で、あなたがたが守るべきわたしの契約である。あなたがたの中のすべての男子は割礼を受けなさい。
17:11 あなたがたは、あなたがたの包皮の肉を切り捨てなさい。それが、わたしとあなたがたの間の契約のしるしである。
17:12 あなたがたの中の男子はみな、代々にわたり、生まれて八日目に、割礼を受けなければならない。家で生まれたしもべも、外国人から金で買い取られたあなたの子孫ではない者も。
17:13 あなたの家で生まれたしもべも、あなたが金で買い取った者も、必ず割礼を受けなければならない。わたしの契約は、永遠の契約として、あなたがたの肉の上にしるされなければならない。 17:14 包皮の肉を切り捨てられていない無割礼の男、そのような者は、その民から断ち切られなければならない。わたしの契約を破ったのである。」

① 名前が表すもの
日本では昔から、「名は体を現す」と言います。
だから私たち日本人は、子供の名前をつける時に細心の注意を払うんですね。
まあ、一昔前には末っ子だから“末吉”とかいう名前をつける人もいたのでしょうが、少子化が進む現代では、安易に名前をつけることはほとんど無いだろうと思います。
日本の習慣では、お互いを苗字で呼び合いますが、名前の思い入れということを考えると、僕はなるべく皆さんの名前を苗字ではなく、下の名前で呼びたいと思っているのです。
苗字というのは受け継いできた名前だったり、特に女性にとっては、半強制的に結婚相手の苗字に変えられてしまうということもありますよね。
皆さんが僕の真似をする必要などありませんが、これを機会に皆さんを下のお名前で呼ばせていただいてもよろしいですか?
馴れ馴れしくて嫌だということでしたら、言って下さいね?(笑)

ちなみにうちの子供の奈緒美は結婚する前から決まっていた名前なのですが、聖書の登場人物のナオミから来ています。
ヘブル語の意味として「喜び」ということを願いとして名付けました。
漢字は後で決めたのですが、実は漢字の意味はあまり考えず、字面だけで選びました。
後で中国人の友人に聞いたら、“至上の美”というような意味だというので、えらく大げさな名前をつけてしまったものだと思ったものです。

ヘブルの文化も日本と同じようなところがあって、聖書に登場する人物の名前は、その人物の本質を現しています。
ただ、ユダヤ人の名前の付け方が日本人と違うのは、こういう子供になってほしいという願いを込めて名づけるのではなく、そのときの状況から直接名前をつけることが多いのです。
だから、「毛深い」という意味の“エサウ”だとか、「かかとをつかむ」という意味の“ヤコブ”が名前になってしまうんですね。

さて今日の箇所では、アブラムが私たちがよく知っているアブラハムという名前に変えられます。
これは別に、姓名判断の結果でも、アブラムの画数が悪いから“ハ”を加えたということでもありません。
アブラハムというのは神様が直接名づけた名前で、アブラムは新しい使命の元に、本質を新しくされて歩み始めるということになるのです。

アブラムという名前は、「高貴な父」という意味でしたが、神様によって新しくされたアブラハムという名は、「多くの国民の父」という意味が与えられました。
ここにも、アブラムが繰り返し与えられた「あなたの子孫を大いなる国民とする」という約束が表されているのです。
これに加えて妻のサライも新しい名前が与えられ、「私の女王」という個人的な意味の名前から“わたしの”という個人を表す言葉が取り去られ、“多くの国民の父”の妻にふさわしい、普遍的な“女王”という意味の名前へと変えられます。
これを通してふたりは生涯の転機を迎え、神様との契約に結び付けられた道を歩み始めることになります。

② 契約の重要性
この契約とは、神様がアブラハムとの間に結んだ個人的な関係です。
私たち日本人は、なかなかこの契約という感覚が分からないのですが、当時の中東地域では、契約というものがすべての信頼関係を結びつけるものでした。
当時この地域で生活していた人々のほとんどが家族単位だったり、小家族で村などを形成して生活していましたから、身を守るためには他の村々と同盟関係を結んだり、商売をするのにもしっかりした契約を結ぶのでなければ互いに信用しあうこともできなかったのです。
昔の海外の映画で、子供たちが自分の手のひらにナイフで傷をつけ、血が出ている手で握手をしてお互いの友情を確かめ合うというシーンを見たことがありませんか?
アブラハムが生きていた社会自体がまさにこのような世界で、友情関係を結ぶのにも契約を必要としました。
そして、契約によって結ばれた関係は神聖なもので、絶対に破ってはならないものだったのです。

神様が契約を結ぶという方法で、アブラハムとの確かな関係を表したことは、アブラハムにとってはもっとも信頼できる形であり、その関係を実感できる方法だったでしょう。
つまり契約というのは、ただ単に厳格な約束ということを意味するのではなく、契約を結ぶ事自体が、神様がアブラハムと個人的な親しい交わりを持つことも意味していたのです。

17:7 わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。
17:8 わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」

客観的に見る神様と私たち人類との関係は、創造者と被造物の関係です。
そういう関係の中で、私たちひとりひとりは、たくさんの中のひとりでしかありません。
しかし、アブラハムが神様によって立てられた契約の中に入れられたとき、それはもっと個人的な関係へと変わったということです。

この契約を通して、アブラハムとその子孫であるイスラエルは特別な祝福を得ました。
とは言っても、神様がアブラハムとイスラエルだけをひいきして、彼らだけに祝福を与えたり、彼らだけを救うために契約を結ばれたのではありません。

その一番の目的は、罪のために神様から離れてしまった私たちが、イスラエルという民族と神様との関係を通して、神様とはどのような方であるかを知ることができるようになるということです。

神様は色々な宗教の指導者を通して救いの道を示されたというのは、聖書の教えるところではありません。
イスラエルの歴史を通し、そして行き着くところとしては、イエス様を通してのみ神様を知る事ができると聖書は教えています。
現代、イスラエルから遠く離れた日本にいる私たちが、イスラエルの歴史である聖書を知り、学ばなければならないのはそのためです。

私達は聖書を通してイエス様と出会い、イエス様を通して神様を知りました。
そしてアブラハムと直接的な血のつながりがない私たちも、今や信仰によって神様との個人的な関係を築くことができるようになったのです。

アブラハムは確かに人望はありましたが、偉大な人物というわけではありませんでした。
彼はたくさんの失敗もしたし、特別な才能を持っていたわけでもない、私たちと何の違いもないひとりの人です。
平凡なアブラハムが選らばれたのは、彼の信仰が義と認められたというように、彼の信仰が大きな理由となるでしょう。
彼は何度も不信仰に陥り、失敗を繰り返しましたが、それでも神様に希望をおいて、必ず神様のもとに帰ってくることができました。

アブラハムが選ばれたことにもうひとつ理由をあげるなら、おそらく彼が平凡な人だったからでしょう。
いや、むしろ彼の持つ弱さのゆえだったかもしれません。

詩篇 113:7 主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人をあくたから引き上げ、
113:8 彼らを、君主たちとともに、御民の君主たちとともに、王座に着かせられる。

Iコリント 1:26 兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。
1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。
1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。

皆さんの中で、自分はひとかどの者で、優れた人間であると思っている方がいますか?
もしそうなら、とても言いにくいことですが、あなたは神様に選ばれていないかもしれません。
神様は弱い者、愚かな者、平凡な者とともにおられる方だからです。

③ 割礼の意味
最後に、アブラハムと神様との契約の印である割礼について考えてみましょう。
割礼とは、男性の生殖器からその包皮の一部を切り取る儀式のことです。
神様はどうしてこのような儀式を、アブラハムとの契約の印としてお与えになったのでしょうか?

まず私たちが知っておくべきなのは、神様が示される儀式は儀式自体や形式が重要なのではなく、それは何かを象徴するものだということです。
実際、イスラエル人だけでなく他の民族の中にも、同じ習慣をもつ人たちがいました。
それは衛生を目的としたものだったのですが、割礼されているかどうかだけを見れば、誰が契約の民に属しているのかはわからないことになります。
だいいち、神様は契約の民かどうかを調べるために、「お前、パンツを脱いでみろ!」って言うのもおかしな話しではないですか?

1. 割礼は私たちが神様との契約を思い出すためのもの
当然のことながら、神様は私たちの外面的な印をわざわざ見る必要などありません。
それと同時に、割礼によって現された印は、他人に見せるためのものでもありません。
割礼は誰でもない、割礼の儀式を受けた本人だけが見るものなのです。

2. 割礼は信仰の証
割礼を施すことは大変な勇気を必要とするものです。
女性には判らないかもしれませんが、考えただけでも背筋がゾッとしてしまう様なことです。
そしていざ実行した後には、割礼によってできた傷が癒えるまでに3ヶ月もの間、身動きが取れなくなります。
傷が癒えない間、どうやって食べていくことができるのでしょうか?
もし敵が襲ってきたら、どうなるのでしょうか?
神様が支えてくださるという信仰ナなしには、なかなかできることではありません。
また神様は、男の子が生まれたら8日後に割礼を施すように命じました。
神様の言うことを聞かないで、8日経つ前に割礼をしたらどうなると思いますか?
実は、その子供はかなりの確立で命を落としてしまうのです。

これはここ50年ほどの間に分かった医学的根拠ですが、生まれたばかりの子供にはビタミンKがなく、出血を止める力が弱いため割礼のような外科手術を施してしまうと失血死してしまうのです。
ビタミンKは、生まれてから8日経つと幼児の体内で生成され、割礼をしても出血多量で死んでしまうということはありません。
このような所でも、神様の命じることに必ず従うということが求められているのです。

3.求められているのは心の割礼

申命記 30:6 あなたの神、主は、あなたの心と、あなたの子孫の心を包む皮を切り捨てて、あなたが心を尽くし、精神を尽くし、あなたの神、主を愛し、それであなたが生きるようにされる。
割礼に象徴されているのは、隠れているものが明らかにされるということです。
私たちが神様から自分自身を隠し、あるいは心を開かないで壁を作るなら、私たち自身も神様の契約から隠されたものとなります。
私たちが心を包む皮を切り捨てて神様を愛すること、それこそ神様が本当に求めている心の割礼なのです。

ガラテヤ 5:6 キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。

ガラテヤ 6:15 割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。

私たちクリスチャンにとって大切なのは肉体的な割礼ではなく、私達がキリストの十字架に死に、聖霊によって新しく生まれることと、愛によって働く信仰こそが新しい契約における割礼です。

イスラエルの人々は、割礼によってイスラエル民族としての自覚と誇りを持ち、約束の地において共同体を作っていきました。
私たちは洗礼を受け、聖餐式に預かり、復活の命に生きることによって、神の家族の一員としての自覚をもち、神様の体として教会を建て上げていこうではありませんか。

私たちはイエス様の十字架による新しい契約によって救い出された、神様の子供たちなのですから。

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