マタイ7:7-12 『求めなさい』 2008/06/08 松田健太郎牧師

マタイ 7:7~12
7:7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。
7:8 だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。
7:9 あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。
7:10 また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。
7:11 してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。
7:12 それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。

ルカ 11:5~13
11:5 また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。
11:6 友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ。』と言ったとします。
11:7 すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締まりもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』
11:8 あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。
11:9 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。
11:10 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。
11:11 あなたがたの中で、子どもが魚を下さいと言うときに、魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。
11:12 卵を下さいと言うのに、だれが、さそりを与えるでしょう。
11:13 してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」

賽銭箱にお金を入れて願い事をすれば、それを適えてもらうことができるというのは、日本では500年位前にでてきた考え方だそうです。
ニューエイジや成功哲学の教えは、どうしたら願い事をかなえてもらう事ができるかを、私達に教えています。
ある人は「ありがとう。」という言葉を20万回言ったら、いい事が起こったと言います。
ある人は、玄関に黄色い花を置いたらお金持ちになったと言います。

そういう話を聞いていると、「自動販売機に120円を入れてボタンを押すと、ジュースが出てきます。」「カップにお湯を注いで3分待つと、カップヌードルを食べる事ができます。」
それと同じ手軽さで、自分の願い事をかなえてもらいたいと、人は考えてしまうのかもしれませんね。

そういう教えを伝える人たちが、今日の聖書箇所を引用してくる事がたまにあります。
そして、「ほら、聖書にもこう書いてあるじゃありませんか。」と言うんですね。

マタイ 7:7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。

しかし、神様に求めて祈れば何でも聞いてもらえるというように、神様を祈りの自動販売機にしてしまうような事を、イエス様は言っているのではありません。
聖書の言葉を一部分だけ抜き出して解釈しようとすると、何だか求めた事が適えられるという話に聞こえるのかもしれませんが、そうではありませんね。
私たちはこの聖書箇所を読むとき、私たちが“何を求めるのか”、“なぜ求めるのか”、“何が与えられるのか”と言う事をよく考えなければならないのです。
イエス様はこの箇所を通して、私たちに何を語られようとしているのか、今日はそれを一緒に考えていきたいと思います。

① 何を求めるのか~求め続ける
さて、皆さんは、クリスチャンであることは難しい、大変だと思った事はないでしょうか。
私たちクリスチャンのゴールは、キリストのようになる事です。
しかし、そのために私たちに求められている事は、時としてとても不可能だと思えるような事だったりします。

たとえば、御霊の実として知られる、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実の内、どれくらいを、私たちには自分のものにする事ができているでしょうか。
「どんな時でも喜びなさい。」と言う言葉を、私たちは実践できているでしょうか。
右の頬を打たれたときに、左の頬を向ける事が私たちにできているでしょうか。
敵を愛し、敵のために祈る事ができているでしょうか。
言われれば正しいと言う事がわかっても、簡単に実践する事ができないのが、聖書の言葉だったりもしますね。

もしこれが、クリスチャンになるための条件だったとしたら、私たちは誰一人としてクリスチャンになる事はできないでしょう。
旧約聖書の時代に与えられた律法とは、私たちが自分の力ではできないという事を知るためのものでもありました。
でもイエス様は、クリスチャンにはそれが可能だと言います。
旧約時代の律法よりもさらに厳しいようなイエス様の言葉ひとつひとつは、私たちクリスチャンには可能なものとして、教えられている事なのです。

多くのクリスチャンは、自分の力でそれを実行しようとするか、早々にあきらめてしまう事が多いようです。
でも、それがイエス様の意図するところではありません。
ここで今日の聖書箇所が出てくるのです。

マタイ 7:7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。

私たちは、求めなければならない。
でも、ただ求めるだけではありません。
この言葉は、原語では継続の文法で書かれている言葉です。
「求め続けなさい。そうすれば与えられます。探し続けなさい。そうすれば見つかります。たたき続けなさい。そうすれば開かれます。」こう言っているのです。

聖書を知らない人は、何を求めるべきか自分で理解していません。
神様を知らない人は、それを求める事ができる事を知りません。
イエス様を知らない人は、それを誰に求めたらいいのかを知らないでしょう。
でも私たちクリスチャンには、その特権が与えられています。
だれでも、求め続ける者は受け、捜し続ける者は見出し、たたき続ける者には開かれる。
求め続けるなら、それは必ず与えられるとイエス様は約束しているのです。

② なぜ求めるのか~父の愛
ルカの福音書では、イエス様が“求めれば与えられる。”という話に関して、このようなたとえ話もしていたことが記録されています。

ルカ 11:5 また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。11:6 友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ。』と言ったとします。
11:7 すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締まりもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』
11:8 あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。

この話も勘違いしてしまいやすいかもしれませんね。
神様が、嫌々だけど私たちがしつこくお願いすれば聞いてくれると言う事が言いたいのではありません。
私たちが熱心に求め続けるなら、例えそれが面倒な事であったとしても、近所の人は嫌々ながらもちゃんと答えてくれるでしょう。
ましてや、あなたがたを心から愛している神様が、私たちの願いに答えてくれないはずがないではないかという事を、イエス様は言いたいのです。

キーポイントは、熱心に求めるという事ですね。
私たちが求めない事に関して、神様は無理やり受け取らせる事はできません。
それは、救いに関しても同じですね。
私たちが、十字架を信じればすべての罪が赦されて天の御国に行く事ができますと聞いていたとしても、それを信じないで赦しを受け取ろうとしないなら、神様は私達に救いを受け取らせる事はできません。
それは、私達に自由意志というものが与えられているからです。

だからこそ神様は、私達に求めて欲しいのです。
私たちが必要とするものを心から求め、それを与える事を心待ちにしているのです。
でも、こう思ってしまう人も、少なくはないですよね。
「何が自分を幸せにするかという事は、自分が一番よく知っています。
私は神様が与えようとしているものなんかじゃなくて、お金とか、健康とか、恋人とかそういうものがいいんです。」

でも、私たちに見える範囲は限られています。
私たちが欲しいと思うものが与えられたからと言って、それによって私たちが幸せになれるとは限りません。
事実、金さえあれば幸せになれると思って実際に大金持ちになったのに、ぜんぜん幸せでない人は少なくありません。
有名になりたいと願って、実際に誰にも知られるようになったミュージシャンが、突然自殺してしまう事もよく聞く話です。
私たちは、全ての事を知っていて、全てのものを与える能力をもち、そして私たちを心から愛してくださっている天のお父様にもっと信頼したらいいのではないでしょうか。

イエス様はこのように話を続けています。

マタイ 7:9 あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。
7:10 また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。
7:11 してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。

罪を持っていて不完全な父親である私たちでさえ、子供がお腹をすかせてパンを欲しがっている時に、意地悪をして無価値な石をあたえるような事はしません。
魚が欲しいと言っているのに、似ているからと言って、害になるかもしれない蛇を与えるような事はしないでしょう。
ましてや、私たちのために命を投げ出すほどに私たちを愛している天の父なる神様が、私達に良いものを与えないはずがないではありませんか。

それどころか、私たちが何を求めていいかわからずに、石や蛇を求めるときには、そうではなくパンや魚を与えようと思ってくださるのが、私たちの神様なのです。
それでも、私たちがどうしてもパンを求めないで石を求めるなら、神様は私たちが石に飛びつくままになさいます。
それを噛んでも歯が折れるだけだという事を、私たちは身をもって知らなければならない時もあるからですね。

石ではなく、パンを求めませんか?
蛇ではなく、魚を求めたらいいんじゃないですか?
サソリではなく、卵を求めるなら、神様はちゃんとそれを与えてくださるお方なのです。

③ 何が与えられるのか
私たち不完全な父親でも、子供には良いものを与えようとする。
それ以上に、神様は私達に良いものを与えてくださる。
最後に、求めた結果私達に与えられる“良いもの”とは何なのかという事を、一緒に考えたいと思います。

これは、平行箇所であるルカの福音書の方を見てみればすぐにわかりますね。

ルカ 11:13 してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」
聖霊とは、三位一体のうちのひとつ。
つまり、神様ご自身が私たちの内に来てくださるという事です。
聖霊が私達の中のかけている部分を補い、聖霊が私たちには足りない力を与えてくれます。
天の父なる神様は、私達に聖霊を送ってくださる事によって、全てを与えてくださるのです。

私たちが何かを求めて祈るとき、求めたものがすぐに与えられるとは限りません。
例えば、私たちがもっと愛する心を与えてくださいと祈るとき、神様は私たちを瞬時に、インスタントに変えるということはしないはずです。
祈って、次の瞬間には愛に満ち溢れた人間に生まれ変わっているという事はないわけです。
それは、私たちにとっても主にとっても、私たちが愛に満ちた人間になるという結果そのもの以上に、私たちが主との深い交わりの中で成長していくという事が大切だからです。

だから神様は、聖霊を通して、私達の祈りの答えを与えてくれるのです。
神様は愛する心を求める私達を、愛する事が難しいと思えるような人に出会わせます。
その経験の中で、主は私たちに必要なことを示し、教え、導き、励まし、慰め、成長させてくださいます。
それをなしてくださるのは、すべて聖霊の働きなのです。

今日みなさんに知っていていただきたい事は、主が私たちに与えたいと思っている事は私達の思いをはるかに超えて素晴らしいものだという事です。
それを知った上で、私たちはどんな事でも、必要な事を主に求めてみたらいいでしょう。
それが私達に本当に必要で、益となるものなのであれば、全知全能なる天のお父様がそれを与えてくださいます。
求めたものが与えられないのなら、私達の祈りが届いていないのでも、神様にその力がないのでもなく、御心が私達の重いとは別のところにあると言う事です。
それは、主がベストのタイミングを待っているのかもしれないし、私たちが必要だと思っている事が実は、私たちにとって不必要なものであったり、害を及ぼすからかもしれません。
あるいは単に、与えられているものに私達が気づいていないだけなのかもしれません。
どの様な答えにしろ、私たちはその答えを通して、主が私たちに与えてくださるひとつひとつの事を経験する事ができるのです。

しかし、もし私たちが主に求める事をしなければ、主が私達に何を与え、私達の人生に何をもたらそうとしているのかを知るすべがありません。
だからイエス様は私達にいうのです。
求めなさい。そうすれば与えられます、と。

ルカ 11:9 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。
11:10 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

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