ルカ19:1-10 『本当の宝があるところ』 2009/09/27 松田健太郎牧師

ルカ19:1~10
19:1 それからイエスは、エリコにはいって、町をお通りになった。
19:2 ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。
19:3 彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群衆のために見ることができなかった。
19:4 それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。
19:5 イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
19:6 ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。
19:7 これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた。」と言ってつぶやいた。
19:8 ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」
19:9 イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。
19:10 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」

ザアカイという人には、友達がいませんでした。
友達が少ない人たちは、だいたいふたつのタイプに分けられると思います。
ひとつは、おとなしくて消極的なタイプ。
大勢の中でも発言をしないので、存在感がないんですね。
もうひとつは、何か煙たがれるところを持っているタイプ。
個性にはいろいろあるでしょうが、それが強すぎて人が寄ってこなくなってしまうんです。

ちなみに僕も、高校生くらいまでは友達が少ないタイプの人間でした。
今では想像ができないかもしれませんが、どちらかと言えば前者の消極的なタイプだったんです。
そして数少ない僕の友人は、後者のタイプの人が多かったように思います。

ザアカイという人は、後者のタイプですね。
彼の場合は性格の問題と言うよりは、その生業に大きな問題がありました。
収税人だったザアカイは、人々からお金を巻き上げてはそれをくすねて、自分のものにしていたんですね。
だから彼にはお金がありました。
お金のあるところには、人も集まります。
だから、彼の家にはいつも、たくさんの人たちが出入りしていた事でしょう。
でも、彼にはよくわかっていたんですね。
集まってくる人たちは、自分の友として家に来るのではなく、お金が目当てだという事を。

今が不況だからという事もあるかもしれませんが、お金があれば幸せになれると信じている人がたくさんいます。
中には、愛だってお金で買えると言い切る人だっています。
でも、そんな事はないんです。
一度お金持ちになって全てを失った人たちの多くが、お金を失った時に本当の人間関係がわかると言いますね。
お金で買えるような愛や人間関係は、本当の人間関係ではないのです。
イエス様は言っていますね。

マタイ 6:19 自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。
6:20 自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。
6:21 あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。

さてザアカイは、聖書に描写されているように、小さな男でした。
おそらく、たくさんのコンプレックスを持っていた人ではないかと思います。
そのコンプレックスをお金で埋めようとしましたが、それは決して幸せをもたらしませんでした。
だからこそ彼は、イエス様が街に来たという噂を聞いて、そこにやって来たのです。
そこには噂の奇跡の男を一目見ようと、たくさんの人だかりができていました。
背の低い彼には、その姿を見ることができません。
そこで彼は塀の上に登って、必死にしがみつかなければなりませんでした。
そうまでして彼は、イエス様の姿を見たかったのです。
プライドを捨てて、そのような自分をさらしてまで、イエス様を求めていたのです。
「ひと目見られれば・・・。」
そのように思っていたのかもしれません。
しかし、それだけでは終わりませんでした。

19:5 イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」

ロケでキムタクが来ていると言うので見に行ってみたら、声をかけられて自分の家まで来たという事を想像してみると、その時のザアカイの気持ちが少し理解できるかもしれませんね。
しかもイエス様は、まるで前から知り合いででもあったかのように、名指しでザアカイを呼んだのです。
想像してみてください。
それは、友達もいなくて孤独な人生を送ってきたザアカイにとってどれほどの喜びだったでしょう。

これまで誰も相手にしてくれなかった自分に、イエス様が声をかけ、関わってくれた。
自分の事を名指しで知り、親しく交わってくれる。
ザアカイはこの喜びにお返ししたいと思いました。
しかし、お金でそれを返すことはできません。
どれだけおいしいものを食べさせても、お金を渡しても、イエス様がそれによって喜ばれるとは思えませんでした。
でもやがて彼は、自分のすべき事に気がついたのです。

19:8 ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」

イエス様との出会いを通して、ザアカイは三つのことに気がつきました。
第一に、彼の心の隙間を埋める事ができるのは、お金ではなくイエス様だということ。
彼はこれ以上、お金持ちである必要はないと感じたのです。

第二に、彼には悔い改めなければならない罪があるという事。
彼はこれまで不正に得てきたお金を4倍にして返す決心をしました。

そして第三に、彼に与えられている使命が何かという事。
彼がこれまで得てきた財産の半分は、貧しい人たちと分かち合おうと約束しました。

わたし達も、イエス様との出会いを通してこの3つの事を知る事ができます。
もし皆さんがイエス様と出会ったのにまだそれがわからないようであれば、自分自身に問いかけてみてください。

わたしはこれまで、自分の心の隙間を何で埋めようとしていたのか?
わたしが主の前に悔い改めるべきことは何か?
そして、わたしがすでに与えられているものを、どのように用いるべきか?

もう一度この箇所を見てみましょう。

マタイ 6:19 自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。
6:20 自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。
6:21 あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。

わたし達の宝は、イエス様と共にあります。
その確信が、皆さんの中にますます確かなものとなりますように。

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