IIサムエル記7:1-17 『 サムエル⑭~恵みの約束 』 2010/10/24 松田健太郎牧師

IIサムエル記 7:1~17
7:1 王が自分の家に住み、主が周囲の敵から守って、彼に安息を与えられたとき、
7:2 王は預言者ナタンに言った。「ご覧ください。この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています。」
7:3 すると、ナタンは王に言った。「さあ、あなたの心にあることをみな行ないなさい。主があなたとともにおられるのですから。」
7:4 その夜のことである。次のような主のことばがナタンにあった。
7:5 「行って、わたしのしもべダビデに言え。主はこう仰せられる。あなたはわたしのために、わたしの住む家を建てようとしているのか。
7:6 わたしは、エジプトからイスラエル人を導き上った日以来、今日まで、家に住んだことはなく、天幕、すなわち幕屋にいて、歩んできた。
7:7 わたしがイスラエル人のすべてと歩んできたどんな所ででも、わたしが、民イスラエルを牧せよと命じたイスラエル部族の一つにでも、『なぜ、あなたがたはわたしのために杉材の家を建てなかったのか。』と、一度でも、言ったことがあろうか。
7:8 今、わたしのしもべダビデにこう言え。万軍の主はこう仰せられる。わたしはあなたを、羊の群れを追う牧場からとり、わたしの民イスラエルの君主とした。
7:9 そして、あなたがどこに行っても、あなたとともにおり、あなたの前であなたのすべての敵を断ち滅ぼした。わたしは地上の大いなる者の名に等しい大いなる名をあなたに与える。
7:10 わたしが、わたしの民イスラエルのために一つの場所を定め、民を住みつかせ、民がその所に住むなら、もはや民は恐れおののくことはない。不正な者たちも、初めのころのように重ねて民を苦しめることはない。
7:11 それは、わたしが、わたしの民イスラエルの上にさばきつかさを任命したころのことである。わたしはあなたをすべての敵から守って、安息を与える。さらに主はあなたに告げる。『主はあなたのために一つの家を造る。』
7:12 あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。
7:13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。
7:14 わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。
7:15 しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。
7:16 あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。」
7:17 ナタンはこれらすべてのことばと、これらすべての幻とを、そのままダビデに告げた。

保育園も年長さんとなると、いろんな約束ごとがあります。
保育園ではお仕度のためにお約束があり、必要な時には静かにしなくてはならないお約束があり、遊び終わったものはお片づけする約束があります。
家でも、勉強をするとお菓子がもらえたり、遊んでもらえるお約束をする事があります。
その代わりテキストが一つ終わると、ディズニーランドに連れていくという約束を僕達もさせられたりするわけです。
守られる約束もありますが、約束が守られない事もあります。
お勉強に飽きてしまったり、調子に乗り過ぎてお片づけできなかったり、誰それと結婚するという約束は、果たして守られるのでしょうか・・・?

大人になると、誰もがしなければならない者として契約というのがあります。
仕事の契約、マンションの契約、結婚する時に結ばれるのも契約ですね。
契約は約束以上に破ることが許されないものですが、それでも破られる事がありますね。
しかし、神様がする約束、契約は決して破られる事がありません。

聖書には、神様がわたし達人類と結ばれたいくつもの契約が描かれています。
最初に、罪を犯したばかりのアダム達と共に結ばれた、人類救済のための約束。
次に、洪水の後にノアと結ばれた、洪水によって世界を滅ぼさないという虹の約束。
3番目に、イスラエルという民族の出発となる、アブラハムに与えられた約束。
4番目に、シナイ山でモーセと結ばれた、祭司の民として律法を守りなさいという約束。
そして5番目が、今日学ぶ事になるダビデ契約です。

今日ここで、このすべての契約について細かく復習をする事はしないのですが、この契約は全て、最終的なひとつの約束へと繋がっていきます。
それは、イエス様の十字架によって、わたし達の罪は赦されたという新しい契約ですね。
毎月最初の日曜日に行われている聖餐式は、わたし達がその約束をいつも覚えているために行っているものなのです。
神様は、ダビデを通して、わたし達人類とどんな契約を結ばれたのか、共に学んでいきましょう。

① 次の世代へ受け継がれる計画
ダビデが王様になって、最初にした事は長年の宿敵だったペリシテ人を倒す事でした。
そして、次にしたのは契約の箱をイスラエルの首都となるエルサレムに運ぶ事でした。
そこからしばらく時間は経ちますが、次にダビデの心に大きく起ってきた思いは、神様のために神殿を建てるという事です。

羊飼いの少年だったダビデは、いくつもの試練を経てイスラエルの王となりました。
ある時には、命を狙われながら洞窟で暮さなければならなかった時代もありました。
しかし今や、ダビデは杉材で作られた大豪邸が彼の住まいに住んでいます。
これ程までの祝福を与えて下さった神様に対し、ダビデは感謝の気持ちでいっぱいでした。
一方で、神様のための神殿は荒野をさまよっていた時代から変わらず、みすぼらしい天幕です。
いつも移動しなければならなかった時代ならともかく、イスラエルは約束されていた安住の地に住み、神殿を移動させる必要はもうありません。
他の国の神々は豪華な神殿に祭られている中で、本当の神であるはずの主は、こんなみすぼらしい所に祭られている。
その事実を、ダビデは心苦しく感じていたのでした。

さて、ダビデの傍には、ナタンとガドというふたりの預言者がいました。
彼らは、ダビデの良き友人であり、預言者としてダビデに助言を与える強い味方でした。
ダビデはある時、その思いの内をナタンに打ち明けます。
「神様の祝福によって、私はこんな祝福を受けて杉で作られた豪邸に住んでいるのに、神様の神殿はいまだに天幕というのは、あまりにみすぼらし過ぎるんじゃないか?」
ナタンはそれに応えます。
「あなたは神様に愛されていて、神様もあなたのその思いをご存知です。思う通りにやったらいいですよ。」
でもこれは、常識的な判断からされた友人への言葉であって、預言者としての言葉ではありませんでした。
その晩、神様はナタンの元に現れて、ダビデへのメッセージを伝えたのです。
それは第一に、神殿を作るのはダビデではなく、その子供であるという事でした。

どうしてダビデが神殿を作ってはならなかったのでしょうか?
その理由はこのサムエル記の中では記されていないのですが、歴代誌という書の中に記されています。

I歴代誌 22:8 ある時、私に次のような主のことばがあった。『あなたは多くの血を流し、大きな戦いをしてきた。あなたはわたしの名のために家を建ててはならない。あなたは、わたしの前に多くの血を地に流してきたからである。

たくさんの血を流してきたダビデに代わって、神様の神殿を建てる役目を与えられたのは、後に生まれるソロモンでした。
ダビデは、たくさんの人を殺してきた罪を咎められて、神殿建築を許されなかったというわけではありません。
ただその役目は、ダビデの子供に与えられていたものだったという事です。

わたし達の視野はそれほど広くないので、計画も数年後までの見通しをするのが精一杯です。
しかし、神様の計画はそれを超えて、世代をも超えて実現するという事が少なくはありません。
例えばわたし達も、教会堂があったらいいなぁと思う事がありますが、それは僕たちの時代ではなく、次の世代で実現するかもしれません。
もっと大きな事で言えば、リバイバルが起り日本がクリスチャンの国となるという事も、わたし達が生きている間には難しいかもしれませんが、わたし達の次の世代で起ることかもしれません。
わたし達はすぐに起る事のために行動する事はもちろん大切ですが、次の世代やその後の事も視野に入れて祈り、行動する事も大切な事なのです。

ダビデは、まだ見ぬ子が神殿建築をする事ができるように、そのための準備をし始めていました。
だからこそ、ソロモンはあれだけ立派な神殿を作ることができたと言えるかもしれません。
わたし達は、次の世代のために何ができるでしょうか?
子供たちに福音を伝える事の大切さ、そして、次の世代が成長していくための足がかりとなるものを、少しでも残していきたいものだと思います。

② 主があなたを建て上げる
ダビデ契約の中で2つ目に語られていた事は、神様がダビデの王家を建て上げるという事でした。

7:11b わたしはあなたをすべての敵から守って、安息を与える。さらに主はあなたに告げる。『主はあなたのために一つの家を造る。』

元々は、ダビデが神様のための家を作りたいと思っていたのに、神様の方がダビデのための家を作ろうと約束して下さったのです。
この時、神様がダビデに約束した祝福の大きさを見ると、同じ王という立場に会ったサウルとは、比べ物にならない程の大きな祝福が注がれているのを見る事ができます。
何がそれほどの差を生んだのでしょう?

自分の王座にしがみつき、こだわり続け、決して離れようとしなかったサウル王は、結局は神様によってその座を取り去られ、王座はダビデに渡されました。
一方でダビデは、王としての自分の地位の安定を優先するのではなく、神様の家と信じられていた神殿を建てる事を望んでいました。
神様はダビデのその信仰を見たのです。

今わたし達が得ている仕事、地位、富の全ては、わたし達が自分の意思と努力によって得たものだと思ってしまいがちです。
そして、仕事があるから、地位があるから、富があるから自分は大丈夫だと思うかもしれません。
でもそれは、神様によって持つ事を許されている、という前提の上にあるという事を忘れてはなりません。
わたし達がどれほどそこに平安を得ようと思っても、神様がそれを取り去るならば、ヨブが一日にして全てを失ったように、簡単にすべてを失ってしまいます。
わたし達がどれほどしがみついたとしても、それはわたし達の土台とはならないのです。

かつてイエス様が言ったように、どれだけ立派な家を建ててもそれが不安定な砂の上に建てられていれば、洪水が押し寄せた時にあっという間に押し流されてしまいます。
わたし達は、決して揺るがされない神様の上に、自分自身という家を建てる必要があるのです。
ダビデは正に、イスラエルの王という地位にしがみつくのではなく、神様への信仰の上に自分自身を置いた人でした。
ダビデが神様の家を建てる事はできない。
しかし“神様のために”と心を捧げる信仰をもつダビデの家を、神様が建て上げて下さるのです。

わたし達は、何の上に自分自身を建てようとしているでしょうか?
わたし達は、どこに平安を求めようとしているでしょうか?
わたし達が自分自身を捧げて神様に仕える時、むしろ神様がわたし達を建て上げて下さいます。
そのような主に信頼して、わたし達も自分で建て上げたものにしがみつくのでなく、神様によって建て上げていただく人生を歩みたいものです。


さて、ダビデ契約の3つ目に描かれているのは、わたし達の人生の土台となるお方についてです。

7:13 彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。

この預言の中で描かれている人物は、直接的にはダビデの子で、次の王となるソロモンです。
確かにソロモンはダビデの子であり、神殿を建築したのもソロモンでした。
しかし、ダビデの王朝自体は、永遠に続いたわけではありません。
この契約に書かれているのは、ソロモンの事だけではないのです。
この預言と契約が真に指示しているのは、イエス・キリストです。
とこしえに続く神の国は、イエス様によって実現されたのです。

ですから、ダビデ契約の根幹となるこの約束は、ダビデの子孫として生まれてくるメシヤ、救い主が、わたし達ひとりひとりの上に神の家を作り、わたし達の内に神の王国の王座をとこしえに堅く立てるという事なのです。

イエス様が地上に生まれ、十字架の上で死んでくださったとき、この約束は果たされました。
そして今、わたし達は、それを信じるすべての者の罪は贖われ、救われるという新たな約束の元に生きています。

皆さんは、イエス様がわたし達の罪を贖うために十字架にかかって下さった事を信じますか?
イエス様の十字架の血によって、わたし達の罪は赦され、それを信じる全ての人は救いを受けるという事を、皆さんは心から信じているでしょうか?
例えわたし達が不完全で、からしだねのように小さな信仰しかもっていなかったとしても、その信仰によってわたし達は救いを得ます。
それこそが、神様の約束なのです。
最後に、先ほど少しだけ紹介した、イエス様の話に耳を澄ませて、今日のメッセージを閉じたいと思います。

マタイ 7:24 だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なう者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。
7:25 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。
7:26 また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行なわない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。
7:27 雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」

恵みの約束を信じる心が、皆さんに平安をもたらしますように。

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