黙示録19:11-20:3 『 黙示録⑲~イエス様の再臨と勝利 』 2012/02/05 松田健太郎牧師

黙示録19:11~20:3
19:11 また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実また真実。」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。
19:12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。
19:13 その方は血に染まった衣を着ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。
19:14 天にある軍勢はまっ白な、きよい麻布を着て、白い馬に乗って彼につき従った。
19:15 この方の口からは諸国の民を打つために、鋭い剣が出ていた。この方は、鉄の杖をもって彼らを牧される。この方はまた、万物の支配者である神の激しい怒りの酒ぶねを踏まれる。
19:16 その着物にも、ももにも、「王の王、主の主。」という名が書かれていた。
19:17 また私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、
19:18 王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」
19:19 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。
19:20 すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
19:21 残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

20:1 また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。
20:2 彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、
20:3 底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

さて、黙示録のシリーズも残すところ、あと3回くらいになりました。
今日お話ししたいのは、イエス様の再臨についてです。

今から2000年前、イエス様は十字架に架けられた3日後に蘇り、40日の間弟子たちと共に過ごした後、弟子達の前で天に昇って行きました。
その時弟子達の前に御使いが現れて、彼らにこの様に伝えました。

使徒 1:11 そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」

イエス様は、もう一度この地上に戻ってくる。
わたし達はこれを、“イエス様の再臨”と呼んでいるんです。

ぼく達がまだアメリカに住んでいた頃、ベスの家族と一緒に、東海岸のワシントンDCやフィラデルフィアに旅行に行った事がありました。
そこで、「オレはイエス・キリストだ」と自称するホームレスのおじいさんにからまれた事があったんです。
その時は、ベスのお父さんが間に入り、「何か用か?」とすごむと、そのイエス・キリストはビクビクしながら離れていきました。

現在も、自分は再臨のイエス・キリストであると自称している人達がたくさんいます。
有名なものからホームレスレベルの人達まで合わせると、何百人や何千人という数では足りないかもしれません。
でも、時としてそういう自称イエス・キリストが、たくさんの人達を騙してしまう事があるのです。
現代のように、異常気象や大地震が次々に起って、終末的な雰囲気が漂っている時には、このような自称再臨のキリストはたくさん現れます。
これからも、本当の終末が来る時まで、自称キリストはどんどん増えていくでしょう。
イエス様もこの様に言っているんです。

マタイ 24:23 そのとき、『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者があっても、信じてはいけません。
24:24 にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。
24:25 さあ、わたしは、あなたがたに前もって話しました。
24:26 だから、たとい、『そら、荒野にいらっしゃる。』と言っても、飛び出して行ってはいけません。『そら、へやにいらっしゃる。』と聞いても、信じてはいけません。
24:27 人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。

わたし達が、このような偽再臨のイエス・キリストに惑わされないためにも、イエス様の再臨について学んでいく必要があるのです。

① 再臨のイエス様の姿
さて、イエス様が再臨する時、どのような姿で現れるのでしょうか?
今日の聖書箇所で描かれている姿をそのまま想像すると大変な事になります。
血に染まった服を着て、口からは剣が生え、鉄の杖を持っていて、太ももには「王の王、主の主」という刺青が彫られている・・・。
なんてファンキーな姿でしょう。
これは象徴的な描写であって、実際にそのような姿であるわけではありません。
それよりも、使徒の働きの中で御使いが言った言葉の方が参考になります。
使徒 1:11 そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」

イエス様は、天に上って行かれるのを弟子達が見たのと同じ有様で戻ってこられるのです。
本当の再臨のイエス様は、韓国人ではありません。
白人のホームレスの姿でもありません。
2000年前に生きた、イスラエル人のイエス様の姿で帰ってくるのです。

しかし、その姿は復活した後の栄光の体です。
最初に地上に生きていた時とは、その存在としての違いがあります。
イエス様が最初に来た時には、弱さを持ち、優しく、人々に唾を吐きかけられ、ついには十字架にかけられてしまいました。
しかし再臨のイエス様は、力にあふれ、威厳に満ち、敵をなぎ倒す権威を持っています。

聖書には、イエス様が再び来られる時、全ての目がその姿を見ると書かれています。
それはもう、全ての人にとってそれが神であり、イエス様だと分るほど明確な事なのです。

② 勝利者イエス
次に、イエス様が再臨する時、どんな事が起るのかを見ていきましょう。
この様に書かれています。

黙示録 19:19 また私は、獣と地上の王たちとその軍勢が集まり、馬に乗った方とその軍勢と戦いを交えるのを見た。
19:20 すると、獣は捕えられた。また、獣の前でしるしを行ない、それによって獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者も、彼といっしょに捕えられた。そして、このふたりは、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。
19:21 残りの者たちも、馬に乗った方の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

イエス様は、地上で猛威をふるった反キリストと戦い、裁くために来たのです。
獣と呼ばれる反キリストと、獣と協力していた偽預言者はともに捕えられ、地獄に投げ込まれてしまいます。
だから、イエス様が再臨する前に、まず大患難時代が起る必要があり、イエス様が来られる時は、その大患難時代が終わる時なのです。

イエス様は、この様にも言っていました。

マタイ 24:29 だが、これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。
24:30 そのとき、人の子のしるしが天に現われます。すると、地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。
24:31 人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。
24:32 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。
24:33 そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
24:34 まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。

全ての種族民族がイエス様を見て、終わりの時が来たのを悟ります。
イエス様の再臨は、誰も間違えようのない形で起るのです。
この教会に集う皆さんは、どうかニセモノに惑わされないでください。
そしてできるのであれば、今惑わされてしまっている人達には、「それはイエス様じゃないよ。」と教えてあげたいですね。
偽物のイエス様は、決してわたし達を救う事ができないのですから。

③ 携挙
さらに、反キリストと偽預言者を裏で操っていたサタンは底知れぬところに封印され、閉じ込められる事になります。
そして、サタンが閉じ込められている1000年の間、クリスチャンは復活し、楽園で過ごす事になります。

皆さんは、携挙という言葉を聴いた事があるでしょうか?
これは、イエス様の再臨の時に地上に残っている人達が、死を経験せずに天に上げられるという事を意味しています。
パウロがこの様に書いています。

Iテサロニケ 4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、
4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

この携挙が、大患難時代の前に起るという人達もたくさんいます。
黙示録を題材とした小説『レフトビハインド』の作者もこの考え方を採用していますね。
それはそれで説得力もありますし、僕も以前はそのように考えていました。
でも今は、大患難時代が終わってから携挙が起るのだろうと考えています。
携挙はイエス様の再臨と共に描写されているからです。

この携挙がいつ起こるかというだけでも教会は分裂し、争ってきました。
でも、それがいつ起こるのか、どんなふうに起るのかという事は、それほど大切な事ではありません。
全ては神様の計画の通りにしかならないのですから。

大切なのは、イエス様の再臨がわたし達には伝えられているという事です。
そして、この後全ての人類は、神様による裁きを受ける事になります。
なぜそれが、わたし達に伝えられているのでしょうか?
それは、今ならわたし達が選ぶ事ができるからです。
イエス様の再臨の時、わたし達はイエス様の元に行くのか、それとも神様の前で、裁きの座に立たされるのかを。

全ては、イエス・キリストが自分にとって何かという事にかかっています。
イエス・キリストは2000年前に生きていた教祖か、それともわたし達のために十字架にかかり、罪を贖って下さったわたし達の主か。
皆さんにとってイエス・キリストとは誰でしょうか?
これから聖餐式があります。
聖餐式は、わたし達が主と結ばれる婚宴の予行演習でもあります。
イエス様が分けたパンとブドウ液を頂く事を通して、イエス様がわたし達にして下さった事の意味と、その喜びを受ける時として下さい。
祈りましょう。

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