使徒8:1-8 『 使徒⑩~打ちのめされた時こそ 』 2012/06/10 松田健太郎牧師

使徒8:1~8
8:1 サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。
8:2 敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。
8:3 サウロは教会を荒らし、家々にはいって、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。
8:4 他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。
8:5 ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。
8:6 群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。
8:7 汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、大ぜいの中風の者や足のきかない者は直ったからである。
8:8 それでその町に大きな喜びが起こった。

私たちの人生には、辛い時、苦しい時、どうしてこんな事ばかり起るのかと打ちのめされる時があります。
そんな時、皆さんはどうされるでしょうか?
今日は、初代教会の時代に起った出来事を通して、その事を考えていきたいと思います。

① 打ちのめされた時
先週少しお話しした事ですが、使徒たちによって選ばれた新しいリーダーのひとり、ステパノはイエス様に反対する人々の迫害を受けて殺されてしまいました。
石打ちによるリンチです。
ステパノがそうして殺されたその日、迫害をした人々の憤りは収まることなく、そのままエルサレムの教会を迫害する暴動へと変わっていきました。
この様に書かれています。
8:1 サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。

イエス様の弟子たちの多くが、エルサレムを追われて、ユダヤとサマリヤの地方へと逃れていったのです。
遺された人々は、別れを惜しむ間もなくステパノを埋葬しました。
この主にある家族の死は、彼らの心に大きな悲しみとなりました。
仲間の死だけでも悲しい、しかし今や自分たちも追われる身となり、いつ同じように殺されてしまうかもわからない状態です。

どういう訳か、苦しいでき事は重なるものです。
私たちも、どうしてこんな悲しい事、辛い事、苦しい事ばかりが続くんだという状況に置かれてしまう事があるのではないでしょうか。
もしかすると、まさに今、皆さんはそのような状況の中にいるかもしれません。
今そのような状況でなかったとしても、多くの方はそのような経験をした事があるでしょう。
まだそのような経験をした事がなかったとしても、安心して下さい、必ずそういう経験をする時が来ますから・・・(笑)。

しかし、実はこういう時にこそ、私たちの信仰は試されるのです。
辛い事が重なる時にこそ、私たちはその中でどのように行動するかという事が、その経験の先に起る事に影響を与えるのです。
皆さんは、苦しい状況で打ちのめされるような時、どのような行動をとるでしょうか?

② 危機の時にこそ
この時、イエス様の弟子たちはこの様な行動をとったと聖書には書かれています。

8:4 他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。
8:5 ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。

深い痛み、悲しみ、嘆きが彼らの心を打ちのめしていましたが、彼らの霊は決して打ち負かされてしまう事はありませんでした。
彼らは、ステパノが抱いていたその情熱を受け継いで、散らされたそれぞれの場所に福音を述べ伝え始めました。

ここに、ピリポが登場します。
ピリポは、ステパノとともに新しいリーダーとして選びだされた7人のひとりでした。
そしてこのピリポは、サマリヤの町に行き、そこで福音を述べ伝えたのです。

何度かお話ししている事ですが、サマリヤは彼らユダヤ人達にとっては大変な地でした。
ユダヤ人たちはサマリヤ人とは仲が悪く、お互いに会話もしないほど大きな溝があったからです。
迫害を避けてサマリヤに行かなければならないということ自体が、ユダヤ人にとっては大きな試練でした。
ましてやサマリヤに行って福音を伝えるなんて、普通ならとても考えつかないような事です。

しかもこのような不安な状況で、これまで頼りにしてきた使徒たちとは離れ離れです。
どういう事情からからはわかりませんが、使徒たちは、危険の伴うエルサレムに残っていたからです。
だから、必要な時に相談に乗ってもらったり、神様の言葉を伝えてくれたり、助けてくれる人も誰もいない。
しかしそんな環境の中で、ピリポたちはここサマリヤでの働きを、神様からの新しい使命として受け取ったのです。

この時、イエス様が伝えていたひとつの言葉が現実のものとなりました。
使徒の働きの学びが始まって、最初の方で話したこの言葉を覚えているでしょうか?

使徒 1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

この出来事が起るまで、彼らはエルサレムに留まって活動をしていました。
彼らはまず、最も身近な身内であるユダヤ人達に福音を述べ伝えていたのです。
しかし、大きな迫害が起って散らされた場所こそ、ユダヤの各地であり、宣教する事なんて思いもよらなかったサマリヤの地でした。
神様のご計画は、このようにして、私たちが思いもよらない形で、時には最悪と思える状況を通して実現していきます。

③ サマリヤに届けよう
皆さんの人生の中にも、思いがけないゆさぶり、挫折、あきらめたくなるような苦難があるかもしれません。
この様な時、私たちはただひたすら嘆いたり、愚痴を言ったり、全てをあきらめて投げ出したくなったりもするでしょう。
でも、覚えておいていただきたいのです。
そのような危機的状況の中でこそ、神様の働きがあるのだという事を。

苦難の中で希望を見いだし、使命感を持って神様の御心に従った結果、どんな事が起るかを見てみましょう。

8:6 群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって

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