エレミヤ17:5-11 『 エレミヤ7 主に信頼し、頼みとする者に祝福を 』 2014/02/23 松田健太郎牧師

エレミヤ17:5~11
17:5 主はこう仰せられる。「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ。
17:6 そのような者は荒地のむろの木のように、しあわせが訪れても会うことはなく、荒野の溶岩地帯、住む者のない塩地に住む。
17:7 主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。
17:8 その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。
17:9 人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。
17:10 わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれ生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。
17:11 しゃこが自分で産まなかった卵を抱くように、公義によらないで富を得る者がある。彼の一生の半ばで、富が彼を置き去りにし、そのすえはしれ者となる。」

エレミヤ書は、ようやく3分の1のところまで進んできましたね。
エレミヤ書の分かりにくい部分は、読んでいるとその時代背景がどうなのかという事が、正確にはわかりにくくなってくるところです。
この17章の辺りも、具体的には何の話をしているのかという事が分かりにくい部分だと思います。

一般的には、これまで話してきたヨシヤから次の王に移って、エホヤキムの時代だと言われています。
エホヤキムの時代に、ユダ王国はエジプトに従属す形になっていました。
しかし、バビロン王国が起こって国が拡大していくにしたがって、エホヤキムはエジプトが弱くなってきたという判断をして、エジプトに対し反逆を起こそうとしたのです。
状況判断としては間違っていないように見えますが、エホヤキムがより頼んでいたのは、人の力でした。
自分の力と、バビロン帝国の力だけを頼りとして、神様の御心は求めようとしなかったのです。
エレミヤを通して語られたこの預言は、そのようなエホヤキムの事について語られた言葉だと言われています。

何度も言っている事ですが、エレミヤの時代のイスラエルは現代の日本とも近い状況にあります。
政治的背景や、宗教的なバックグラウンドとしては全然違うかもしれませんが、私たちがこの預言書から学べることは計り知れません。
そんなわけで、今日もエレミヤを通して語られた神様の言葉を受け取っていきたいと思います。

① 呪われた人生
神様は、私たちが抱えている問題を明確にします。

17:5 主はこう仰せられる。「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ。
17:6 そのような者は荒地のむろの木のように、しあわせが訪れても会うことはなく、荒野の溶岩地帯、住む者のない塩地に住む。

神様が人を呪うという話ではなくて、呪われた人生とはどのような生き方かと言う話です。
私たちが、人間に信頼し、神様から離れるなら、私たちの人生は空しく、幸せもなく、枯れ果てたものとなってしまうというのです。
神様から離れ、自分自身により頼む状態は、アダムとエバが善悪の知識の木を食べた時から全く同じ問題ですね。
どんな悪い事をしたとか、何が罪になるのかと言う事なのではなくて、これが私たち人間の本質的な問題なのです。
多くの人は、自分はすべてのものから自由であって、神であっても自分の人生に口出しさせたくないと言います。
誰の力に頼るのでもなく、ましてや神だなんて目に見えないものではなく、自分の力を頼りに生きていくことが素晴らしいと評価されます。
神様から離れ、自分自身により頼む事生き方が、どうして問題なのでしょうか?

それは、すごく単純な話で、私たちが創られたものでしかないからです。
私たちは視野が狭く、長いスパンで物事を見ることができません。
原発の問題を見ても、経済や、文明の発展の事を考えてみても、私たちは良い事をしているつもりでも、結果としてもたらされるものは問題だらけの状況なのです。

個人レベルで見ても、もちろんそれは同じ事です。
私たちが神様抜きに、自分の力に信頼して生きる人生には、大きな意味での目的がなく、実りのないものです。
私たちは、自分の力に頼るから、いつも不安があるのではないでしょうか?
私たちは、自分の力に頼るから、仕事中毒になったりして、何かをやりすぎてしまうのではないでしょうか?
私たちは、自分の力に頼るから、すぐにその源が枯れて、倒れてしまうのではないでしょうか?

② 祝福された人生
一方で、主との関係を深め、主に信頼する人生は、祝福された人生だと神様は言います。

17:7 主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。
17:8 その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。

これと同じような言葉が、ダビデによる詩編の中にもありますね。

詩編1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ。
1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。

神様から特別な知恵を与えられたソロモンも、箴言の中でこう言っています。
箴言3:5 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
3:6 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

そしてイエス様は、主の言葉に従う者は、岩の上に家を建てた者のようだと言っています。
実はこれは、聖書の中心メッセージのひとつなのです。
私たちが、神様に近づき、神様に信頼し、より頼むなら、その人生には祝福があるのです。
もちろんそれは、問題の起こらない人生ではありません。
たくさんの試練もあるし、苦難に直面することもあるでしょう。
しかし、『日照りの年でも心配なく、いつでまでも実を実らせる』生き方が、神様とともに生きる中にあるのです。
私たちが、本当に神様に繋がっているのかどうかは、試練や苦難の時にこそ明らかになるでしょう。
私たちが本当に神様と繋がり、より頼んでいるなら、パウロが言うように私たちは試練をも喜ぶことができるようになります。
試練は私たちの信仰を育てるための経験となり、私たちの品性を立て上げるからです。

神様が、私たちを創りました。
私たち一人一人を、最高のデザインで、それぞれに完璧な計画を持って創ったのです。
私たちにとって最高の人生があるとしたら、神様が創造してくださったように生き、神様が計画してくださったように生きる事ではないでしょうか?
私たちはそのために生まれ、そのための人生を生きているはずなのですから。
私たちが神様に従い、神様が与えて下さる人生を生きているなら、苦難も困難もすべて含めて、私たちは安心して生きていくことができるのです。

それなのに私たちは、神様から離れ、自分が勝手に思い描いた計画に従って、生まれてきた目的を無視した生き方をしようとしてしまいます。
周りの人たちを羨ましく思い、他の人たちの真似をして生きようとして、そこに幸せを見出そうとしたりします。
幸せは、そんなところにはないのに・・・。

③ 主が心を探る
神様は、このようなかたくなな心についてこのように語っています。

17:9 人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。

“陰険”と言う言葉は、訳としてはちょっとポイントがずれているような気がします。
他の聖書の訳では、『とらえ難く病んでいる』という言葉で訳されています。
英語では、『邪悪』です。
私たち人間の心は、申し訳ないけれど、どうしようもなく悪く、それは直らないんです。
人間の心に少しでも可能性があるなら、頑張ればいいし、頑張るべきじゃないですか?
でも、そこには少しの可能性がないほどに、私たちはどうしようもない罪人なんです。

そしてその事を、神様ご自身が探り、知ってくださっていると主は言われます。

17:10 わたし、主が心を探り、思いを調べ、それぞれ生き方により、行いの結ぶ実によって報いる。

神様が私たちの内側をご存じだという事は、ひとつには、私たちはごまかす事ができないという事です。
人に対しては、私たちは敬虔なクリスチャンであることを偽ることができます。
正しい信仰を持ち、正しい品性を持ち、正しい人間として生きているようにふるまう事ができます。
それによって、人はごまかす事ができるかもしれません。
しかし、どんなに偽っても神様をだますことはできません。
神様は私たちの内側をご存じなので、私たちの信仰がどれだけ本物で、私たちがどのような人間であるか知っているのです。
まぁ、人間に対しても、大体はばれてますけどね(笑)。

このことからもう一つ言える事は、私たちは神様の前にあって、自分を偽る必要はないという事でもあります。
だって、どれだけ偽ったところで無駄なのですから。
むしろ、私たちが自分自身以上の人間であるかのように偽れば偽るほど、神様はその事を悲しまれるでしょう。

だから私たちにできるのは、私たち自身がいかに神様から離れ、呪われる人生の中にいたかを認める事です。
そして悔い改め、ただただ神様に立ち返り、心から委ねるしかありません。
私たちは油断すると、すぐに神様から離れてしまいますから、常に悔い改め続ける必要がありますね。

主に信頼し、主を頼みとしましょう。
そこにこそ、本当の祝福があるのですから。

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