エレミヤ37:1-3, 38:17-19 『 エレミヤ12 神よりも、人を恐れたゼデキヤ 』 2014/04/13 松田健太郎牧師

エレミヤ37:1~3、38:17~19
37:1 ヨシヤの子ゼデキヤは、エホヤキムの子エコヌヤに代わって王となった。バビロンの王ネブカデレザルが彼をユダの国の王にしたのである。
37:2 彼も、その家来たちも、一般の民衆も、預言者エレミヤによって語られた主のことばに聞き従わなかった。
37:3 ゼデキヤ王は、シェレムヤの子エフカルと、マアセヤの子、祭司ゼパニヤを預言者エレミヤのもとに遣わして言った。「どうか、私たちのために、私たちの神、主に、祈ってください。」

38:17 するとエレミヤはゼデキヤに言った。「イスラエルの神、万軍の神、主は、こう仰せられる。『もし、あなたがバビロンの王の首長たちに降伏するなら、あなたのいのちは助かり、この町も火で焼かれず、あなたも、あなたの家族も生きのびる。
38:18 あなたがバビロンの王の首長たちに降伏しないなら、この町はカルデヤ人の手に渡され、彼らはこれを火で焼き、あなたも彼らの手からのがれることができない。』」
38:19 しかし、ゼデキヤ王はエレミヤに言った。「私は、カルデヤ人に投降したユダヤ人たちを恐れる。カルデヤ人が私を彼らの手に渡し、彼らが私をなぶりものにするかもしれない。」

さて、今年の初めからスタートしたエレミヤ書のシリーズですが、今日で最後となります。
エレミヤ書は52章まであるのに、まだ38章までしか来ていないじゃないかと思われるかもしれません。
でも、エレミヤ書はエレミヤの預言をかき集めたものなので、時間軸としては行ったり来たりしているのです。
結構、同じような内容の繰り返しもあるので、メッセージをシンプルにお伝えするには、今日のところで終わるのがキリがいいと判断しました。

今日のところは、どういうお話かと言うと、ユダ王国最後の王様であるゼデキヤの話です。
このゼデキヤ王の時代に、ユダ王国はバビロン帝国によって攻め込まれ、捕囚されることになるのです。
それでは、ゼデキヤ王の時代に何が起こったのか、共に見ていきましょう。

① ゼデキヤ王の最期
ゼデキヤという王様は、バビロン帝国に捕まって第一回の捕囚として連れていかれてしまったエホヤキン王に代わって、ユダの王としてして任命された人でした。
ユダ王国最後の王であるゼデキヤの特徴は、とにかく残念な人だったという事です。

ゼデキヤ王とエレミヤとの会話などを見ていると感じるのは、ゼデキヤ王は他の王たちと違い、エレミヤのいう事がでたらめだとは思っていなかったことがわかります。
だからエレミヤの預言の内容をすごく気にしますし、37章の3節では、密かに人を送って、とりなしの祈りをしてもらおうとしていたりします。

37:3 ゼデキヤ王は、シェレムヤの子エフカルと、マアセヤの子、祭司ゼパニヤを預言者エレミヤのもとに遣わして言った。「どうか、私たちのために、私たちの神、主に、祈ってください。」

しかし、もっと始末が悪いのは、ゼデキヤはエレミヤの言葉の中に真理がある事を認めていながらも、それに従おうとはしなかったという事です。

37:2 彼も、その家来たちも、一般の民衆も、預言者エレミヤによって語られた主のことばに聞き従わなかった。

そもそも信用していないなら、エレミヤの言葉は神様の名を語った偽預言なのであり、従わない事も捕えて懲らしめようとするのも当然の事です。
でも、信じていながらそれに従わないのは、神様に対する明確な反抗という事になります。
ゼデキヤは、どうして神様に反抗したのでしょうか?
その辺りの経緯が、38章に出てきます。

何を言っても殺さないという約束をゼデキヤと結んで、エレミヤは神様の言葉を伝えます。

38:17 するとエレミヤはゼデキヤに言った。「イスラエルの神、万軍の神、主は、こう仰せられる。『もし、あなたがバビロンの王の首長たちに降伏するなら、あなたのいのちは助かり、この町も火で焼かれず、あなたも、あなたの家族も生きのびる。
38:18 あなたがバビロンの王の首長たちに降伏しないなら、この町はカルデヤ人の手に渡され、彼らはこれを火で焼き、あなたも彼らの手からのがれることができない。』」

ユダが、これからバビロン帝国に滅ぼされるという事は、これまでに何度も言われてきたことです。
そのバビロンに自ら降伏するなら、あなたの命は助かるし、町も守られ、家族も助かる。
しかし、あくまでも抵抗するならば、あなたは殺され、町は焼かれ、家族も死ぬことになるとエレミヤは伝えたのです。

しかし、ゼデキヤはこのように答えました。

38:19 しかし、ゼデキヤ王はエレミヤに言った。「私は、カルデヤ人に投降したユダヤ人たちを恐れる。カルデヤ人が私を彼らの手に渡し、彼らが私をなぶりものにするかもしれない。」

「もしも私が降伏なんてしたら、すでにバビロン帝国にいるユダヤ人たちになぶりものにされてしまうかもしれない。」ゼデキヤは、神様よりも人を恐れたのです。
また、自分や国の人々や家族の命よりも、自分自身のメンツを保とうとしたのです。
エレミヤは、「心配しなくても神様が守って下さるから大丈夫だ」とゼデキヤの安全を保障しますが、ゼデキヤはついにこの言葉には従いませんでした。

そんなゼデキヤは、悲惨な最期を迎える事になります。

エレミヤ 39:6 バビロンの王はリブラで、ゼデキヤの子たちをその目の前で虐殺し、またユダのおもだった人たちもみな虐殺し、
39:7 ゼデキヤの目をつぶし、彼を青銅の足かせにつないで、バビロンに連れて行った。

② 神様からの警告
「神に逆らうものは、裁かれる。」
単純にそう言ってしまえば、言えなくもない事かもしれません。
でも、その裁きが起こるまでに、神様は何度も何度も警告していたことを忘れてはなりません。

神様はいつでも、祝福は神様の元にあるという事。
神様に留まる限り、祝福はイスラエルとともにある事。
神様から背を向けて離れるなら、祝福を失って滅びる事を伝えていました。

神様から離れ祝福を失った後も、神様は何度も「戻ってきなさい。」と人々に伝えました。
エレミヤ書は、同じメッセージの繰り返しだというようなことをお話ししましたが、それこそが、エレミヤ書の主題メッセージです。
「ユダは私から離れたので、祝福を失ってバビロン帝国に滅ぼされる。しかし悔い改めて私に立ち返るなら、あなた達はもう一度戻ってくることができる。」

神様の側からは、何度も忠告し、警告し、どうすればいいかを伝え、必要以上に責任を果たしてきました。
後は、それに対してどう応えるかという人間の側の問題です。
ゼデキヤはそれに背き、命を失いました。
多くのユダヤ人たちもまた、神様に従う事を拒み続け、ついに帰ってくることはできませんでした。
しかしある人たちは、神様の声に従い、悔い改めて神様に立ち返り、捕囚から70年後、ユダの地に帰ってくることができたのです。

さて、これは昔々イスラエルという遠い国で起こった歴史の話、に留まるものではありません。
現代、日本という国で生きる私たちもまた、同じ場面に立たされている事を知っていただきたいのです。
神様は、私たちすべての人類に忠告し、警告し、メッセージを送っています。
「命は私とともにあり、私の外には死がある。私の元に帰りなさい。」

ユダの人々が、自分の罪の大きさを認め、バビロン捕囚と言う事実を受け入れなければならなかったように、私たちは神様から離れていたという罪の大きさを受け止める必要があります。
しかし、その事実を認めて神様に立ち返るなら、バビロン捕囚から人々が帰還したのと同じように、死から蘇るのです。
それを示しているのが、イエス様の十字架での死と、3日後の蘇りですね。
来週はイースターですが、私たちはその事を祝い、喜ぶのです。

全ての人が、ご自分の元に帰ってきて欲しいと、神様は求めています。
道は、全ての人のために、開かれています。
しかし、どれほどの忠告があり、警告があっても、全ての人が神様に立ち返るわけではないという現実もあるのです。

③ 狭い門から入りなさい
ヨシヤ王の時代に、人々は表面的にだけ悔い改めたふりをしました。
形式だけ、儀式的に、また宗教的に律法を守り、しかし心は神様に向いていませんでした。

その後の王様たちの時代には、人々は神様の声に耳を貸す事さえしませんでした。
ある人たちは神の裁きなどないと言い、ある人たちは神に守られているから滅びないと言い、罪を認めさせようとするエレミヤを迫害しました。

そしてゼデキヤ王は、人からの批判や反発を恐れて、神様に立ち返ることができませんでした。

現代を生きる私たちの多くも、このどれかのパターンにはまってしまいます。
どの時代にも、これが罪人である私たちのパターンなのです。
だから、イエス様はこのように言いました。

マタイ7:13 狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。
7:14 いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。

いのちに至る門をくぐる人は、稀です。
それでもエレミヤは、諦めず、神様からの励ましを受けながら預言し続けました。
私たちもまた、決して絶望することなく、聖霊の助けを受けながら、福音を述べ伝え続ける必要があります。

私たちはそれぞれに、それぞれの賜物や、それぞれの個性に応じてそれぞれの現場に遣わされている預言者です。
聖霊の声に耳を傾け、信仰をもって歩んでいきたいものです。
聖書は教えています。

箴言29:25 人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。

 

イザヤ41:10 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。
祈りましょう。

Follow me!

コメントを残す