ルカ19:1-10 『ルカ91 心からの反応』 2017/01/15 David Hawley

1 さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。
2 ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。
3 彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。
4 それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。
5 イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。
6 そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。
7 人々はみな、これを見てつぶやき、「彼は罪人の家にはいって客となった」と言った。
8 ザアカイは立って主に言った、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」。
9 イエスは彼に言われた、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。
10 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

I. 背景
o イエスはエルサレムに向かっています。そこで、彼は群衆によって救主として祝われた。それからイスラエルの指導者に逮捕し、死刑判決を受けた。群衆が今度は「殺せ!」といって、イエスは十字架につけられて死なされます。
o イエスはエルサレムへの途中でいろんな人とのやりとりがありましたが、弟子たちに教えた彼らからの離れの準備ため、かれらを励ましたり、そして弟子としての生き方を教えました。

II. はじめに
o 私たちは昇天と再臨の間に生きている弟子です。イエスは肉体的にこの世を去りました。そして、神が支配する王国の完成のために彼の帰りを待ちます。
o 今日、私たちはザアカイと呼ばれる人とイエスとの出会いについて一緒に考えたいと思います。それを通して我々は弟子としての生き方について学ぶことができると思います。

III. 尋ねれば、神は私たちに来るでしょう
o 先週、私たちは、弟子たちと一緒にイエスがエルサレムに向かう途中、エリコの近くで目の見えない物ごいに会い、彼に再び目を開けました。いつものように群衆はイエスたちを囲んでいました。
o イエスは今、エリコに着いた。イエスをどんな人か見たいと思っていた日田が射ました。しかし、その人はあまりにせいが低かったので、群衆にさえぎられてイエスを見ることができなかった。それで先の方に走って、イエスが通る木に登った。
o イエスは歩き続けて木にやって来たら、ザアカイに声をかけった。

19:5 イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。

o イエスはザアカイが誰であるかを知り、彼の関心に答えました。イエスはザアカイの家で交わりの時間のためにザアカイの家に行きましょうといいます。
o ザーチヤはイエスを歓迎しました。

19:6 そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。

o ザアカイはどんな人?
 ザアカイは、収税人の頭で、大金持ちです。
 ▪取税人は、ローマ人にとっては「税農民」でした。
 それはどういうことかを言いますとローマ人が取税人から一定額の金を税金として受け取ることです。代わりにその取税人は国民から税金を徴収することが認められた。必要に応じてローマ軍の力をかりて。
 取税人は、ローマ人に支払った金額以上の取税を自分の利益にします。
o 徴税家は非常に不評でした。その理由は
 彼らはローマの占領者と協力していた。
 多くの不明な税金、関税などを集めた。強盗のようなものでした。
 彼らは人々、特に貧しい人々を虐待することによってそれから高い利益を上げました。
 そのため
 取税人宮やシナゴーグから追い出されて国民の宗教生活に参加でできなくなった。
 彼らのお金は、盗まれたお金のように汚いと考えられていた。
 彼らは裁判で証言することができません。
 取税人であったことは家族全員にとって恥でした
o ザアカイは取税人のかしらでしたのでたくさんの取税人が彼の下で働いていました。そして、彼はお金持ちでした。最も嫌われたタイプでしょう。
o 群衆全体は、この取税人に仲間入りするイエスについて不平を言った。

19:7 人々はみな、これを見てつぶやき、「彼は罪人の家にはいって客となった」と言った。

o しかし、イエスはザアカイと友好するためのイニシアチブを取り、彼と質の良い時間を過ごしました。

IV。イエスは自由を与える
o そして、ザアカイはこれからどうなったかを見てみましょう。
o ザアカイは主税徴収人であった。だからおかねに関心ありますようね、彼のビジネスは、ローマ人に契約金額を支払うことと、一般人から税金を徴収する多数の人々を組織することによってその金を得ることでした。彼のビジネスはお金に集中していました。そして、彼はそれをよくできて、豊かになった。
o しかし、イエスが彼に手を差し伸べると、ザアカイ驚くべき声明を出した:

19:8 ザアカイは立って主に言った、「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」。

o ザアカイは財産の半分を貧民に施すことを公式に誓った。また不正な取立てをした場合4倍の賠償を払うと約束しました。
 法律では、他人の財産を盗んだり、傷つけるための賠償の方法が規定されています。ものによっては、元の価値の4~5倍までになる可能性があります(例:出エジプト記22章)。だから、ザアカイは、モーゼの法に従って不正に取税お金を最大限に賠償をすると約束して悔い改めていました。
 しかし、富の半分を貧民に与えることは、法律では要求されていません。これは自分で決めたことです。
 この「半分」は「私の王国の半分」のような、聖書の中で数回できる文句で、多分言いすぎで誇張だと思います。沢山の金を寛大に与えるという意味でしょうね。
 ザアカイが悔い改めをし、金銭を愛していることを否定することは、信仰を告白することです。
o イエスはこの賠償などのことをするように彼に求め、または命じたでしょうか?
 ザアカイがイエスを自分の家に招いていろんな話をしたと思いますが、それは告白の前後かは明確ではありません。
 ザアカイの家でイエスとザアカイが何を話したかも書いていません。イエスは多分好きなテーマである王国について話したと思います。しかし、イエスが言われたことの記録はありません。

 もしイエスがその賠償などのことをするようにとザアカイに言われたら、ルークはそれを記録したと思います。だから、私は、ザアカイの反応は単に彼の心から生まれた行動だとルカが教えよとしていると思います。
 この話は単に、皆に嫌われ、社会から追い出されてたザアカイはイエスを知りたいと思っていた。そしてイエスに受けられて、その喜びによって人生が変わった。
o 先々(週18:18-23)で学んだ金持ちの若い役者との対比をしましょう。
 役者は宗教熱心であり、少なくともしっかりと法律に従うつもりでした。
ザアカイの方はイスラエル民の宗教また社会から追い出されたものでした。
 役者には、イエスが助けてくれることを望んでいる明確な目標があった。それは永遠の命を得ることでした。その目標は立派に永遠の価値のあるものです。
一方、ザアカイはイエスを知りたがっただけです。
 イエスは、永遠の命、すなわち天国にはいるために必要な行動を金持ちの若い役者にお伝えしました。それは役者は自分の人生の基盤になった財産と地位を捨てなければなりないことです。しかし、彼はできませんでした。
一方、ザアカイは単にイエスを知りたいと思っていました。ザアカイはイエスを知るようになったとき、突然に法の要求をはるかに超えた神の心と寛大さへの従順で答えました。
o イエスはザアカイの告白を聞いてかれの信仰を認めました。

19:9 イエスは彼に言われた、「きょう、救がこの家にきた。この人もアブラハムの子なのだから。
 群衆はザアカイを完全に拒絶しました。 しかし、イエスは、この人が彼らの国民一人であることを群集に伝えて、彼を回復しました。それは
19:10 人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」。

o ザアカイには何が起こったのでしょうか?
 金持ちは富を信頼する傾向があり、それによって神を信じて天国に入ることはできないと、この間学びましたね。 イエスは、「金持ちの人が神の国に入るよりも、ラクダが針の目を通る方が簡単です」と言いました。
 しかし、ザアカイはイエスと共にいることによって、彼の社会的な恥と金への依存から解放されました。
 彼は神様に従い、神様だけに信頼することで信仰をあらわした。
V. 心からの反応
o 子供たちはこの話がつきですね。なぜなら、それはとても視覚的で面白いからです
 立派な大人の男性が木を登って何かを見ようとします。とても背が低かったからだ。金持ちなので素敵な洋服を着ていて、そのまま登ったでしょう。面白いですね。子供がするようなこと。
 そして、イエスに対する彼の反応は素直で熱心でした。子供のように。
 数週間前、私たちは天国に入るために子供の心を持つ必要がありますと学びました。 ザアカイはまさにそういうような人でしょう。
o イエスに対する私たちの反応はどういうものですか?
 金持ちの役者のように、永遠の命と天国への切符を彼に求めるだけでしょうか?
 または役者のように、人生を変えて神に捧げることができないため、イエスを心から従わない状況でしょうか。
 あるいは、私たちは信頼する子どものように従っていますか?
 ザアカイのような、盲目の物ごいのような、イエスにはしてほしいことを求めましょうか。そして、イエスが私たちに触れたとき、よろこび溢れる心の中から自然に神様に反応しましょう?

o イエスに対する正しい応答は何ですか?
 私は慎重で静かな人です。ザアカイのイエスへの自発的で熱狂てきな反応はとても印象的です。
 しかし、このような心からの反応は正常ですと聖書は語っています。イエス様は激しい賞賛、情熱的な爆発、そして誇大な約束を承認します。イエスはの常識と私たちの常識は違いますね。
 私たちの反応はどうおもいますか?
o ザアカイはイエスを探し求めました。ちょっと離れたところからも。イエスはそれに答えたのです。ザアカイはイエスを迎え入れて、イエスが一緒にいるのを歓迎し、彼の話を聞き、生きている信仰へ導かれた。それで彼の人生が変わりました。
o それは、イエスが望んでいること、イエスが私たちを導くために来たもの、正常で正しいことです。
VI。 纏め
o イエスを見たいと思えば、イエスを探すなら、彼は来て私たちと一緒に過ごそうとします。私たちがどれほど良いか悪いか、他の人が私たちについてどうみているか関係なく。
黙示録3:20 見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。
o そして、私たちがイエスと一緒にいると、心を縛るものから解放されていきます。自分自身や財産よりも、神様を信頼し始めます。これは神を喜ばせます。
o 愛を受けているから、その喜び溢れる心から自然に神様が求めていることをしたくなります。どうするべきかは神様がわれらの霊的な目を開かせて教えてくださいます。
o 祈りしましょう。

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