『教会を生み出す(1)なぜ教会を開拓するのか?』 2017/05/28 松田健太郎牧師

マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

ここ何年かの間、僕が事あるたびに「教会開拓」と言い始めた事に気づいている皆さんは多いのではないかと思います。
ついには教会開拓のミニストリーにまで関わるようになって、セミナーをやり始めた。
それを聞いて皆さんがどのように思っているのか、僕にはわかりません。

「けんたろ先生、そんなに自分のテリトリーを広げたいのか。どん欲だなぁ」と思っている方もいるかもしれません。
あるいは、「外を見る前に、まず内側を固めるべきじゃないですか?」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。

私たちは、どうして教会開拓をしなければならないのでしょうか?
これから三週間にかけて、教会開拓についてのお話をしながら、皆さんにもその大切さを理解していただきたいと思っています。
そして、そのために私たちには何ができるのかという事を、一緒に考えていきたいと思うのです。

① 神様が命じていることだから
さて、私たちはどうして教会開拓をしなければならないのでしょうか?
第一の理由は、それが神様の命じていることだからです。
イエス様は天に昇られる前に、私たちにこのような命令を残しています。

マタイ28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

私達多くのクリスチャンはこの言葉を知っていますよね。
“大宣教命令”という言葉で知られる言葉です。
「これは、福音を宣べ伝えなさいという事であって、教会開拓の話ではない」と言う方もいらっしゃると思います。
でもね、福音を宣べ伝えるためには、教会が必要だということなんです。

もちろん私たちは、いつでも、どこでも、誰に対してでも福音を伝える事ができます。
例えば街に出て行って、誰かれ構わず捕まえて、福音を伝える事も出来るでしょう。
実際に何%かの人たちは、それによってイエス様と出会い、受け入れる人たちもいます。
それはそれで、素晴らしいことです。

でも問題は、その後です。
その人たちはその後、どうすればいいのでしょうか?
イエス様と出会えたはいいけれど、その後どうすればいいかわからない。
誰も教えてはくれないし、自分でもどうすればいいかわからない。
そうしている間に、その人はイエス様と出会った喜びを忘れて、信じる心も失ってしまうのではないでしょうか?

クリスチャンとは、「かつてイエス様を信じたことがある人」のことでも、「天国行のチケットを手に入れた人」のことでもありません。
イエス様を信じ、今その関係の中に生きている人をクリスチャンと呼ぶのです。
そしてその信仰は、ひとりだけで維持していくことは著しく難しいことなのです。

多くのクリスチャンが誤解していることですが、イエス様が私たちに命じたのは、「人々を救いに導きなさい」ということではありませんでした。
イエス様は、「行って、あらゆる国の人々を“弟子”としなさい」と命じたのです。
弟子としての生き方を学び、弟子として生きていくためには、クリスチャン同士の関係は不可欠です。
私たちは互いに愛し合い、教え合い、助け合い、支え合い、仕え合うことによって成長していくことができるのですから。

教会とは、キリストのからだです。
「神様を信じたからオッケー」なのではなく、からだの他の部分と繋がるのでなければ、私たちは誰もキリストのからだとして機能する事はできないのだという事を忘れてはならないですね。
そして、そこに教会が生まれる事によって、その地域の人々が神様と出会い、成長する事ができる機会を増やすことができるのです。

② 神様が願っていることだから
教会開拓をしなければならない第2の理由は、神様がそれを心から願っているからです。
イエス様の有名なたとえ話に、このようなものがありました。

ルカ 15:4 「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
15:5 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、
15:6 帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。
15:7 あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。

イエス様は、99匹いるから十分だという話はしませんでした。
99匹の幸せと安らぎを追求する事ではなく、99匹を置いていくリスクを負ってでも、失われた1匹を探し出すことに喜びを見出すと、イエス様は言ったのです。

私たちは、ついつい自分たちの平和や安らぎばかりを教会に求めてしまいます。
教会の環境をいかによくするか、いかに完璧な教会を作るかということばかり考えてしまいがちです。
しかし実は、私たちの心が内向きになればなるほど、教会の中には問題が大きくなっていく傾向があるのです。

なぜでしょう?
それは、私たちの心が内向きになればなるほど、私達は教会に自分たちの満足を求めるようになるからです。
「教会にあれがない、これがない。」
「あれをするべきだ。これをするべきだ。」
私たちの心が内向きになればなるほど、足りないものばかりが目に付くようになるのです。

イエス様は言います。
「99匹ではなく、失われた1匹を探しなさい。」
私たちは、教会の内側ではなく、外側を優先的に見ていく必要があります。
しかし実はその方が、私たちに自身の満足にも繋がる事になるのです。
なぜなら、私たちは自分が満たされることに喜びを見出そうとするのではなく、失われていた人々が神様に繋がる事を最大の喜びとするようになるからです。

③ 日本に教会がなくなる?
教会開拓をしなければならない第3の理由は、日本の教会が、危機的状況にあるからです。
皆さんは、日本にいくつくらいの教会があるかご存知でしょうか?
どこからどこまでを教会と呼ぶのかという定義によって、教会の数は変わって来るだろうと思いますが、プロテスタントではだいたい8000の教会があると言われています。

皆さんは、この数は多いと思いますか?
それとも、少ないと思うでしょうか?
日本には1億3千万人の人たちが住んでいます。
私たちはその全ての人たちに届き、福音を伝える必要があるのだと思うとどうでしょう?
8000の教会が1億3千万人に福音を伝えるなら、ひとつの教会が16250人の人たちに伝えなければならないという計算になりますね。
日本には教会が足りません。
しかし、それだけではありません。
日本の教会の数は、少しずつですが減少傾向にあるのです。

まぁ、日本の人口も減ってきているのですからある程度仕方がない部分もあるのかもしれませんが、ただでさえ足りていない教会の数が減っていくのは大変です。
とくにこれから10年の間に、2000もの教会は閉鎖してしまうだろうと言われています。
これまでは新しく開拓される教会もそれなりにあったので、それ程劇的に減るという事もありませんでした。
しかし、教会の閉鎖があまりに多くなると、開拓が間に合わないということになってきます。
これから、日本のキリスト教会はそんな危機的な時代を迎える事になるのです。

どうして閉鎖する教会がそんなに多くなっているのでしょうか?
何よりの問題は、教会の信徒の高齢化だと思います。
少し地方に行けば、出席者の平均年齢が70代という教会もざらにあります。
そういう教会は、これから10年くらい後にはどんどんなくなってしまいますよね。

もし、誰も教会を開拓する事がなければ、このペースだとあと半世紀もしない内に、日本には教会がなくなってしまうでしょう。
教会開拓がどれほど重要な事なのか、少しお分かりいただけたでしょうか?

私たちが自分のことや、自分たちの教会のことだけを考えるなら、教会開拓などという大変な事はあまり関わらなくていいと思うかも知れません。
しかし、福音を届けなければならない人たちや、日本のキリスト教会の現状を考えるなら、教会開拓は誰かがやっていかなければならない事なのです。

来週は、今日の続きと、「なぜ私たちが、教会を開拓するのか?」という話をしていきたと思っています。

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