映画と舞台とキリスト教シリーズ③ 【素晴らしき哉、人生 】レビュー |あなたのいない世界なんて

映画、舞台芸術大好きな のんのん が、キリスト教的視点や文化の理解が深まると、映画や舞台がもっと楽しくなるかも…という視点でレビューを書いていくシリーズ。1回目の「レ・ミゼラブル」、2回目の「ノートルダムの鐘」のレビューに続き、第3弾は「素晴らしき哉、人生」。

素晴らしき哉、人生

1946年公開、フランク・キャプラ監督のアメリカ映画。アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ、「感動の映画ベスト100」で1位に選ばれ、
2014年のアメリカの大手映画批評サイトRotten Tomatoesが発表した「2014年版クリスマス映画ベスト25」には第1位にランクイン。
白黒でクラシックの映画と侮るなかれ。私自身も大のお気に入りであり、何回見ても心暖まり涙する。アメリカでは現在もクリスマス時期に必ず放送される説明不要の普及の名作。
ウィル・スミス主演の「素晴らしきかな、人生」とは別物である。

神さま、助けてください

このストーリーは、様々な祈りの言葉から始まる。
あっちこっちで、ジョージ・ベイリーという人物を助けてほしいという祈りが聞こえてくる。彼は誰かの父親で、夫で、友人であるらしい。
それを聞いた、星空にピカピカ大きく光るものが何やら活動を始める。
「この仕事はクラレンスに任せよう」
と呼ばれたのは小さな光。どうやら、翼を持たない二級天使のクラレンスがその光に呼ばれ、みなの祈りに答えて、この仕事が出来たら翼を与える事を条件に、ジョージ・ベイリーを救いに行く事になった。
救いに向かう前に、ジョージ・ベイリーがどんな人物かの説明を受ける。私達はこの説明と共にジョージ・ベイリーの人生を知る事になる。

ジョージ・ベイリーの人生

彼は、低金利で不動産を営んでいる家庭の長男であった。
小さな頃に弟を助けるために冬の湖に飛び込み、風邪をこじらせて片耳の聴力を失う。また、小さいながらに薬屋にアルバイトに行っていた。店主の間違いを指摘し、災難から救った事も。
大きくなり街を出る夢もあったが、突然の父の死による会社のピンチを救うために夢を諦め、会社を継ぎ、街の人々のために生きていくベイリー…。結婚して新婚旅行のお金も世界恐慌でピンチになった街の方々のために使い、また街から出られなかった…。彼は常に周りの人々を愛し、周りの人々の幸せのために生きていた。

ジョージ・ベイリーのピンチ

そんなジョージ・ベイリー、会社も家族も順調だったが突然、会社のお金8000ドルが紛失して大ピンチに。彼を目の敵にしていた街の金持ちビジネスマンポッターはここぞとばかりに彼を脅し、会計調査官はベイリーを資金隠しの罪で逮捕かという状況に。人が変わったように荒れるベイリー。そして向かった先は川…。自殺を図ろうとするベイリー。家族や友人達は彼の捜索とともに、必死に祈り始めるのである。

神様と天使

なんとなく予想はつくだろうが、最後、クラレンスは無事に役目を果たして無事に翼を貰う。
ここで、夜空に輝く大きな光として表現されているものは、皆様も想像しているように神様、Godである。そして、小さな星の1つがクラレンス、天使として表現されている。

聖書の神様

西洋文化の神、というと大多数がキリスト教の神の事である。キリスト教の神、とは聖書に出てくる神様だ。
God、神、主、と表現される。
あらゆるものの造り主。また、聖書には神は愛であるとはっきり記載されている。
キリスト教では、万物を神が6日かけて創造し、7日目に休息したと聖書に記載され、それが信じられている。
クリスマスのキリストって神じゃないの? という疑問もあると思うが、それについて少し説明しておく。まずは聖書について少し解説する。

旧約聖書

旧約、とは神様との古い約束の事。ユダヤ教はこの旧約聖書のみをバイブルとしている。
天地創造からイスラエルの民の歴史、預言や格言などを様々な人物が神の息吹によって書かれたもの。
最初に創造されたヒト、アダムとイブが、食べるなと言われた善悪の知識の実を食べ、神との関係にエデンの園を追われる。人々は産めよ増えよと増えていき、剥奪や戦争など罪や間違いも起こしていく。イスラエルに住んでいた民も侵略や戦争により住む場所を追われたり、戦う歴史も記載されている。預言の中で、やがて救い主、平和の君が生まれる事が記載されている。

新約聖書

キリストが生まれる頃から、キリストの死、弟子たちのキリスト教布教の旅と歴史、やがて訪れる未来、世界の終焉と天国について書かれている。キリストが最初の人間、アダムとイブが犯した、また全ての人間の間違いを帳消しにするために、神の子でありながら人間の姿として生まれ、罪なき生贄として生涯を全うした事により人間の罪を清められた、という神との新たな約束という意味で新約、という。
キリスト教では、キリストは神の子である。クリスマスはその誕生を祝うもの、イースターは死後キリストが復活した事による、永遠の命を喜ぶものである。

聖書とは、この2つを合わせて完成されている。キリスト教の判断基準は、この聖書に基づいていく。

天使

この映画では神、人間、そして天使が登場する
天使とは何か?
新訳聖書の、へブル人への手紙第1章14節に次のように記されている。
「御使いたちはすべて仕える霊であって、救いを受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか」。要するに、神の使いである。
聖書に出てくる天使というと、キリストを宿したマリアに受胎告知した天使や、キリストが生まれた時に羊飼い達に現れて導いた天使などが有名である。神の指示により人間に教えたり導いたりしている。
聖書の別の場所の記載によると、必ずしも二つの羽で人間と似たような姿がある訳ではないようで、天使の中にも長がいるとの記載があるため、階級は存在するようである。
カトリック教会では、天使の名前や階級、役割や守護天使などの細かい風儀が昔からあるようだが、聖書にそこまで具体的には書いていないため、プロテスタントの教会では個別の天使について話題にされる事は少ない。

この映画で、クラレンスは翼獲得、昇級のために奮闘する。
聖書を見比べると、フィクションといえどあながち間違ってはいないようだ。しかしこれが配役の妙で、なんと、おじいちゃんなのである。演じたヘンリー・トラヴァースはフリフリを着た丸い体型に、愛らしい笑顔で見事にチャーミングな天使になっていた。天使というと美しい中性的な美男美女や、愛らしい子供がまずイメージされるのに、ここではかわいいおじいちゃん!!冒頭のアニメーションのような夜空の神と天使の表現と、この天使クラレンスおじいちゃんが、この映画をぐっと身近で愛らしいものにしている。

クラレンス天使が行ったこと

ジョージがいない世界

クラレンスの使命はジョージを救うこと。
自殺は何とか食い止めたが、荒んだジョージには手を焼いた。
「自分なんか価値のない人間だ! 自分がいなければよかった」
そう嘆くジョージにクラレンスが見せたもの。
それは「ジョージのいない世界」であった。
ジョージがいなかったら。
弟はジョージに救ってもらえなかったから、冬の湖に落ちてその後亡くなった。
バイト先の薬屋のおじさんは、ジョージが指摘しなかったミスで受刑し、その後街の人々に煙たがれる人生を送っていた…。
他にも、ジョージが安く不動産を紹介した人々は、ポッターの高い不動産に住み、貧しい生活をしていた…。妻は結婚せずに独りで寂しく生き…。そのかわりポッターとその取り巻きが我が物顏で街を支配していた…。

与えられていた当たり前の今の幸せ

ジョージは恐ろしくなり、必死に元の世界に戻してくれと願う。
気がつくと、元の川の橋にいた。
街を確認すると、どうやら元の世界。
ジョージは感謝した。
真っ先に家に帰り、八つ当たりしてしまった子供達と妻を抱きしめる。当たり前にあった幸せに気がついたのだ。
その後、更に奇跡が起こるのだか、これはジョージの生き様であればこそ。是非映画で確認してほしい。

かけがえのないあなた

ジョージは自分のいない世界を見るまで、自分の周りへの影響がそんなにあると思っていなかった。
私達も同じだと思う。「自分なんていない方が良いんじゃないか」と自暴自棄になったり、自分の存在価値がわからなくなる事もあるだろう。
しかし、そんな時こそクラレンスが行ったように、自分がいない世界を想像してみてほしい。
あなたが親であった場合、まず、子供たちはいない。
もし兄弟がいたならば、自分がいなかったら兄弟達の生き方も変わるのではないだろうか?
ペットがいるならば、自分がいなかったらそのペットが、自分以外の飼い主…もしかしたら虐待する飼い主のところにいたかもしれない…。
友達や親友が落ち込んだ時にあなたはどんな事をしたか。もしかしたら、あなたがいなかったら1人で孤独を抱えていそうな友人はいないだろうか?
考え出すときりがない。

全ての創造主、神は聖書を通して語る。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。
(旧約聖書 イザヤ書43章4節より)」

 

神は全ての創造主であるという事は、神はあなたをも作られたという事だ。他ならぬ愛によって。

学校や会社で上手くいかなかったり、ひどく落ち込んでしまって自分に自信がなくなった時。思い出して欲しい。あなたは愛によって創られたのだということを。

クリスマスシーズンはパーティーの季節だ。でも何故パーティーをするのか。日本人はそこをあまり考えずに形だけ取り入れてしまっているように感じる。
クリスマス・パーティーの主役はイエス・キリスト。彼は、神からあなたへの、愛の贈り物なのである。
もし、自分に自信がなかったら、自分の良いところをこのクリスマスに探してみよう。また、友人や家族に聞いてみよう。
神様が愛して創られた、「本当のあなた」に、自分自身で気がついてみよう。
聖書には「探しなさい、そうすれば見つかります」と書かれている。ジョージ・ベイリーのように、家族や友人達がきっとあなたの素晴らしさを教えてくれることだろう。
それでもみつからなかったら、神に祈ってみよう。愛である神が祈りを聞き、きっとクラレンスのようなチャーミングな天使を送ってくれるに違いない。クリスマスは、愛である神が、この世に贈り物をくれた日なのだから。
どうか、素敵なクリスマスを。

執筆者:のんのん

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