映画と舞台とキリスト教シリーズ④ 【レディ・キラーズ】レビュー | ゴスペルと南部アメリカの風を感じて


映画、舞台芸術大好きな のんのん が、キリスト教的視点や文化の理解が深まると、映画や舞台がもっと楽しくなるかも…という視点でレビューを書いていくシリーズ。第4弾は「レディ・キラーズ」。

レディ・キラーズ

 原題: The Ladykillers は、2004年製作のアメリカ映画。トム・ハンクス主演、コーエン兄弟制作のブラック・コメディ。頭脳明晰な犯罪者と敬虔な老婦人の「対決」を描く。
  1955年製作のイギリス映画『マダムと泥棒』のリメイクである。ただし、物語の舞台は1950年代のロンドンから現代のミシシッピ州に変更されている。オリジナル版はコーエン兄弟の好きな映画だったとされるが、細かなところや、ストーリーの大まかな流れも変更されている。

全編、BGMがゴスペル・ミュージック!

タイトルがいかにも人を殺す犯罪映画だと分かるのに対し、映画全体の雰囲気を決めるとも言えるBGMが、なんとオールゴスペルなのである。
皮肉を好むコーエン兄弟の妙が光るセレクトだ。

物語のスタートから死神(?)のような、天使のような銅像が登場する。
橋、ゴミの貨物船、猫。
銅像とこの3つのカットを巧みに入れてストーリーが展開されるのだが、ゴスペル・ミュージックとあわせて、ひしひしと「神の存在」を感じさせ、「悪い事できないよねー」「見られてるもんねー」という気にさせられる。

ゴスペルとは?

ゴスペル God Spell、神の言葉、という意味で、キリスト教の聖書の言葉や、神への賛美、神が自分にしてくれたこと(=証、という)をメインに歌っているもの。
讃美歌や日本人が作ったポップな歌やロックも含め、歌詞がそうであるならば、全てゴスペルになる。


日本では、主にブラック・ゴスペルのイメージが強く、映画「天使にラブソングを…」中で使われた「Oh,happy day」などを連想する人が多いかもしれない。
ちなみにブラック・ゴスペルとは、主に黒人の方々がソウルやファンクなどの音楽にゴスペルの歌詞をつけてオリジナルに歌っているものである。

ゴスペルの歴史

 ここで少し、映画から離れて、ゴスペルの歴史について話しておこう。

ゴスペルの歴史は、奴隷船から始まる ー奴隷貿易ー

アフリカ大陸で人間を生け捕りにし、船に箱詰めにして強制的に新大陸(アメリカ大陸)に輸送した。
ヨーロッパ諸国から安価な雑貨や、武器やアル
コールをアフリカ大陸に持っていき、部族の首長を介して商品と交換。アフリカ大陸でコーヒー、砂糖、綿花と交換する。
利益は2倍から、時には7〜8倍になり、ヒトがモノより安く扱われた貿易だった。

奴隷貿易は17世紀に始まる。
過去のレビューを参考にすると、「ノートルダムの鐘」は15世紀、「レ・ミゼラブル」は18世紀後半。
奴隷貿易は、その間に始まっていたことになる。
18世紀が奴隷貿易が1番盛んだったと言われている。

1808年(19世紀)に奴隷貿易が廃止された後も黒人奴隷の生活は変わらず、1860年の合衆国総人口の14%の黒人440万人のうち、395万人はまだ奴隷の状態であった。

1863年のリンカーンによる「奴隷解放宣言」は、確かに黒人達の解放をもたらしたが、4人に3人は文字が読めず、土地も仕事も金もなかった彼らに待ち受けていたのは厳しい「貧困」と「人種差別」。
黒人であるというだけで職、教育、政治活動、あらゆる面で制限を受け、絶えずリンチに怯える生活を強いられていた。
こうした中で、自由と解放を願って生まれたのが、「ゴスペル・ミュージック」なのである。

蛇足ではあるが、劇中、ヒップホップで黒人を「ニガー」と呼んでいたことに、「キリスト誕生から2000年、キング牧師から30年、まだそんな事を!」と黒人おばちゃんが怒るセリフとシーンがある。
時代背景と歴史を感じさせるシーンとセリフである。

スピリチュアル ー黒人霊歌ー

合唱などをしていた方は、歌ったこともあるかも知れない「黒人霊歌」。
ケンタッキー州の州歌であり、日本ではフライドチキンのCMで多用されている、フォスターの「懐かしのケンタッキーの我が家」は、黒人プランテーションや黒人霊歌に影響を受けて作曲されている。

17世紀、奴隷貿易で連れてこられた黒人達は、主にアメリカ南部の大規模農園=プランテーションで過酷な労働を強いられていた。

白人の主人について行ったキリスト教の教会で、神は全ての人を愛し平等であること、死んだ後は天国での永遠の命と、家や衣と安住の地が用意されていることなどを教会のドアの外から聞き、彼らの多くがキリスト教を受け入れていった。
そして、もともとのアフリカ文化の曲や歌に、教会で耳にした賛美歌を真似て、「スピリチュアル」と呼ばれるようになる歌を歌うようになっていく。これがゴスペルのルーツである。

彼らは労働の合間、もしくは主人に分からないように仕事が終わった後に、白人達の家から離れて集会を持った。
秘密裏に行われる独自の礼拝の中で、彼らは歌い、踊り、神に祈ったのである。
スピリチュアルは、多くの困難と隠された場所を通り、長い時間をかけて形成されていった。

聖と俗の交流からゴスペルミュージックへ

奴隷解放後の黒人たちは、仕事や自由を求めて北部を目指す者が増え始めた。
しかし理想とは裏腹に、そこには孤独と貧しさ、差別との戦いが待っていた。

そんな中で、いろいろな文化に合わせた賛美スタイルの教会に行き出す人々も増えてきた。(教会の賛美歌のスタイルについては、少しだけ「ノートルダムの鐘」のレビューで触れているので参考にして欲しい。)
あらゆる楽器や聖歌隊、バンド演奏に力を入れる教会も多くあったようだ。

失業や貧困があり、犯罪に走ってもおかしくない社会状況。
そんな環境で、日曜日はコミュニティの教会に行き、全身全霊で礼拝に臨む。
そこには、生活のリアリティがあった。

巷では、ジャズやブルースミュージックが溢れていたころ。
ピアノやコルネットなど、礼拝(聖)にそんな日常(俗)を盛り込んで、黒人音楽とゴスペル・ミュージックは音楽的に互いに影響を与えながら現在まで発展してきているのである。

映画のみどころ① 「the アメリカ」への皮肉

話の内容を映画に戻そう。

犯罪グループは、トム・ハンクス演じるヒギンソン大学教授(これも嘘)と音楽仲間の友人達 (犯罪グループ。人種も年齢も色々)vs 敬虔なクリスチャンのおばちゃん。
このおばちゃんがね、いかにも南部にいる強いおばちゃんで、それがまたシュールで笑えてくる。

一方、トム・ハンクスと友人達は、「ルネッサンス期の古い楽器で、教会音楽の演奏をするのが趣味」というテイでおばちゃんの家の地下室に入り浸る。

何事も変わらない、昔のアメリカのままを生きている黒人おばちゃんと、その横でガチャガチャした行いを繰り返し、結局は川に流れていく犯罪者たち、民族たち。
そして映画の中では、繰り返しエドガー・アラン・ポーを朗読し、アメリカの「昔」らしい音楽が奏でられる。

また、出てくる川はアメリカのミシシッピー川。
ミシシッピー川といえば、かのマーク・トゥエインの「ハックルベリー・フィンの冒険」でハックと黒人奴隷ジムが、自由を目指していかだに乗ったあのミシシッピー川である。
また、「ハックルベリー〜」のストーリーは、上で触れたフォスターの「懐かしのケンタッキーの我が家」の作曲に直接影響を与えた本とされている。

皮肉とウィットに富んだ内容を、早い展開で中ダレせずにさくさくと見れてしまう作品だ。

映画のみどころ② ゴスペルミュージックと南部教会の礼拝シーン

こちらの映画では、「これぞ南部のブラック・チャーチよ!」という感じの教会の礼拝シーンが出てくる。
ゴスペルに興味がある人や、ブラック・ミュージックに興味がある人は、「ほんまもん」を垣間見ることができる。

ここで使われている曲の一つが「Come,Let Us Go Back to God!」。
「神の所へ帰ろう」という曲で、教会は熱を帯びていく。
ブラック・チャーチで見られる「踊る教会、揺れる教会」だ。       

リード歌手と聖歌隊が、ディレクターと言われる指揮者のもと魂の叫びを全身全霊で表現し、会衆を巻き込んで神を賛美する姿が映像となっている。
その映像では、ものすごい有名曲や、めちゃくちゃ有名なゴスペル・シンガーが出ている訳ではない。
しかしBGMの一曲には、ステラ賞、ドーブ賞、グラミー賞ゴスペル部門でも受賞歴がある大御所、ドニー・マクラーキンも一曲参加している。

200年前に作曲された黒人霊歌風の曲から、現代のコンテンポラリー・ゴスペルまで、まさにゴスペルが堪能できる映画である。

古典楽器というセットも見もの

ヒギンソン教授と仲間達は、表向きにはルネサンス期の楽器を演奏することが趣味という設定にしていた。
その練習と称して、ルネサンス期の楽器を持っておばちゃんの家の地下室に集合する。

 劇中に登場する全ての古典楽器は骨董品ではなく、ジョージ・ハリスン、エルビス・コステロ、ピート・タウンゼント等々、超大物ミュージシャンに愛されるギター職人ダニー・フェリングトンによって、あらゆる資料から本映画のために製作されたそうである。

ブルーレイだと、そのあたりの特典映像もついているので、是非見てほしいところでもある。

終わりに

この映画のストーリーを楽しむだけではなく、今日まで神経質なくらいに続いている黒人差別問題や、アメリカンカルチャー、特に南部のカルチャー、またブラック・ゴスペルに思いを馳せたり、興味を持って見て欲しい。また、「カッコイイ」だけではなく、ゴスペルの歴史に触れて、人はどこまで非道になれるのかということも考えてみて欲しい。

あまりふれなかったが、俳優達がコメディとシリアスを使い分ける演技も、きっと好きになるだろう。

最後になってはしまったが、この文章を書くにあたり、ゴスペルシンガー・ディレクターの綿引京子さんに、ゴスペルミュージックについてお話を伺わせていただいた。
また、参考文献として、塩谷達也氏の著書「ゴスペルの本」を熟読させて頂いた。
お2人に感謝申し上げる。

執筆者:のんのん

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