ヨシュア記5:13-6:7 『ヨシュア記7 神さまの戦略』 2019/08/04 松田健太郎牧師 

ヨシュア記 5:13-6:7
5:13 さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」
5:14 すると彼は言った。「いや、わたしは【主】の軍の将として、今、来たのだ。」そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」
5:15 すると、【主】の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。

6:1 エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。
6:2 【主】はヨシュアに仰せられた。「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。
6:3 あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ。町の周囲を一度回り、六日、そのようにせよ。
6:4 七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。
6:5 祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上って行かなければならない。」
6:6 そこで、ヌンの子ヨシュアは祭司たちを呼び寄せ、彼らに言った。「契約の箱をかつぎなさい。七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、【主】の箱の前を行かなければならない。」
6:7 ついで、彼は民に言った。「進んで行き、あの町のまわりを回りなさい。武装した者たちは、【主】の箱の前を進みなさい。」

ヨルダン川を渡り終えたヨシュアたちに命じられたのは、割礼を受けるという事でした。
割礼を受けることによって、イスラエルの人々は自らのルーツを思い出し、そこにある神さまの約束を思い、そして神さまの声を受け取りやすい敏感な心を得たのです。

ここから、いよいよ最初の戦いが始まろうとしています。
ヨルダン川を越えてまず真っ先に戦うことになったのは、数日前に偵察隊を出したエリコです。
大きな壁のある、難攻不落の城塞都市で、一度その門を閉じてしまえば、倒すことは簡単ではありません。
割礼の傷をいやしながら、ヨシュアたちはどうやって攻めるべきか、頭を悩ませていたのではないかと思います。

① 主の軍の将
さて、そんなヨシュアたちの前に一人の人物が現れます。
それは、抜身の剣を持った戦士でした。

5:13 さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」

敵地にいて、相手は抜身の剣を持っているのですから、普通に考えれば敵しかありえないでしょう。
でもヨシュアは、何か普通とは違うものを感じ取ったのかもしれません。
「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」と尋ねました。

すると、その人物はこのように応えたのです。

5:14 すると彼は言った。「いや、わたしは【主】の軍の将として、今、来たのだ。」そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」

「主の軍の将」と名乗りましたが、この人物は何ものでしょうか?
実を言うと、あまりはっきりしたことはわかりません。
でも、この後にこの人物が登場するときには、「主」と呼ばれていることがわかります。
聖書の中で「主」という言葉が使われるときには、それは神さまだという事が表されています。
つまり「主の軍の将」とは、ナザレのヨセフのの元に生まれてくる前の御子、イエスさまだったということなのです。

さて、主の軍の将が神さまの権威を持つ方だと知ったヨシュアは、その場で跪いて、地面に顔をつけてイエスさまを伏し拝みました。

5:15 すると、【主】の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。

ちなみに、「イエス」というのはギリシア語読みの「ヨシュア」ですから、ふたりは全く同じ名前です。
1000年以上の時を超えて、聖書に登場するふたりのヨシュアが顔を合わせたのですから、とてもおもしろい場面ですね。

さて、この出来事にはどのような意味があるのでしょうか?
主の軍の将は何のためにヨシュアの元に来たのでしょう?
イエスさまが「主の軍の将」としてヨシュアの元に来たことに意味があります。
これは、この戦いの将はヨシュアではなく神さまだという事であり、この戦いの主導権は神さまが握るという事なのです。
事実、この時主の軍の将はヨシュアにこのように言います。

6:2 【主】はヨシュアに仰せられた。「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。

これは、ヨシュアにとってどれほど嬉しいことであり、ありがたいことであったでしょう。
その戦いを神さまが戦ってくださると知るなら、それは大きな励みとなり、平安を与えることになります。
なぜなら、それは勝利が約束された戦いだからです。

もちろんそれは、私たちも同じです。
神さまが私たちに「戦いなさい」と言うなら、その戦いの将はいつでも神さまなのです。
逆に、神さまが「戦いなさい」と言うのでないなら、私たちは戦うべきではないでしょう。
今、皆さんは戦いに直面していますか?
それは、どんな戦いでしょう?
何よりも、その戦いは神さまが命じた戦いでしょうか?
そうであれば、その戦いの将はイエスさまです。
私たちは、神さまの戦略によって、その戦いを戦っていく必要があるのです。

② 主の軍の将の戦略
では、その神さまの戦略とはどのようなものでしょうか?
それは、私たちの常識では計り知れない、奇妙奇天烈なものでした。

ヨシュア 6:3 あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ。町の周囲を一度回り、六日、そのようにせよ。
6:4 七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。
6:5 祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上って行かなければならない。」

神さまは時として、理論的とは思えない、不思議な戦略によって問題を解決なさいます。
難攻不落の城塞を倒すのに、普通ならどんな作戦をたてますか?
兵糧攻めによる長期戦とか、火矢を放つとか、正面突破だとか、いろいろ方法はあるだろうとは思います。
しかし、7日間壁の周りをぐるぐる回るという方法を考える人がどこにいるでしょうか?
むしろ、誰かが思いついて言ったら、正気を疑われるでしょう。
神さまは、私たちにそのように命ずることもあるのです。

神さまが「戦いなさい」と言って始まった戦いなら、その軍の将は神さまご自身です。
私たちは、自分の考えや方法で戦おうとするのではなく、まず神さまに尋ねる必要があるのではないかと思います。
そして、神さまに従って行動するなら、私たちはその戦いの結果も神さまに委ねるべきです。

戦いが思うように進まないこともあると思います。
訳の分からないことをやらなければならないこともあるでしょう。
でも、神さまがそのように命じるなら、私たちはそれでも主の軍の将に従うべきなのではないでしょうか。

③ エリコの壁は崩れた
この後、エリコにどんなことが起こったかという事は、しばらく前に小西さんもお話ししてくれましたし、皆さんもよくご存じだと思います。
ヨシュアたちは、主の軍の将に言われたとおりにしました。
最初の6日間はエリコの外壁の周りを静かに1周し、7日目には7周しました。
そして角笛を吹き鳴らすと、イスラエルの民は大きな声でときの声をあげたのです。

「ときの声」というのは、戦いの時に戦士たちが「うぉ~!」とか「わ~!」とか「ライライライ!」とか言って、気合を入れたり、威嚇するような声をあげるわけです。
角笛とその声が鳴り響くと、なんとエリコの城壁は崩れ落ちました。
そこで、イスラエルの民たちはひるんだエリコの人々を倒したのです。

この時、一体何が起こったのでしょうか?
大勢の人の声と角笛の大きな音で衝撃波を作り、壁を壊すことができないかという実験がされたことがあるそうですが、もちろんそんなことで壁を壊すことはできませんでした。
どのような物理的現象によって、エリコの壁が崩れたのかという事は、私たちの想像をこえています。
しかし一つ言えることは、そこには神さまの業があったということです。
神さまの介入がなければ、壁が崩れることはありませんでしたし、エリコの人々の士気が下がっていたとはいえ、イスラエルの人々が現実的にエリコを打ち破ることは難しかったはずです。

でもそれは、ヨシュアたちが神さまに従って、ばかばかしいとさえ思えるエリコの壁の周りを回るという事をしなければ、起こらない出来事でした。

私たちは、目的を達成するために、あるいは苦難困難を打開するためにさまざまな戦略を練って問題に挑みます。
でも本当に大切なのは、その戦略がどれだけ賢く、理論的なものかどうかということ以上に、それが神さまの戦略であるかどうかなのだと思います。
そのために必要なのは、私たちが日々、神さまの声に耳を傾け、神さまからの導きを受け取るという事です。

最後にもう一度お尋ねします。
皆さんが今直面している戦いは、神さまが命じた戦いですか?
そうでなければ、今すぐ戦いを止めましょう。
もしそれが、神さまの命じ戦いであるなら、私たちの将はイエスさまです。
全てをイエスさまに尋ね、従って戦おうではありませんか。
その戦いの勝利は、すでに約束されているのですから。

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