人間とは?

私たち人間とは、どのような存在でしょうか?
私たちは、意外と自分自身の事がわかっていないものです。
また、自分自身をどのような存在として認識するかによって、私たちの生き方も変わってくるものです。
今日の学びでは、聖書が教えている人間観について学んでいきましょう。

―考えてみましょうー
前回の学びで、この世界はすべて神様が創造したものだという事を学びました。
そうすると、私たちもまた神様によって創造された存在だという事になります。
神様は、あなたをどのような人間として創造したと思いますか?
そして、あなたは神様が創造した通りに生きているでしょうか?

 

人は神様によって創造されたものであるというのが、聖書の人間観です。
神様は、私たちをいろいろな個性を持った、別々の人間として創造している事がわかります。

今日の学びでは、神様が人間をどのような存在として創造したかという事を学ぶことで、自分がどのような存在なのかという事を改めて考えてみましょう。
聖書的な価値観を通して人間を理解すると、私たちが本来はどのように生きるべきだったかという事が見えてくるはずです。 

1. 人は別々の存在として創られた

エレミヤ1:5、ローマ12:4~8、エペソ1:11を読みましょう。

エレミヤ1:5 「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。」

ローマ 2:4 一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、
12:5 大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。
12:6 私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。
12:7 奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。
12:8 勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。

エペソ 1:5 神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。

自分と同じ人間はこの世にひとりもいないという事を、考えたことがあるでしょうか?

私たちは、それぞれの性別、性質、性格、興味、それぞれの特徴が、神様の計画と目的によって与えられ、創られているのです。
そして、神様が計画と目的を持って創ったのなら、私たちひとりひとりの命は偶然ではなく、必然だったという事です。
そしてそれは、私たちがそれぞれに別の役割、別の目的、別の使命を持つ別の存在としてられたという事でもあるのです。

2. 人は神に似せて創られた

創世記1:26を読みましょう。

創世記 1:26 神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」

人間は、神様に似せて創られました。
そうは言っても、神様が私たちと同じ姿かたちをしているという事ではありません。
神様と同じような性質を持った存在として創られたという事です。

神様が創造主であるように、私たちも創造する力が備えられています。
私たちは無から有を創ることはできませんが、有る物をそれ以上の存在に創りかえる事ができます。
物や道具もそうですが、白い紙と絵の具からひとつの世界が作り出されるのを、芸術作品を通して経験した事がありませんか?
単なる音の組み合わせが、心を揺さぶるのを経験した事がありませんか?
そういう所に、人間が神に似せられている部分があるのです。

豆知識:
遺伝学上の事で考えるだけでも、ひとつの夫婦の間に生まれる子供には70兆通りの遺伝子の組み合わせがあると言われます。
ひと組の夫婦の間に生まれる子供だけでこれだけの組み合わせがあるのですから、人間の遺伝子の組み合わせは恐ろしいほど多くのバリエーションがある事になります。

地球上には、現在72億人以上の人が住んでいると言われます。
それだけではなく、これまでの人類の歴史の中で存在した全ての人間を合わせても、一卵性双生児やクローン以外の方法で、同じ遺伝子を持っている人がいる可能性はまずないと言っていいほど、組み合わせが存在するのです。

実際には、遺伝子だけの事ではなく、環境や経験など色々な要素があります。
例え双子でも、全く同じ環境と経験で生きる事は絶対にありませんから、自分と同じ人間はまず他にいないと言う事ができるのです。

3. 神と愛し合うために創られた

イザヤ43:4、申命記6:5を読みましょう。

イザヤ 43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。

申命記 6:5 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、【主】を愛しなさい

人が神に似せられているという事はまた、神が愛であるのと同じように、愛する性質を持った存在であることを示しています。それは、人間が神様を愛し、神様から愛されるために創られたという事でもあります。

この世界に、必要のない人は誰もいません。
産まれてこない方が良い人はいません。
誰にも望まれないで生まれてきた子供はいません。
例え両親の計画になかったとしても、神様がその人を望み、必要としているから生まれてきたのです。

4. 互いに愛し合うために創られた

レビ19:18、ヨハネ13:34を読みましょう

レビ記 19:18 復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは【主】である。

ヨハネ 13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

人間は、神を愛するだけでなく、互いを愛する存在としても創られています。
『人はひとりで生きるのはよくない』と聖書には書かれています。
初めの人アダムはエバと出会い結婚しましたが、夫婦や家族としての関係だけでなく、あらゆる人間関係を象徴したものです。

この事は、①と繋がってきます。
私たちはそれぞれ別の存在として創られているからこそ、互いに関係を持ち、互いに愛し合い、協力して働きをしていく必要があるのです。

5. 自由意志を持つ者として創られた

創世記2:16~17を読みましょう。

創世記 2:16 神である【主】は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
2:17 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

人間はロボットの様に、神様の言いなりに行動するようには創られていません。
私たち人間には、知性も感情も意思も与えられ、自分で考え、自分で決断する能力を与えられています。

でもそれは、神様に背くという選択もできるという事でもあります。

事実、アダムとエバは神様に背き、私たち人間は罪人となってしまったと聖書は教えています。
だから私たちは、自分の意志で神様に向かい、神様に従っていく必要があるのです。

6. 世界を管理する者として創られた

創世記1:28を読みましょう。

創世記 1:28 神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

私たち人類は、この世界を支配するために創造されたと聖書には書かれています。
支配と言うと人間が好き勝手にしてしも良いように聞こえてしまいますが、つまり神様が創ったこの世界を維持し、管理するという使命が与えられていたという事です。

自然環境を守り、社会をうまく構築し、人々の幸せを守る事も世界の管理です。
神様が創った世界は完璧なものでしたから、私たちの役割は、その秩序を保ち、私たち自身がそこで幸せに生きるという事だったかもしれません。

7. 永遠に生きる者として創られた

創世記3:22を読みましょう。

創世記 3:22 神である【主】は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。

神様が創られた世界には、初め死というものがありませんでした。
神様が永遠に存在する方であるのと同じように、私たちにも永遠の命が与えられていたのです。

―考えてみましょうー
聖書を読んでいくと、私たち人間が素晴らしい、特別な存在として創造されたことがわかります。
次の質問について想像してみましょう。
1. もしも人が、全て同じ人として創られたとしたら、世界はどのようなものになっていたと思いますか?
2. 今日学んできたように人間が創られたのだとしたら、最高の人生とはどんな生き方だと思いますか? あなたは、そのような生き方をしたいと思いますか?
3. あなたや、周りの人たちは、そのような最高の人生を生きていると思いますか?
もしそうでないなら、神様に最高の人生を生きるように創られたはずの私たちが、どのように生きていないのはなぜでしょうか?

入門編~福音って何だろう?