民数記31:1-12(31:1-32:42) 民数記21 『外側の戦い・内側の戦い』 2026/06/28 けんたろ

民数記31:1-12(31:1-32:42)
31:1 【主】はモーセに告げられた。
31:2 「あなたは、イスラエルの子らのために、ミディアン人に復讐を果たせ。その後で、あなたは自分の民に加えられる。」
31:3 そこでモーセは民に告げた。「あなたがたのうち、男たちは戦のために武装せよ。ミディアン人を襲って、ミディアン人に【主】の復讐をするためである。
31:4 イスラエルのすべての部族から、部族ごとに千人を戦に送らなければならない。」
31:5 それで、イスラエルの分団から、部族ごとに千人、すなわち、合計一万二千人の、戦のために武装した者たちが選ばれた。
31:6 モーセは部族ごとに千人を戦に送った。また彼らとともに、祭司エルアザルの子ピネハスを、聖なる用具と吹き鳴らすラッパをその手に持たせて、戦に送り出した。
31:7 彼らは【主】がモーセに命じられたとおりに、ミディアン人に戦いを挑み、その男子をすべて殺した。
31:8 その殺された者のほかに、彼らはミディアンの王たち、すなわち、エウィ、レケム、ツル、フル、レバの五人のミディアンの王たちを殺した。また、ベオルの子バラムを剣で殺した。
31:9 イスラエル人は、ミディアン人の女たちと子どもたちを捕らえ、またその動物、家畜、財産をことごとく奪い取り、
31:10 彼らの居住していた町々や陣営をすべて火で焼いた。
31:11 そして人でも動物でも、略奪したものや分捕ったものすべてを取り、
31:12 エリコをのぞむヨルダン川のほとりのモアブの草原の宿営にいる、モーセと祭司エルアザルとイスラエルの会衆のところに、その捕虜や分捕り物、略奪品を携えてやって来た。

民数記31〜32章には、イスラエルが約束の地に入る直前に経験した二つの戦いが描かれています。
一つは、目に見える“外側の戦い”、もう一つは、心の中で起こる“内側の戦い”です。
神さまは、民を約束の地へ導く前に、この二つの領域を丁寧に整えていかれました。
そしてこれは、私たちが新しい歩みに入る前に、神さまが私たちの心を整えてくださる働きと深く重なります。

① 外側の戦い ― ミデヤンへの報復戦(民31章)

まず、民数記31章ではミデヤンとの戦いが記されています。
ミデヤンは、民数記25章でイスラエルを偶像礼拝へと誘惑した民族でした。
神さまはモーセに、ミデヤンに対して裁きを行うよう命じられます。

31:3 そこでモーセは民に告げた。「あなたがたのうち、男たちは戦のために武装せよ。ミディアン人を襲って、ミディアン人に【主】の復讐をするためである。

これは単なる民族間の争いではありません。
神の民を堕落させた罪に対する、神の聖さが明らかにされる戦いでした。
イスラエルは、一万二千人でミデヤンを完全に打ち破ります。
ミディアン人が何人いたのかは記されていませんが、戦利品の数などから推測すると、10倍以上の人数はいただろうと推測されます。
この勝利は、神さまが共におられることによって与えられたものです。
それは、これから始まるカナンの地での戦いに備えて、彼らに必要なものが何かを示す戦いでもありました。
それは、人間的な武力や戦力、武器や技術、闘争心や統率力による戦いではなく、神さまに従って、神さまと共に戦うということです。
神さまは、イスラエルが神さまと共にあるなら、必ず勝利するとは教えたのです。

私たちの人生にも、ミデヤンのように、神から心を離れさせる誘惑があります。
罪の誘惑や、心を鈍らせる習慣や、神を第一にできなくなる要因は、私たちの周りに常に存在しています。
それらは、私たちが避けて通れない“外側の戦い”です。
しかし、勝利は私たちの力ではなく、神さまによって与えられるものなのです。

② 内側の戦い ― ルベン・ガド・マナセ半部族(民32章)

次に、民数記32章では、ルベン族とガド族、そしてマナセ族の半部族が登場します。
彼らはヨルダン川の東側の土地を見て、その地を自分たちの相続地にしたいと願い出ます。
その土地は家畜に適した豊かな地でしたが、それは約束の地の“手前”でした。

それは、誰の土地でもない場所でしたから、そこに住んでしまえば自分たちのものにすることができました。
カナンと戦って勝ち取る必要のない場所を、自分たちの土地として望んだということです。
彼らは、神の約束よりも、目の前の便利さや快適さを選ぼうとしたのです。

これは、私たちがしばしば経験する“内側の戦い”です。
神さまが導かれる道よりも、自分にとって楽な道を選びたくなる誘惑です。
モーセは彼らに強く語ります。

民数記 32:7 どうして、イスラエルの子らの意気をくじいて、【主】が与えてくださった地へ渡らせないようにするのか。

それは、民数記14章でイスラエルが不信仰によって約束の地に入れなかった出来事を思い起こさせる行動でした。
多くの人々が、約束の地に入ることを恐れ、エジプトに帰ろうと言い出した事件です。
彼らは、この時にエジプトに帰ろうと言い出し、約束の地に入る道が閉ざされてしまいました。
彼らの不信仰が、また全ての部族に影響を与えかねない状況が、再び起ころうとしていたのです。
しかし、ルベン族とガド族は、ここで従順へと戻る道を選びます。
彼らは、家族を東側に残し、自分たちは武装して先頭に立ち、カナン征服が終わるまで戦うと誓いました。

この出来事は、神さまが私たちの弱さを知りつつ、回復の道を備えてくださることを教えています。
神さまは、妥協した者を見捨てる方ではありません。
むしろ、従順へ戻る道をいつも開いてくださる方なのです。

③ 神の国を勝ち取る戦い

今日の箇所を通して、私たちは神の国に入るために、外側の戦いと内側の戦いという二つの戦いを経験することを学びました。
外側の戦いは避けられません。
誘惑や罪との戦いは、私たち信仰者にとって現実です。

しかし、内側の戦いはさらに深いものです。
目先の利益や楽さに心が奪われると、神さまから離れやすくなります。
それは、神さまを悲しませ、私たちを神の国から遠ざけるものです。

それでも神さまは、私たちに悔い改める余地を与え、回復の道を開いてくださいます。
そこに痛みが伴うこともありますが、神の国への道を失うことに比べれば軽いものです。
神の国に生きることは、それほど価値のあるものであり、私たちに本当の幸せをあたえるものなのです。

そして、何よりも幸いなのは、外側の戦いも、内側の戦いも、すべて神さまのものだということです。
自分の力で勝ち取るには、神の国の戦いはあまりに大きく、たいへんなものです。
しかし、神さまがその戦いを戦ってくださるという約束があるからこそ、私たちは信頼してその戦いに入って行くことができるのです。

どうか皆さんは、神さまが整えてくださるその手に自分を委ね、外側の戦いにも、内側の戦いにも、神と共に歩む者であることができますように。
そして、神さまが導かれる約束の地へと、共に進んでいくことができますように。