2026-07-18 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 信仰について考える 第3回:信仰はどこから始まるのか──“関係としての信仰”の第一歩 信仰はどこから始まるのか──“関係としての信仰”の第一歩を見つめる** 前回の記事では、 「宗教的信心」と「聖書的信仰」の違いを見つめ直してみました。 宗教的信心は、 人が信じる努力をし、信じる行為そのものが価値を持つと […]
2026-07-18 / 最終更新日時 : 2026-07-18 Tomo 礼拝案内 2026年7月19日の礼拝案内 ※ 映画「ボンヘッファー」の映写会を行います。 日時:9月13日(日)14:00~約2時間 会場:クロスロード・インターナショナル教会 ご家族ご友人をお誘いあわせの上、ご参加下さい。無料です。 ※ 祈りの課題 […]
2026-07-18 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 198日目 イザヤ書18~22章:諸国への警告、裁きのしるし、傲慢へのさばき、そして主に信頼する者の希望 イザヤ18章:クシュ(エチオピア)への預言 ― 神さまの時を待つ民 18章は、ナイル川の南にある強大な国 クシュ(エチオピア) への預言です。 クシュは力強く、遠くまで使者を送る国 しかし神さまは「静かに見守る」と言われ […]
2026-07-17 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 信仰について考える 第2回:宗教的な“信心”と聖書の“信仰”は何が違うのか──文化の壁を越えて、信仰の本質へ 信仰の本質を見つめ直したときに浮かび上がった“もう一つの誤解” 前回の記事では、 「信仰とは何か」という問いを、 聖書そのものの言葉から丁寧に見つめ直しました。 信仰とは、 “信じる努力”でも“宗教的行為”でもなく、 […]
2026-07-17 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 197日目 イザヤ書13~17章:諸国への裁き、バビロンの没落、諸国の傲慢とイスラエルの回復 イザヤ13章:バビロンへの宣告 ― 主の日の恐るべき裁き 13章は、 バビロンに対する神さまの裁きの預言 です。 当時バビロンはまだ大国ではありませんでしたが、 イザヤは未来の強大な帝国の没落を預言します。 主は諸国の軍 […]
2026-07-16 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 信仰について考える 第1回:聖書が語る「信仰」とは何か──信じる努力ではなく、いのちの関係 日本人がクリスチャンになりづらいのはなぜだろう──そんな問いから始まった旅 日本人がクリスチャンになるのは難しい── 牧会の現場でも、日常の会話でも、何度となく耳にしてきた言葉です。 「なぜ日本人は信仰を持ちづらいのだろ […]
2026-07-16 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 196日目 第二歴代誌28章・第二列王記16~17章:アハズの堕落、北王国イスラエルの滅亡、主に立ち返るよう呼びかける神さま 第二歴代誌28章:アハズ ― 偶像礼拝に沈み、国を弱らせた王 アハズは20歳でユダの王となりましたが、 「主の目に悪とされることを行った」 と記されます。 アハズの罪 バアルにささげる礼拝を行う 高き所・聖木・偶像を建て […]
2026-07-15 / 最終更新日時 : 2026-07-18 crossroads キリスト教は初めてという人のために 壊れた関係に差し伸べられた手──十字架の救いとは何か 人は誰でも、心のどこかに「壊れた部分」を抱えて生きています。 自分を責めてしまう 人を傷つけてしまう 本当はもっと良く生きたいのにできない 心の奥に空白がある 生きているのに満たされない 聖書は、この状態を「罪」と呼びま […]
2026-07-15 / 最終更新日時 : 2026-04-29 crossroads 聖書通読 195日目 ミカ書:裁きと回復、正義とへりくだり、そして来るべき王 1章:サマリヤとエルサレムへの裁き ― 偶像礼拝と不正のゆえに ミカは南ユダの農村出身の預言者で、 都会の腐敗と指導者の堕落に心を痛めていました。 神さまはミカを通して、 北イスラエル(サマリヤ)と南ユダ(エルサレム)へ […]
2026-07-14 / 最終更新日時 : 2026-07-13 crossroads コラム 霊的体験って、どうやって見分ければいいのですか? はじめに 教会の中で「霊的な体験」を語る場面は少なくありません。 祈っているときに何かを感じた、 誰かが預言を語った、 癒しが起こった、 心に強い思いが湧いた——。 こうした体験は、信仰生活の中で大きな励ましになることが […]