2026-07-10 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 聖書が教える権威とは何か──権威主義を超えて、いのちが流れる関係へ はじめに:なぜ「権威」が問題になるのか 教会の中で「権威」という言葉が使われるとき、 そこにはしばしば上下関係や支配構造が伴います。 牧師が上、信徒が下 教える側が上、学ぶ側が下 霊的に強い人が上、弱い人が下 こうした構 […]
2026-07-08 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 「良いことがあれば神がいる?」日本人の“ご利益的神観”と、聖書が語る“神の臨在”の違い はじめに 日本人の多くは、 良いことが起きると「神さまが助けてくれた」 悪いことが起きると 「神さまはいない」「見捨てられた」 と感じる傾向があります。 そしてその価値観は、クリスチャンとなった多くの方たちの中にも根強く […]
2026-07-06 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム クリスチャンとお金 最近、「牧師が地域の人たちとの接点を持つために小さな商売を始めようと提案したところ、信徒や教団から批判された」という話を耳にしました。その牧師は、地域に開かれた関係を築きたいという純粋な思いから始めたにもかかわらず、 「 […]
2026-07-01 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 礼拝の本質──キリストの体として生きる礼拝 礼拝とは何でしょうか。 日曜日に教会へ行くこと。賛美を歌うこと。説教を聞くこと。 もちろん、それらは礼拝の一部です。 しかし聖書が語る礼拝の本質は、もっと深く、もっと広く、そしてもっと個人的です。 礼拝とは、神の価値を認 […]
2024-02-16 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 「一タラントで十分」の信仰 半分水が入ったグラスを見て、「まだ半分ある」と思う人と「もう半分しかない」と思う人がいるという話は聞いたことがあると思います。この違いは神さまから与えられているものの感じ方にも影響するなぁと思いました。 同じだけの祝福を […]
2021-12-29 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム カルトに引き込まれないためにどうすればいいか 色んな方たちと話す中で思うのは、カルト化はどこか異端の教会にだけ起こるようなことではないということです。 規模の大小に変わらず起こるし、教会だけでなく会社のブラック化、家庭内のDVや様々なハラスメントなど、根っこは全て一 […]
2020-10-03 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 神さまの声を聞く方法 初めに:神さまは語りかけてくださる方です。 牧師や預言者など、神さまは特別な人にしか語り掛けないのではないかという思い込みが、多くのクリスチャンの中にあります。 「神さまの声を聞いたことがある」という人であっても、大半の […]
2020-02-27 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 礼拝のカタチ 今日教会で見られる礼拝の方法は、教会の歴史の中で培われたものであって、必ずしも聖書に則った普遍的な形式というわけではありません。形式化した礼拝は、意味を喪失して形骸化してしまう可能性がありますが、同時にある程度の枠組みが […]
2019-08-05 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム 愛することで幸せになる オキシトシンというホルモンをご存知でしょうか? 1906年にヘンリー・デールというイギリスの脳科学者によって発見されました。 発見された当初は、陣痛を早めたり、射乳を促す物質として知られていましたが、次第にさまざまな効果 […]
2019-01-08 / 最終更新日時 : 2026-07-10 crossroads コラム クリスチャンとしての成長とは何ですか? 私が牧師になって間もないころ、ゲストとして招かれた家庭集会で、洗礼を受けて60年近くになるというご婦人と話す機会がありました。「こんな新米牧師が、信仰の大先輩に聖書を教えるなんておこがましい」と思いながら聖書の学びを導い […]