士師記6:7-16 『あなたの力で』 2019/11/17 松田健太郎牧師

士師記 6:7-16
6:7 イスラエルの子らがミディアン人のゆえに【主】に叫び求めたとき、
6:8 【主】は一人の預言者をイスラエルの子らに遣わされた。預言者は彼らに言った。「イスラエルの神、【主】はこう言われる。わたしはあなたがたをエジプトから上らせ、奴隷の家から導き出し、
6:9 エジプト人の手と、圧迫するすべての者の手から助け出し、あなたがたの前から彼らを追い出して、その地をあなたがたに与えた。
6:10 わたしはあなたがたに言った。『わたしが【主】、あなたがたの神である。あなたがたが住んでいる地のアモリ人の神々を恐れてはならない』と。ところが、あなたがたはわたしの声に聞き従わなかった。」
6:11 さて【主】の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下に座った。このとき、ヨアシュの子ギデオンは、ぶどうの踏み場で小麦を打っていた。ミディアン人から隠れるためであった。
6:12 【主】の使いが彼に現れて言った。「力ある勇士よ、【主】があなたとともにおられる。」
6:13 ギデオンは御使いに言った。「ああ、主よ。もし【主】が私たちとともにおられるなら、なぜこれらすべてのことが、私たちに起こったのですか。『【主】は私たちをエジプトから上らせたではないか』と言って、先祖が伝えたあの驚くべきみわざはみな、どこにあるのですか。今、【主】は私たちを捨てて、ミディアン人の手に渡されたのです。」
6:14 すると、【主】は彼の方を向いて言われた。「行け、あなたのその力で。あなたはイスラエルをミディアン人の手から救うのだ。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
6:15 ギデオンは言った。「ああ、主よ。どうすれば私はイスラエルを救えるでしょうか。ご存じのように、私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」
6:16 【主】はギデオンに言われた。「わたしはあなたとともにいる。あなたは一人を討つようにミディアン人を討つ。」

士師記というのは、イスラエルの危機的状況を救うために神さまが選んだ、13人のリーダーたちの話です。
そのリーダーたちを「さばきつかさ」と呼んでいるのですが、 「士師」というのはその中国語での呼び方です。

前回のお話では、その内の5人のさばきつかさについてお話ししましたね。
今回は、6人目のさばきつかさ、ギデオンのお話です。

士師記の中でも、ギデオンとサムソンの話だけは長いのですが、特にギデオンの話は、ギデオンの心情が書かれているので特別感があります。
それでは早速、ギデオンの話を見ていきましょう。

① 力ある勇士
さて、イスラエルはまたしても、主の目に悪のことを行いました。
偶像の神を恐れてはならないと神さまが命じていたのに、アモリ人の神を恐れ、信仰を持ってしまったからです。
そこでまた、異国人がイスラエルの脅威となりましたが、今回はミディアン人たちが強くなっていったのです。

7年間の支配の後、イスラエルの人々は再び罪を悔い改め、神さまに立ち返りました。
その時神さまがさばきつかさとして選んだのが、ギデオンです。

士師記 6:11 さて【主】の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下に座った。このとき、ヨアシュの子ギデオンは、ぶどうの踏み場で小麦を打っていた。ミディアン人から隠れるためであった。

ここで主の使いが出てきますが、実はこれ、み使いではなくイエスさまだということがわかります。
「主」と呼ばれ、神さまと同等の扱いをされているからです。
こうして、旧約の時代にもイエスさまは様々な形で登場してきますね。
イエスさまが直々にギデオンを選び、そのもとへとやってくるのです。

その時ギデオンがどうしていたかというと、ぶどうの踏み場で小麦を打っていました。
ぶどうの踏み場というのは、ワインを作るためにぶどうを踏む大きなたらいのことです。
ギデオンは、ミディアン人から隠れるためにそのたらいの陰に隠れて作業していました。
彼は、ミディアン人を恐れていたのです。
イエスさまは、そんなギデオンのもとに来て、このように告げました。

6:12 【主】の使いが彼に現れて言った。「力ある勇士よ、【主】があなたとともにおられる。」

ギデオンは、恐れを抱いて、隠れて作業をしていたのです。
そんな彼が「力ある勇士」にはとても見えませんね。
しかしこのギデオンを、イエスさまは「力強い勇士」と呼び、さばきつかさとして任命したのです。

「アモリ人の神々を恐れてはならない」と神さまは命じていました。
しかし、イスラエルはアモリ人の神々を恐れ、それが神さまへの背きの罪とされました。
それだけではなく、神さまは聖書の中で何度も何度も「恐れるな」と命じています。
恐れは、神さまに信頼していない証拠であり、相手に支配権を与えることになるからです。

私たちはどうでしょう?
「恐れてはいけない」
わかってはいても、私たちの中にはそれでも恐れが起こるものではないでしょうか?
恐れの対象は様々です。
それは、他の人たちに対しての恐れかもしれません。
あるいは病気になることや、お金が無くなることへの恐れかもしれません。
私たちもまた、「力ある勇士」には程遠い状態ではないでしょうか?

しかし、そんな私たちのもとにも、イエスさまは来てくださいます。
私たちを用いるために選び、私たちを助けてくださるのです。

② 解決へと向かわせるもの
イエスさまが来たとき、ギデオンはどのように反応したでしょうか?

6:13 ギデオンは御使いに言った。「ああ、主よ。もし【主】が私たちとともにおられるなら、なぜこれらすべてのことが、私たちに起こったのですか。『【主】は私たちをエジプトから上らせたではないか』と言って、先祖が伝えたあの驚くべきみわざはみな、どこにあるのですか。今、【主】は私たちを捨てて、ミディアン人の手に渡されたのです。」

「神さまが共にいてくださると言うなら、どうしてこんなひどいことが起こるのですか? 私たちの先祖は神さまの奇跡によって奴隷から解放されてエジプトから出られたと言いますが、それならどうして今、このような苦しい目にあっているのに、神さまは助けて下さらないのですか?」

ギデオンのこの反応、ある意味で親近感が湧くというか、すごくなじみのあるものだなぁと思いました。
今の状況や苦しみを神さまのせいにして、「神さまは助けて下さらない」と言う。
でも、問題の原因は自分たち自身です。
イスラエルが神さまの守りから離れたから、自分自身を苦しめることになったのです。
神さまの守りを取り戻すためには、僕たち自身が神さまの守りの元に戻らなければなりません。

私たちもまた、災いを神さまのせいにしてしまいがちなのではないでしょうか。
でもそれは、私たち自身の問題です。
神さまは私たちを守ろうとしてくださっているのに、私たちの方がその守りから離れてしまっているのです。
私たちがまずしなければならないことは、嘆き、悲しみ、神さまに対して怒りをぶつけることではなく、神さまに立ち返ることなのです。

でもこの時は、それだけの話ではありませんでした。
イスラエルが神さまに立ち返った時の話だからです。
そして、まさにその目的のために、イエスさまはギデオンのもとに来たのです。
イエスさまはこのように言いました。

6:14 すると、【主】は彼の方を向いて言われた。「行け、あなたのその力で。あなたはイスラエルをミディアン人の手から救うのだ。わたしがあなたを遣わすのではないか。」

問題の中にある時、私たちは神さまに助けを求めます。
「神さま、どうしてこのようなことが起こるのでしょう? 人々があなたに立ち返りますように。愛がこの地にあふれ、問題が解決に向かいますように。」
しかし、その問題の解決のために、神さまは私たちを用いようとしているのかもしれないのです。
「あなたのその力で」「あなたは~救うのだ」「わたしがあなたを遣わすのではないか」。

今、皆さんが直面している問題は何でしょうか?
神さまに助けを求めているのに、なかなか解決に向かわないことがありますか?
神さまは、「あなた」を通して、その問題を解決させようと思っているのかもしれません。
神さまが「あなた」を遣わし、救いの手を差し伸べようとしているのです。
そしてその問題は、「あなた」が立ち上がり、動き出さない限り解決へとは向かわないのです。

③ あなたとともにいる
この言葉を聞いたとき、ギデオンはさらに大きな恐れを抱きました。

6:15 ギデオンは言った。「ああ、主よ。どうすれば私はイスラエルを救えるでしょうか。ご存じのように、私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」

この時のギデオンの気持ちはよくわかります。
私たちも同じように感じるのではないでしょうか?
自分の手には負えない問題だから、私たちは神さまに頼り、助けを求めたわけです。
でも神さまは、「私」を、その問題に遣わすと言うのです。

「え、私ですか? 無理ですよ。神さまがやって下さるのではないのですか? 私にはできないことだから、あなたに祈っているに。」
ギデオンじゃなくても、そう思いますよね。
イエスさまの答えはシンプルでした。

6:16 【主】はギデオンに言われた。「わたしはあなたとともにいる。あなたは一人を討つようにミディアン人を討つ。」

私たちの周りに、たくさんの問題があります。
「こんなに祈っているのに、どうしてこの問題が解決しないのだろう」と思っていることはありませんか?
もしかするとそれは、神さまが「あなた」をそこに遣わそうとしているからかもしれません。
「あなた」が動かない限り、問題は解決しないということがあるのです。

「そんなことを言われても、私にはそんな力ありません。」
その通りです。
でも、神さまが共にいてくださる。
神さまが、あなたを通して、その大きな問題を解決しようとしているのです。

神さまが、「あなた」を通して解決しようとしていることはありませんか?
僕自身も今、まさにそのようなステップを踏み出そうとしているところです。
恐いですよ。
でも、神さまは約束してくださっています。
「大丈夫。私が共にいる。」

皆さんも、神さまに聞いてみませんか?
そして、神さまがそこにあなたを遣わそうとしているなら、その足を踏み出してください。
大丈夫、神さまが共にいてくださいます。