士師記7:1-9 『弱さを用いられる神』 2019/11/24 松田健太郎牧師

士師記 7:1-9
7:1 エルバアルすなわちギデオンと、彼とともにいた兵はみな、朝早くハロデの泉のそばに陣を敷いた。ミディアン人の陣営は、その北、モレの丘に沿った平地にあった。
7:2 【主】はギデオンに言われた。「あなたと一緒にいる兵は多すぎるので、わたしはミディアン人を彼らの手に渡さない。イスラエルが『自分の手で自分を救った』と言って、わたしに向かって誇るといけないからだ。
7:3 今、兵たちの耳に呼びかけよ。『だれでも恐れおののく者は帰り、ギルアデ山から離れよ』と。」すると、兵のうちの二万二千人が帰って行き、一万人が残った。
7:4 【主】はギデオンに言われた。「兵はまだ多すぎる。彼らを連れて水辺に下って行け。わたしはそこで、あなたのために彼らをより分けよう。わたしがあなたに、『この者はあなたと一緒に行くべきである』と言うなら、その者はあなたと一緒に行かなければならない。またわたしがあなたに、『この者はあなたと一緒に行くべきではない』と言うなら、だれも行ってはならない。」
7:5 そこでギデオンは兵を連れて、水辺に下って行った。【主】はギデオンに言われた。「犬がなめるように、舌で水をなめる者は残らず別にせよ。また、飲むために膝をつく者もすべてそうせよ。」
7:6 すると、手で口に水を運んですすった者の数が三百人であった。残りの兵はみな、膝をついて水を飲んだ。
7:7 【主】はギデオンに言われた。「手で水をすすった三百人で、わたしはあなたがたを救い、ミディアン人をあなたの手に渡す。残りの兵はみな、それぞれ自分のところに帰らせよ。」
7:8 そこで三百人の者は、兵の食糧と角笛を手に取った。こうして、ギデオンはイスラエル人をみな、それぞれ自分の天幕に送り返し、三百人の者だけを引きとどめた。ミディアン人の陣営は、彼から見て下の方の平地にあった。
7:9 その夜、【主】はギデオンに言われた。「立って、あの陣営に攻め下れ。それをあなたの手に渡したから。

さて、先週に引き続いてギデオンの話です。
今日は、弱さが用いられるというお話をしたいと思っています。

前回は、ギデオンがさばきつかさとして選ばれた時の話でしたね。
みなさんは、ギデオンがどんな人物だったか覚えているでしょうか?
復習を兼ねて、ギデオンを紹介しながら今日のお話をしていきたいと思います。

① 心配性のギデオン
ギデオンがどういう人だったかということを一言で言うなら、「心配性」だと思います。
彼がさばきつかさとして任命されるとき、彼はミディアン人を恐れて、隠れながら小麦を打っていました。
そんな彼のもとに神の遣い――これはイエスさまだという話をしましたね――が来て、彼を「勇士」だと呼びました。

ところが彼は、それが本当に神さまの遣いなのかどうかを試そうとします。
ギデオンをさばきつかさに任命した主の遣いに対しては、子ヤギと種なしパンを持って来て、それが神さまの力によって焼き尽くされるのを目にすると、やっとそれは神さまだと信じました。

神さまから命じられて、アシェラの像を切り倒しに行くときには、父親や町の人々に見つかるのを恐れて、夜中になってから行ったと書かれています。

そしてその後にも、本当に自分が召されているのかどうかを知るために、地面に羊の毛を置いて、地面が乾いているのに羊の毛だけが濡れたら信じますとか、今度は逆に地面が濡れて羊の毛が乾いていたら信じますとか言って、なかなか神さまを信用しませんでした。
どれだけ不安なんだという感じですよね。

さばきつかさというのはイスラエルのリーダーですが、平和な国を治めるタイプのリーダーではなく、戦争をして戦うためのリーダーです。
先頭になって戦わなければならない人がこんな感じでは、不安で仕方がないですよね。
しかし神さまは、イスラエルを救うために、そんな臆病者のギデオンを選んだのです。

② 弱さこそ強さ
さて、ついにミディアン人が攻めてきました。
その数は、およそ13万5千人。
一方で、イスラエル側は3万2千人しか集めることができません。
敵は4倍の勢力ですから、このままでは勝ち目がありません。
神さまは、その不足分をどうやって埋めたのでしょう?
その方法は意外なものでした。
なんと、味方の数をさらに減らしたのです。

7:2 【主】はギデオンに言われた。「あなたと一緒にいる兵は多すぎるので、わたしはミディアン人を彼らの手に渡さない。イスラエルが『自分の手で自分を救った』と言って、わたしに向かって誇るといけないからだ。

「いや、4分の1しかいないのですから、多すぎないでしょう」と思いますが、それが神さまの言葉でした。
まずは、「恐れおののくものは帰りなさい」と言われ、半分以上の2万2千人がいなくなりました。
残ったのは1万人ですから、1:14の戦いです。
もう、勝ち目はないですね。
しかし、これでもまだ多すぎると神さまは言いました。

水飲み場に行くと、水を両手ですくって飲んだ人だけを一緒に連れて行きなさいと神さまは命じます。
違う飲み方をした人たちが帰されると、そこには300人しか残りませんでした。
こうなると、1:450です。
もう話にならない、勝ち目なんてありません。
でも神さまは、このような状況からギデオンたちに勝利をもたらされます。

彼らがとった戦法は奇襲攻撃でしたが、そこには確かに神さまの働きがありました。
そして、神さまが共にいてくださったからこそ、彼らは勝利することができたのです。

自分には力が足りないと感じるとき、このままではどうにもならないと思う時、私たちは不足分を満たしてくださるように神さまに願います。
3万2千人では足りないので、せめて10万人を与えてくださいと祈るのです。
でも、神さまが必ずしも、不足分を増やしてくださるとは限りません。
少しも増えない。
それどころか、ギデオンの時のようにどんどん減らされてしまう。
でも、不足分は、神さまが満たしてくださいます。
力は目に見えて足りなかったとしても、神さまが「行きなさい」と命じるなら、信頼して前に進まなければならないのです。

③ 神を試みること
話を締めくくる前に、もうひとつ注意が必要な部分があります。
それは、この時ギデオンがやったからといって、私たちも同じように神さまを試してみようとは思わないで下さいということです。

聖書には、「あなたの神を試みてはならない(申命記6:16)」と書かれています。
ギデオンがやったからと言って、私たちも試みていいということではないのです。
では、なぜギデオンにはそれが許されたのでしょうか?
はっきりしたことは言えませんが、たぶんこれがギデオンの性格だったからだと思います。

出かけるときにガスの元栓を何回も確認する人っていますよね。
これが酷くなると神経症になってしまうのですが、そういう傾向というのは、止めようと思って止められるものではありません。
これは、別に不信仰なのではなく、性格だからどうにもならないのです。

実際、ギデオンは心配性だったし、恐れてはいましたが、ちゃんと神さまに従いました。
本当なら、「恐れおののく者は去らせなさい」と言われた時、「え、いいんですか? じゃあ私も…」と言って帰ってもおかしくありませんでした。
でもギデオンは、逃げることなく、神さまを信頼して留まりました。

ミディアン人たちとの戦いに至っては、1:450の戦いに進んでいけたこと自体がすごいことだと思います。
普通に考えれば逃げ出さずにはいられない戦いです。
ギデオンは心配し、恐れてはいましたが、それでも神さまを信頼して、前に進んだのです。

神さまは、私たちひとりひとりの性格や性質を把握し、それに合わせて対応してくださいます。
自分はこういう人間だから、神さまに用いられるはずがないと思っていませんか?
他の人と自分を比べて、自分には信仰がないと落ち込んでしまっていませんか?
神さまは、あなたのこともよくご存じです。
神さまが命じたことにだけ、従いましょう。

聖書には、このように書かれています。
1コリント 1:26 兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。
1:27 しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。
1:28 有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。

神さまは、私たちが強く、才能があるから選ぶのではありません。
弱く、愚かな私たちを選びました。
それは、私たちの弱さの中にこそ、神さまの力は大きく働くことができるからです。
神さまの選びを信頼して、神さまに信頼しようではありませんか。
祈りましょう。