マルコ5:1-13 『神の国がわたしを自由にする』 2020/07/19 けんたろ牧師

マルコ 5:1-13
5:1 こうして一行は、湖の向こう岸、ゲラサ人の地に着いた。
5:2 イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊につかれた人が、墓場から出て来てイエスを迎えた。
5:3 この人は墓場に住みついていて、もはやだれも、鎖を使ってでも、彼を縛っておくことができなかった。
5:4 彼はたびたび足かせと鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせも砕いてしまい、だれにも彼を押さえることはできなかった。
5:5 それで、夜も昼も墓場や山で叫び続け、石で自分のからだを傷つけていたのである。
5:6 彼は遠くからイエスを見つけ、走って来て拝した。
5:7 そして大声で叫んで言った。「いと高き神の子イエスよ、私とあなたに何の関係があるのですか。神によってお願いします。私を苦しめないでください。」
5:8 イエスが、「汚れた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。
5:9 イエスが「おまえの名は何か」とお尋ねになると、彼は「私の名はレギオンです。私たちは大勢ですから」と言った。
5:10 そして、自分たちをこの地方から追い出さないでください、と懇願した。
5:11 ところで、そこの山腹では、おびただしい豚の群れが飼われていた。
5:12 彼らはイエスに懇願して言った。「私たちが豚に入れるように、豚の中に送ってください。」
5:13 イエスはそれを許された。そこで、汚れた霊どもは出て行って豚に入った。すると、二千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖へなだれ込み、その湖でおぼれて死んだ。

マルコの福音書のテーマは、「神の国」。
福音書全体のテーマと言っていいかもしれない。

神の国というのは、「死んでから行く天国のこと」ではなく、今私たちが入ることができる神さまの支配。
私たちが神さまに聞き、従うとき、そこに神の国が起こる。
神の国で、私たちは創造されたままの自分へと近づいていき、本当の幸いを体験することになる。

① ゲラサの狂人
嵐のガリラヤ湖を横断したイエスさまと弟子たちは、ゲラサ人が住む地方で悪霊につかれた人と出会う。
イエスさまは、この人と出会うために湖を渡った。
この人は、たくさんの悪霊につかれていた。
悪霊の働きによって、彼は叫び続け自分を傷つけていた。

神さまの支配の中になければ、悪魔・悪霊の支配の中に入る。
悪霊の支配の中にあるなら、そこには苦しみがある。
叫び続け、自分を傷つけ続けることもある。

② 世の人々の解決方法
悪霊の支配を強く受けたとき、世の人々はどのように解決しようとするか?
この人は、人里離れたところに隔離され、鎖でつながれていた。

問題を起こす人は隔離され、その人を縛り付けようとする。
縛り付ける鎖は、現代ではいろいろなルールや規律である。
隔離し、縛り付けることで問題は切り離されるが、解決はしない。
その人の中で問題は渦巻き続け、その人を苦しめることになる。

③ イエスさまの解決方法
イエスさまの解決方法は、隔離したり縛り付けることではなく、問題の源から解放することである。
悪魔の支配を離れ、神さまの支配に入るなら、そこには本当の解決がある。
しかし、神さまの支配の中に入り続けていないと、その人はまた悪魔に囚われてしまうことになる。