マルコ7:31-37 ㉝『心の耳よ、開け』 2020/10/25 けんたろ牧師

マルコ 7:31-37
7:31 イエスは再びツロの地方を出て、シドンを通り、デカポリス地方を通り抜けて、ガリラヤ湖に来られた。
7:32 人々は、耳が聞こえず口のきけない人を連れて来て、彼の上に手を置いてくださいと懇願した。
7:33 そこで、イエスはその人だけを群衆の中から連れ出し、ご自分の指を彼の両耳に入れ、それから唾を付けてその舌にさわられた。
7:34 そして天を見上げ、深く息をして、その人に「エパタ」、すなわち「開け」と言われた。
7:35 すると、すぐに彼の耳が開き、舌のもつれが解け、はっきりと話せるようになった。
7:36 イエスは、このことをだれにも言ってはならないと人々に命じられた。しかし、彼らは口止めされればされるほど、かえってますます言い広めた。
7:37 人々は非常に驚いて言った。「この方のなさったことは、みなすばらしい。耳の聞こえない人たちを聞こえるようにし、口のきけない人たちを話せるようにされた。」

異邦人の国に行ったイエスさまは、そこでユダヤ人たちよりも素直で信仰を持った人々と出会い、いくつかの国を回りながらガリラヤに帰ってきた。

① エパタ
イエスさまが帰ってきたことを知った人々は、耳が聴こえず、口もきけない人を連れてきて、彼の上に手を置いてくださいと懇願した。
そこでイエスさまは、「エパタ(開けという意味のアラム語)」と言って彼を癒した。

イエスさまの声を聞き、言葉を聞くためには、まず耳が開かれる必要がある。
しかし多くの場合、人々の心の耳は閉じた状態にある。
耳が閉じた状態では、どれだけ福音について話されても、何も理解することができない。
話されているのに、その人には届かないのだ。

私たちも、幼いころから福音を聞かされていたとしても、その言葉が本当に心には届いていないということがあるかもしれない。
心の耳は開いているだろうか?
イエスさまにまず、耳を開いてもらうところから始める必要があるのではないだろうか?

求めるなら、イエスさまは私たちに触れてくださる。
「エパタ」と言って、私たちの心の耳を開いてくださるに違いない。

② 心の耳を開く
イエスさまがこの人の耳を開いた方法は、他の癒しとは少し違う特殊な方法だった。

まずイエスさまは、彼を群衆から離し、指を彼の両耳に入れた。
そして、唾をつけてその舌に触った。
さらに、天を見上げて、深く息をして、その人に「エパタ」と言われた。
「エパタ」というのは、「開け」という意味のアラム語である。

このような一通りの儀式をしなければ癒すことができなかったのか?
そうではない。
耳が聞こえないこの人に、自分がしていることを理解させるため、わざわざいろいろなことをやって見せたのである。

イエスさまは、ただ機械的に誰かを癒すことを望んでいない。
それ以上の人格的な交わりを求め、その中に癒しをもたらそうとされている。
私たちをただ癒すのではなく、深い関係を築くことを願っている。

私たちはどうだろうか?
私たちが他の人たちに福音を伝えるとき、ただ機械的にその人たちを癒そうとしていないか?
イエスさまが、耳の閉じた人に分かりやすい方法で接したように、私たちも人々に寄り添い、分かりやすい方法で伝え、人格的な関係を築くことを求められている。

③ 大切なのは従うこと
この人が癒されるのを見て驚く人々に、イエスさまは「このことを誰にも言ってはならない」と命じた。
しかし、彼らは口止めされればされるほど、かえってますます言い広めた。

7:37 人々は非常に驚いて言った。「この方のなさったことは、みなすばらしい。耳の聞こえない人たちを聞こえるようにし、口のきけない人たちを話せるようにされた。」

これは一見、人々がイエスさまのことを言い広める素晴らしい行動のように見える。
しかし、イエスさまが「そうしないように」命じていたことを忘れてはならない。

第一に、「癒し」はイエスさまの目的ではなかった。
神さまと人の関係を回復することがイエスさまの目的。
だから、耳が聞こえない人とも人格的な関わりを大切にした。

第二に、間違った形で有名になることは、イエスさまの活動を制限してしまうことになる。
どこに行っても癒されたい人たちが集まってきて、人々はイエスさまを救い主として認識していなかった。

本来の目的と違うことを言いふらされて必要なことができなくなることは、むしろ本来の目的を破壊することに他ならない。
私たちが心配するべきは、私たちは本当に、イエスさまの計画や目的に従って福音を広げられているかどうかということ。
キリスト教は、いつの間にか福音の本来の姿からかけ離れたものとして伝えられていないだろうか?
どんな時でもイエスさまを基準にして、イエスさまに従う者として生きたいものである。

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