創世記 6:1-10 創世記9 『人の悪が満ちるとき』2024/04/28 けんたろ

創世記 6:1-10
6:1 さて、人が大地の面に増え始め、娘たちが彼らに生まれたとき、
6:2 神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。
6:3 そこで、【主】は言われた。「わたしの霊は、人のうちに永久にとどまることはない。人は肉にすぎないからだ。だから、人の齢は百二十年にしよう。」
6:4 神の子らが人の娘たちのところに入り、彼らに子ができたそのころ、またその後も、ネフィリムが地にいた。彼らは昔からの勇士であり、名のある者たちであった。
6:5 【主】は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。
6:6 それで【主】は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。
6:7 そして【主】は言われた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜や這うもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを悔やむ。」
6:8 しかし、ノアは【主】の心にかなっていた。
6:9 これはノアの歴史である。ノアは正しい人で、彼の世代の中にあって全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。
6:10 ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤフェテを生んだ。

 

前回のメッセージでは、聖書の系図に関してお話しました。
特に5章に出てきたアダムの系図を年表的に作ったものを通して、どういう流れがあったかということについて見てきましたね。
今日は、その続きで、引き続き系図を見ながらお話していきたいと思います。

目次

① カインとセツ

まずは、カインとセツの系図の復習をしましょう。

さて、今日の箇所は解釈が分かれたり、何を表わしているのかが少し難しい部分です。

6:1 さて、人が大地の面に増え始め、娘たちが彼らに生まれたとき、
6:2 神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。

ここに書かれている「神の子ら」という言葉は翻訳によっては「御使い」とか「天使」という言葉になっています。
何か、聖なるイメージを持つような言葉ですが、実は言語を見てみると、どちらかというとネガティブな意味が強く、「堕落した天使」だということが分かります。
これはどんな人々でしょうか?
恐らくはカインの子孫たちを意味しているのではないかなぁと思います。

系図を見ると少なく見えますが、実際には系図に載っていないたくさんの子どもたちが生まれています。
これは、「本当かどうかは分からないけど、そう考えると聖書の流れとしてつじつまが合う」くらいに考えておくといいですね。

② ネフィリム

さて、やがて堕落した人々であるカインの子孫の血が、神に土台を据えていたはずのセツの子孫と混ざり合います。
それによって、カインの子孫たちの罪の性質が、セツの子孫に流れ込んでいきました。
神の子らと人の娘の間には、ネフィリムが生まれたと聖書には記されています。

6:4 神の子らが人の娘たちのところに入り、彼らに子ができたそのころ、またその後も、ネフィリムが地にいた。彼らは昔からの勇士であり、名のある者たちであった。

このネフィリムは、聖書の翻訳によっては「巨人」という言葉で翻訳されていました。
そのように訳された経緯はよく分かりませんが、ネフィリムの語源となったナーファルは 「襲う」とか「武力で人を支配する」など暴力的な意味を持つ言葉です。
これは、カインやその血を強く受け継いだレメクにもあった性質ですね。
この性質が、平和に生きていたセツの子孫たちの中にも入り込んでいったのです。

それがDNAによるものか、文化的な影響によるものなのかという判断はできません。
恐らくはその両方でしょう。
しかし、霊によらない人間の性質は、悪いものをきよめる力より、良いものを汚す力の方が圧倒的に強いというのが、聖書の中で繰り返し書かれていることです。
これは、旧約の歴史の中で覆されることはありませんでした。
このような汚す力をひっくり返したのは、イエスさまが出てきてからです。
罪は、人の力や努力・根性によってではなく、霊によってのみきよめられるものなのです。
神さまがそれを覆し、その霊は今、私たちの中にあります。
私たちが霊に生きるなら、私たちを通して霊が働き、周りの罪をきよめていくのです。

③ 人の齢(よわい)

さて、3節を飛ばしていたので少し戻りましょう。

6:3 そこで、【主】は言われた。「わたしの霊は、人のうちに永久にとどまることはない。人は肉にすぎないからだ。だから、人の齢は百二十年にしよう。」

これも意味を理解するのが少し難しい部分ですが、罪が人々の中に広がっていき、ネフィリムたちが力を持つようになったのを見て、神さまはそれを食い止めなければならないと思ったということです。
不死ではないとしても、長く行き過ぎていた人間の命を短くしなければならない。
そのためには、一度人類をリセットして、新たに始める必要があったのです。

さて、前回見た年表にした系図を見ると、少しおもしろいことがわかってきます。

 

まずメトシェラが生まれてから、187年後にレメクが生まれました。
レメクが生まれてから、182年後にノアが生まれます。
さて、ノアの時代には有名な洪水が起こりました。
この洪水によって、世界は全てリセットされることになりました。
神さまは、この洪水によってすべてをリセットしようとしたわけです。
さて、洪水はいつ起こったでしょう?
聖書によれば、洪水が起こったのはノアが600歳の時だったことが分かります。

創世記 7:11 ノアの生涯の六百年目の第二の月の十七日、その日に、大いなる淵の源がことごとく裂け、天の水門が開かれた。

それは年表で見ると、ちょうどメトシェラが死んだ年だということが分かるのです。
全ての名まえには意味があるので、もちろんメトシェラという名前にも意味があります。
その意味は、「メト」は「死」、「シェラ」は「送る」、つまり「死後送る」という意味です。
何を送るのか、それは「大水を」であり、「裁きとしてのリセット」が、メトシェラの死後送られるという預言だったのです。

ところで、メトシェラは聖書に出てくる登場人物の中でもっとも長く生きた人としても知られます。
神さまが、その後に裁きを送るメトシェラの死を遅らせたのは、神さまの忍耐を表わしているという人もいます。
神さまは怒るのに遅く、私たちが悔い改めるのを待っておられるのです。

第二ペテロ 3:9 主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

とは言え、洪水による裁きの時は来ました。
イエスさまがもう一度この地上に来られ、最後の裁きを下す時も、刻一刻と迫っています。
私たちはその裁きの時に備える必要があるのです。