創世記 9:1-29 創世記13 『リセットは何をもたらしたか』 2024/06/02

創世記 9:1-29
9:1 神はノアとその息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。
9:2 あなたがたへの恐れとおののきが、地のすべての獣、空のすべての鳥、地面を動くすべてのもの、海のすべての魚に起こる。あなたがたの手に、これらは委ねられたのだ。
9:3 生きて動いているものはみな、あなたがたの食物となる。緑の草と同じように、そのすべてのものを、今、あなたがたに与える。
9:4 ただし肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない。
9:5 わたしは、あなたがたのいのちのためには、あなたがたの血の価を要求する。いかなる獣にも、それを要求する。また人にも、兄弟である者にも、人のいのちを要求する。
9:6 人の血を流す者は、人によって血を流される。神は人を神のかたちとして造ったからである。

9:24 ノアは酔いからさめ、末の息子が自分にしたことを知った。
9:25 彼は言った。「カナンはのろわれよ。兄たちの、しもべのしもべとなるように。」
9:26 また言った。「ほむべきかな、セムの神、【主】。カナンは彼らのしもべとなるように。
9:27 神がヤフェテを広げ、彼がセムの天幕に住むようになれ。カナンは彼らのしもべとなるように。」
9:28 ノアは大洪水の後、三百五十年生きた。
9:29 ノアの全生涯は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。

ノアの時代に洪水が起こりました。
長い洪水が終わり、水が引いて、これから新しい時代が始まろうとしています。

目次

① リセット

9:1 神はノアとその息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。

天地創造の後に語られた神さまの言葉がここにも出てくるので、洪水によってすべてがリセットされ、ここから新しく始まろうとしていることがわかります。
でも、この後内容が少し違ってきます。
エデンの園では、善悪の知識の木以外は、園にあるどの木からとって食べてもいいと言われていました。
今回は生きて動いているもの、つまり動物も植物も何を食べてもいいという話になっています。

9:3 生きて動いているものはみな、あなたがたの食物となる。緑の草と同じように、そのすべてのものを、今、あなたがたに与える。

このリセットは、善悪の知識の木から取って食べた後の状態からだということです。
ノアのその子どもたちの世代からのスタートですから、当然のことですよね。
さらにこのような言葉に繋がっています。

9:4 ただし肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない。
9:5 わたしは、あなたがたのいのちのためには、あなたがたの血の価を要求する。いかなる獣にも、それを要求する。また人にも、兄弟である者にも、人のいのちを要求する。
9:6 人の血を流す者は、人によって血を流される。神は人を神のかたちとして造ったからである。

ここでたぶん大切なのは、「いのちのためには血の値が要求される」ということです。
僕たちは、罪によって永遠の命を失いました。
その命のためには「血の値」が必要になるということです。

命は、命によって贖われる(支払われる)。
僕たちの罪は、イエスさまの血によって贖われることになるということが表されているのではないかと思います。

② 約束の虹

英語で虹のことをrainbow(雨の弓)と言いますが、ヘブル語で虹を表す言葉も、やはり弓という意味の言葉だそうです。
神さまが戦いの道具である弓を、僕たちに対して使うのではなく、雲の間に置いたのは、神さまからの和解と平和の印だったのです。

虹の契約が表すもうひとつの大きな恵みは、虹を見るたびに“神さまが”この契約を思い出して下さるということです。

契約というものは、本来両者の間で合意を受け、共通した約束として結ばれた時に初めて効果のあるものです。
しかし、神さまの契約は無条件で一方的なものです。
罪の性質を持ち、不完全である僕たちがこの約束を破っても、神さまはこの契約を破ることは決してありません。

事実、僕たち人類は神さまに背を向け、今も神さまに反逆を続けています。
それでも虹は、僕たちと神さまを結ぶ和解の架け橋となり、僕たちの間に置かれているのです。

虹が誰にでも見上げることができる輝かしい存在であるように、イエスさまの十字架は、輝かしい存在として僕たちと神さまの間に置かれ、誰もが仰ぐことのできるものです。

③ カナンはのろわれよ

さて、洪水ですべてがリセットされ、ノアと、セム、ハム、ヤフェテの家族だけが救われたのも束の間、一つの事件が起こります。

救われて安心したのか、あるいは世界が滅んだことの嘆きのためか、ノアは酒に酔って裸のまま寝てしまいます。
そして、それを見たカナンの父ハムが、ノアのことを笑ったのです。
それを知ったノアは激怒します。
そして、ハムの子、カナンの将来を呪うのです。

9:25 彼は言った。「カナンはのろわれよ。兄たちの、しもべのしもべとなるように。」

驚くべきことに、これが聖書に記されているノアの最初の言葉です。
これ以前は、ノアの言葉は記されていません。
逆に言えば、ここまでノアは常に神さまと共にあり、全ての言葉や行動は神さまの御心にかなうものだったということでしょう。
しかし、ここにきてノア自身の思いが出てしまったのではないかなぁと思います。

息子のハムの行動はよくないものでしたが、この時のノアの行動もまた、残念でした。
自分の息子とその子孫を呪ってしまったのですから。

そして、この呪いは現実のものとなっていきます。
ハムの子孫であるカナン人やシドン、ヘテ、エブス人、エモリ人、ギルガシ人、ヒビ人たちは、後に聖絶される民となります。

これは、ハム自身の問題だったのか、ノアがハムと子孫を呪った結果なのかは判断が難しいところです。
両方の責任ともいえるでしょう。
つまり、リセットされても問題はなくならなかった。
人が罪人である限り、問題はなくならないということなのです。
それを証拠に、人類はこの後、新たな問題を起こすことになってしまいます。
それは次回のメッセージでお話しすることにしましょう。