民数記10:1-11(民数記7:1-10:36) 民数記6『旅立ちのとき』 2026/01/31 けんたろ

民数記10:1-11(民数記7:1-10:36)
10:1 【主】はモーセにこう告げられた。
10:2 「銀のラッパを二本作りなさい。それを打ち物作りとしなさい。あなたはそれを用いて会衆を召し出したり、宿営を出発させたりしなければならない。
10:3 これらが長く吹き鳴らされると、全会衆が会見の天幕の入り口の、あなたのところに集まる。
10:4 もしその一つが吹き鳴らされると、イスラエルの分団のかしらである族長たちがあなたのところに集まる。
10:5 また、短く吹き鳴らすと、東側に宿っている宿営が出発する。
10:6 二度目に短く吹き鳴らすと、南側に宿っている宿営が出発する。彼らが出発するためには、短く吹き鳴らさなければならない。
10:7 集会を召集するときには、長く吹き鳴らさなければならない。短く大きく吹き鳴らしてはならない。
10:8 祭司であるアロンの子らがラッパを吹かなければならない。これはあなたがたにとって、代々にわたる永遠の掟である。
10:9 また、あなたがたの地で、自分たちを襲う侵略者との戦いに出るときには、ラッパを短く大きく吹き鳴らす。あなたがたが、自分たちの神、【主】の前に覚えられ、敵から救われるためである。
10:10 また、あなたがたの喜びの日、あなたがたの例祭と新月の日に、自分たちの全焼のささげ物と交わりのいけにえの上にラッパを吹き鳴らすなら、あなたがたは自分たちの神の前に覚えられる。わたしはあなたがたの神、【主】である。」
10:11 二年目の第二の月の二十日に、雲があかしの幕屋の上から離れて上った。

さて、今日は民数記の章としては一気に進みます。
でも、7章から9章までに書かれていることの大半は、これまでに説明されていたことで、イスラエルがその通りに行ったという内容です。
ざっくり言うと、イスラエルの民がそれぞれにいけにえを捧げ、レビ人に油をそそぎ、過ぎ越しのいけにえをささげたという具合です。

今日はそこまでの部分にも軽く触れながら、10章を中心にお話ししていきたいと思います。

① 例外が起こったとき

さて、イスラエルは神さまに命じられたことをその通りに行いましたが、実際にやってみると、課題が出てくることもあります。
例えば、死体に触れたものは汚れているので祭儀に関わることができません。
しかし、誰かを葬るために遺体に触れてしまうと、大切な過越しの祭りに参加できなくなってしまう。
こういう場合にはどうするのでしょう?

こういう時に判断をどうするのかということは、私たちにも参考になる重要なことです。
モーセはこのようにしました。

民数記 9:8 モーセは彼らに言った。「待っていなさい。私は【主】があなたがたについてどのように命じられるかを聞こう。」

大切なのは、自分で勝手に判断しないということです。
律法を調べて、「こうだからこの場合にはこうだろう」と推測してしまいがちですが、ちゃんと神さまに聞くということが大切なのです。

ここでの神さまの答えは、死体に触れても過ぎ越しの祭りに参加してよいということでした。
ただ表面的にルールを守るのではなく、必要なときには神さまに尋ねて判断を仰ぐことが求められているわけですね。

② ラッパの合図

さて、このようにしてすべての準備が整い、イスラエルが再び進むべき時が来ました。
イスラエルが進むときの合図がありましたね?
そう、雲の柱が幕屋に留まっているときにはその地に留まり、幕屋から雲の柱、炎の柱が上がったらイスラエルが進むときの合図なのです。

民数記 9:19 雲が長い間、幕屋の上にとどまるときには、イスラエルの子らは【主】への務めを守って、旅立たなかった。
9:20 また、雲がわずかの間しか幕屋の上にとどまらないことがあっても、彼らは【主】の命により宿営し、【主】の命により旅立った。

しかし、ここにも問題がありました。
雲が幕屋に留まっているのは、ある程度近くにいないと見えないということ。
そして、雲が幕屋から離れて上がることがあっても、幕屋の方向に注意を払っていないと気づかないということです。
そこで、神さまはラッパを作るようにモーセに命じます。

10:1 【主】はモーセにこう告げられた。
10:2 「銀のラッパを二本作りなさい。それを打ち物作りとしなさい。あなたはそれを用いて会衆を召し出したり、宿営を出発させたりしなければならない。

ラッパによる合図であれば、ずっと幕屋の方を見ていなくても出発の合図が分かります。
場合によっては、テントの中にいてもその合図に気づくことができるわけです。

聖書の中には、時々「ラッパ」が出てきます。
私たちはトランペットのように楽器としてラッパをイメージすることが多いと思いますが、聖書の中でラッパは合図を出すためのものです。
ここでは招集や進めという合図としてラッパが使われていますが、戦闘の合図としてもラッパは登場します。
そして何よりも、イエスさまが再び地上に来る合図としてのラッパが何度も登場していますね。

マタイ 24:31 人の子は大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます。

黙示録にも、終末に吹き鳴らされる7つのラッパが出てきますが、私たちはこれらの合図に従って召集され、約束の地である天の国に出発することが示唆されているのかもしれませんね。

③ モーセの祈り

さて、10章の最後には、出発するときと留まるときのモーセの祈りの言葉が記されています。

民数記 10:35 契約の箱が出発するときには、モーセはこう言った。「【主】よ、立ち上がってください。あなたの敵が散らされ、あなたを憎む者が、御前から逃げ去りますように。」
10:36 またそれがとどまるときには、彼は言った。「【主】よ、お帰りください。イスラエルの幾千幾万もの民のもとに。」

モーセは、出発するときには敵が逃げ去っていくことを、とどまるときには、そこに種も留まってくださるようにと祈っています。
信仰の歩みの中にはたくさんの敵が現れることも少なくありません。
私たちも、このような祈りを持って主と共に進んでいきたいですね。
私たちの歩む道から、敵が散らされ、逃げ去っていきますように。
そして私たちが立ち止まるとき、そこに主がともにいてくださることを心から味わうことができますように。