「Cornerstone」は「隅石」or「礎石」or「要石」?
新改訳聖書第3版のマタイの福音書24章42節に表記されている「礎の石」。
口語訳は「隅のかしら石」、新共同訳は「隅の親石」、新改訳2017年版では「要の石」と記されている。
適切なのは一体どれなのだろうか?
目次
2017年版を読んでいると・・・?
最近、読む聖書を、新改訳聖書の2017年版に変えた。面白い。私は新改訳3版で育ったので、読むたびに違和感を覚える。いい違和感だ。細かい翻訳の違いが、脳細胞を喜ばせる。読み覚えのない単語は、特に目につく。
先日、2017年版でマタイを読んでいると、明らかに読み覚えのない単語が出てきた。「要の石」(かなめのいし)という単語だ。新改訳3版では、「礎の石」となっている(マタイ21章)。英語では、調べた限り全ての翻訳で、教会の名前にもよく用いられる、「Cornerstone」(=コーナーストーン)という単語だ。
気になったので他の翻訳も調べてみた。すると、面白いことに、全ての翻訳で違いがあった。マタイ21章42節の部分だ。
- 文語訳 →「隅の首石」
- 口語訳 →「隅のかしら石」
- 新共同訳 →「隅の親石」
- 新改訳3版 →「礎の石」
- 新改訳2017版 →「要の石」
このような違いがある。マタイの箇所の引用元は詩篇118篇なので、そこも比べてみた。
- 文語訳 →「すみの首石」
- 口語訳 →「隅のかしら石」
- 新共同訳 →「隅の親石」
- 新改訳3版 →「礎の石」
- 新改訳2017版 →「要の石」
文語訳がひらがなになっていただけで、ほぼ同じだった。
「隅石」、「礎石」、「要石」の違いとは?
翻訳によって単語が違うので、それぞれの単語の意味を調べてみた。すべて広辞苑の第六版による。また、英訳は広辞苑の記述をそのまま書いた(※隅石の英訳は広辞苑では”quoin”となっているが、”cornerstone”とほぼおなじ意味である。”cornerstone“ は、”quoin”の中の特別な石のことを指す)
- すみ-いし【隅石】
(quoin)石造・れんが造などの建物の出隅(ですみ)部分に積んだ石。隅角(ぐうかく)の補強を目的とし、大きめの石が用いられる。
- そせき【礎石】
建物の基礎となる石。いしずえ。転じて、物事の土台となるもの。
- かなめ-いし【要石】
(keystone) れんが・意思などで組み立てたアーチの中央、最上部に差し入れ、他の石を固定する役割を果たす、くさび形の石。剣石。くさび石。
それぞれ、似ているようで、微妙に意味が違う。分かりにくいので、図を検索した。
●隅石(灰色の部分)
引用元:http://www.geocities.jp/fukadasoft/bridges/kansui2/harigaya/takioka/index2.html
●礎石
引用元:https://goo.gl/images/eTo4iV
●要石
引用元:https://goo.gl/images/4pK2XU
図を見ると、違いが明確になると思う。こうも違うと、どれが原語に近いか気になる。調べてみた。
詩篇118篇22節の原語は?!
マタイ21章42節で、イエスが引用したのは詩篇118篇22節である。当然、詩篇の翻訳がマタイの翻訳につながるはずなので、まずは詩篇の原語を調べる(当然右から読む)。
אֶ֭בֶן מָאֲס֣וּ הַבֹּונִ֑ים הָ֝יְתָ֗ה לְרֹ֣אשׁ פִּנָּֽה׃
(エベン マアスー ハ・ボニーム ハイータ ラ・ローシュ ピナー)
1単語ごとに解説するとこうなる。
エベン =石
マアスー =見下す、拒否する
ハ =THE
ボニーム =建てる人たち、大工たち
ハイータ =~になった(男性単数過去)
ラ =(~になるを補助する文法的に必要な語)
ローシュ =かしら、あたま
ピナー =角(かど)、隅(すみ)
かみくだいて適当に訳すと、「大工たちが、必要ないと判断した石が、角の石の一番大切な部分になった」とでもなるだろう。こう見ると、「隅のかしら石」がふさわしい訳のように見える。
マタイの福音書21章42節の原語は?!
では、マタイ21章42節の原語はどうなっているのだろうか。僕はギリシャ語はほとんど勉強したことがないので、アプリで調べてみた。該当部分は、ギリシャ語では「ケファレー・ゴーニアス」。訳すと、「主要な隅石」となる。こちらも、「隅のかしら石」が適当に思える。
「ピナー」のヘブライ語の意味
原語を見ると、「隅のかしら石」が適当な翻訳に思える。しかし、本当にそうなのだろうか。ヘブライ語の「ピナー」は、文字通り、「角の」、「隅の」と訳していいのだろうか。実は、同じ単語の他の箇所を見てみると、「ピナー」に隠された、もうひとつの意味が見えてくる。
例えば、士師記20章2節を見てみよう。
イスラエルの全部族、民全体のかしらたち、四十万の剣を使う歩兵が神の民の集まりに出た。(士師記20章2節・新改訳3版)
「ピノット」(ピナーの複数形)が「(イスラエルの全部族、民全体の)かしらたち」と訳されている。第1サムエル14章38節は、同じ単語が「民のかしらたち」と訳されている。
つまり、「ピナー」は、一義的には「隅の」という意味だが、「重要な部分」という裏の意味が転じて「主要な人物」、「要人」と訳せるのだ。2017年版の「要の石」という訳出は、この裏の意味、「ピナー」の持つ比喩的な意味を重視しての結果といえるだろう。
建築の時代背景は?!
時代背景を考慮するのも重要である。そもそも、「隅石」は当時のイスラエルの建築にあったのだろうか。イエスの時代、イスラエルを支配していたのはローマだった。建築も、ローマ式のものが多数取り入れられていたのだろう。
残念ながら、私は建築の歴史の専門家ではないので、詳しいことは分からない。検索しても、しっくり来るものはヒットしなかった。しかし、参考になるものはいくつか見つけた。総合すると、「古代ローマ建築の特徴はアーチである」といえるだろう。確かに、エルサレムの旧市街に残っている数少ない当時の建築は、アーチ状のものが有名だったと記憶している。レンガづくりの建物も、当時からあったようだが、上に載せた写真のような立派な「隅石」があったかは疑問である。調べる限り、そのような建築がメジャーになったのは、中世からのようだ(※建築の専門家の方、教えてください)。
(※もっと厳密にいうと、引用された詩篇の時代の建築も調べないといけないが、さらっと検索しただけではヒットせず、断念・・・教えて詳しい人)
「ピナー」の比喩的な意味、当時の建築様式を考えると、どうも詩篇118篇、そしてマタイ21章の問題の単語は、「要の石」が適訳に思えてくる。「ピナー」には比喩的に「要」の意味があるし、当時のローマの建築の主流であった「アーチ」を中央で支える「要石」の両方の意味があるからだ。2017版では、「要石」とせず、「要の石」としている。「の」を挿入することで、「ピナー」の比喩的意味がより際立つ。また、ヘブル語、ギリシャ語どちらにもある「かしら」という意味も、「要」で補足することができる。一鳥三石の翻訳なのである。
「コーナーストーン」の意味
単純に、「要の石」の翻訳が適当だ、という分析だけでは終わらない。その意味を考えなければいけない。「要石」は、2方向から積み上げたアーチを中央で支える、重要な部分だ。「要石」は、2つの別々のものをつなぎ合わせる、重要な役目を持っているのである。
2つのバラバラのものを、つなぎ合わせる。
まさにイエスそのものである。
この役割は、「隅石」も同様である。2つの壁を中央でつなぎ合わせているのが、「隅石」なのだ。しかし、「隅」という日本語には、「隅に置けない」という言葉からも分かるように、ヘブル語のような「主要な」というニュアンスはない。
新改訳3版の「礎の石」は、「土台」というニュアンスは伝わりやすい。日本建築的にも「礎石」は分かりやすい。「定礎」の文字もよく見かける。しかし、「礎の石」では、原語からはすこし離れた意味合いになる上に、「2つのバラバラのものをつなぎ合わせる」という一番重要な意味が失われてしまう。
やはり、比喩的意味から見ても、建築の時代背景から見ても、神学的意味合いからしても、「要の石」はベターな翻訳だろう。
私達は、罪によって神から断絶してしまった。しかし、イエスが私達を、ふたたび神と結び合わせてくださった。「要の石」、「コーナーストーン」(キーストーン)、という言葉から、改めてイエスの愛、恵みを感じる。「要石」は、アーチをつなげるだけでなく、そのアーチの象徴ともなる。家や建物を象徴する紋章が、要石に刻まれる。私達の要石はイエスだ。
「これは誰の銘ですか」
私たちには、イエスの名前が刻まれているのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
執筆 小林拓馬
ブログ「くまさんの書庫」