民数記26:1-11(26:1-65) 民数記19 『新しい私たちが整えられる』 2026/06/07 けんたろ
民数記26:1-11(26:1-65)
26:1 この主の罰の後のことであった。【主】はモーセと祭司アロンの子エルアザルに告げられた。
26:2 「イスラエルの全会衆について、一族ごとに、二十歳以上で、イスラエルで戦に出ることができる者すべての頭数を調べなさい。」
26:3 そこでモーセと祭司エルアザルは、エリコをのぞむヨルダン川のほとりのモアブの草原で、彼らに告げた。
26:4 「【主】がモーセに命じられたように、二十歳以上の者を数えなさい。」エジプトの地から出て来たイスラエルの子らは、
26:5 イスラエルの長子ルベン。ルベン族は、ハノクからはハノク族、パルからはパル族、
26:6 ヘツロンからはヘツロン族、カルミからはカルミ族。
26:7 これらがルベン人諸氏族で、登録された者は、四万三千七百三十人であった。
26:8 パルの子孫はエリアブ。
26:9 エリアブの子はネムエル、ダタン、アビラム。このダタンとアビラムは会衆から召し出された者であったが、コラの仲間としてモーセとアロンに逆らい、【主】に逆らった。
26:10 そのとき、地は口を開けて、コラとともに彼らを吞み込んだ。それは、その仲間たちが死んだときのこと、火が二百五十人の男を食い尽くしたときのことである。こうして彼らは警告のしるしとなった。
26:11 ただし、コラの子たちは死ななかった。
今日の箇所は民数記26章です。
荒野の旅も終盤に差し掛かり、イスラエルの民は、いよいよ約束の地を目前にしています。
しかし、その直前に起こったのが、民数記25章の出来事でした。
モアブの誘惑と偶像礼拝によって、24,000人が命を落とすという、非常に痛ましい事件です。
その裁きの直後に、神さまはモーセと祭司エルアザルにこう命じられました。
「イスラエルの全会衆を数えよ。」
これは単なる人口調査ではありません。
裁きの後に、神さまが民を立て直し、新しい世代を整え、約束の地へと導くための再出発のしるしでした。
① 神さまは一人ひとりの名を呼ばれる
26章では、各部族ごとに名前が挙げられ、人数が記録されています。
民数記の一番最初にもありましたが、40年ぶりにもう一度人口調査が行われたのです。
ルベン族: 46,500人→43,730人 +2,800
シメオン族: 59,300人→22,200人 -37,100
ガド族: 45,650人→40,500人 -5,150
ユダ族: 74,600人→76,500人 +1,900
イッサカル族: 54,400人→64,300人 +9,900
ゼブルン族: 57,400人→60,500人 +3,100
エフライム族: 40,500人→32,500人 -8,000
マナセ族: 32,200人→52,700人 +20,500
ベニヤミン族: 35,400人→45,600人 +10,200
ダン族: 62,700人→64,400人 +1,700
アシェル族: 41,500人→53,400人 +11,900
ナフタリ族: 53,400人→45,400人 -8,000
合計: 603,550人→601,730人 -1,820
部族によって増えたり減ったりした部族はいますが、全体としてはほとんど変わっていないことが分かります。
40年経って増えるどころか減っているのですから、祝福されているとは到底言えません。
これは、古い世代がいなくなって、新しい世代へと変わった結果です。
エジプトを出た最初の世代は、 カレブとヨシュアを除いて、誰も残っていませんでした。
これは、民数記14章で神さまが語られたことがそのまま成就したということです。
民数記 14:31 おまえたちが『かすめ奪われてしまう』と言った、おまえたちの子どもについては、わたしは彼らを導き入れる。彼らはおまえたちが拒んだ地を知るようになる。
14:32 しかし、おまえたちはこの荒野に屍をさらす。
14:33 おまえたちの子どもは、この荒野で四十年の間羊を飼う者となり、おまえたちがみな、屍となるまで、おまえたちの背信の責めを負わなければならない。
これから約束の地に入って行こうという段階で、もう一度人口調査が行われたのは、世代交代の完成のしるしでもあるのです。
神さまに背いた古き人々は過ぎ去り、ここから新しいイスラエルが始まろうとしていたのです。
② 神さまの約束は止まらない
しかし、ここで注目したいのは、イスラエルが背いたことによって、神さまがイスラエル自体を見捨てることはなかったということです。
古いものが過ぎ去った後、イスラエルはもう一度立て直されたということです。
神さまはイスラエル自体を見限って、切り捨ててしまうこともできたのに、そうはなさいませんでした。
むしろ、「ここからもう一度始めよう」と語っておられます。
神さまは、失敗や裁きの後にも、 新しいスタートを与えてくださる方なのです。
ここに興味深い一言があります。
26:11 ただし、コラの子たちは死ななかった。
これは16章で登場したコラの話です。
コラは、エジプトに戻るようにイスラエルのリーダーたちを扇動し、モーセたちに反乱を企てた人物です。
その結果、地が裂けて彼らを飲み込み、火によって焼き尽くされ、さらに疫病が起こって多くの人たちが死んでしまいました。
しかし、驚くべきことにその子孫は守られ、ソロモン王の時代に神殿で賛美をささげる者となりました。
例えば、詩篇42篇は、コラの子孫たちによって作られました。
1節だけ読んでみましょう。
詩篇 42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように神よ私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
そう、あの『鹿のように』という賛美は、コラの子孫によって作られた詩から生まれたのです。
神さまは、「罪を犯した者の子どもも滅ぼす」とは言われません。
むしろ、「そこから新しいものを生み出す」と語られる方なのです。
③ 神さまは今も“新しい私たち”を整えてくださる
この出来事は、私たち一人ひとりの歩みにも深く重なります。
神さまは、イスラエルの中にあった罪を取り除かれました。
それは痛みを伴うものでしたが、その後に神さまは、新しい世代を整え、もう一度前へと進ませてくださいました。
私たちの人生にも、同じことが起こります。
神さまは、私たちの中にある罪や、神さまから心を離れさせるものを取り扱われます。
ときには、それが痛みを伴うこともあります。
うまくいっていた関係が断たれる、大切にしていたものを手放さなければならない、自分の弱さや罪と向き合わされる、プライドが砕かれる、こうした経験は、私たちにとって“裁き”のように感じることがあります。
しかし、神さまの目的は私たちを苦しめることではありません。
神さまは、私たちの中から罪を取り除き、そこから新しいものを生み出し、私たちをさらに用いるために働いておられるのです。
イスラエルが裁きの後に立て直されたように、私たちもまた、神さまの手によって立て直されます。
神さまは、「あなたはもう終わりだ」とは言われません。
私たちの中にある古いものを取り除き、新しい心、新しい歩み、新しい使命を与え、「ここからもう一度始めよう」と語ってくださる方なのです。
そんな神さまに信頼して、いつまでもその約束の中を歩む者でありたいですね。
