申命記1:1-5 申命記1『神の言葉を忘れないために』 2026/07/12 けんたろ

申命記1:1-5
1:1 これは、モーセがイスラエルのすべての民に告げたことばである。ヨルダンの川向こう、パランと、トフェル、ラバン、ハツェロテ、ディ・ザハブとの間の、スフに面したアラバの荒野でのことであった。
1:2 ──ホレブからセイル山を経てカデシュ・バルネアに至る道のりは、十一日である──
1:3 第四十年の第十一月の一日にモーセは、【主】がイスラエルの子らのために彼に命じられた、すべてのことにしたがって、彼らに語った。
1:4 それはモーセが、ヘシュボンに住んでいたアモリ人の王シホン、およびアシュタロテに住んでいたバシャンの王オグを、エデレイで打ち破った後のことであった。
1:5 ヨルダンの川向こう、モアブの地で、モーセは次のように、みおしえの確認を行うことにした。

今日から申命記のシリーズです。
民数記の最後のところで、これから約束の地へと入って行く目前のところまで描かれていました。
それなのにここでまた、別の書が入ってくるのはなぜなのでしょう?
そのことを理解するために、そもそも「申命記」とは何なのかというお話をしておこうと思います。

一言で言えば、申命記はモーセのイスラエルの民に対する最後の言葉です。
つまり、遺言メッセージですね。
しかし、後の人々が注目をしたのはレビ記や民数記よりも申命記でした。
何よりもイエスさまが最も多く引用していたのは申命記だったのです。
申命記とはどのようなものなのか、そしてどのような目的を持って書かれた書なのかということを一緒に考えていきましょう。

① 神の言葉を忘れないため

申命記の中で、モーセが繰り返し語っている言葉があります。
それは、「忘れてはならない」「覚えなさい」「心に刻みなさい」という言葉です。
なぜでしょうか。
約束の地に入ると、豊かさ、安定、成功がやってきます。
そのとき、人は神を忘れやすいからです。

荒野では神を必要としましたが、約束の地では「自分の力で生きている」と錯覚しやすい。
私たちにも思い当たるフシがありませんか?
だからモーセは、神の言葉を忘れないために、心を整える書として申命記を語ったのです。

② 次の世代へ信仰を受け渡すため

申命記は、モーセが「次の世代」に語った書です。
メリバの泉での出来事があったため、彼自身は約束の地に入れません。
「岩に向かって語りなさい」と言われたのに、杖で二度も打った事件ですね。

約束の地には入れないからこそモーセは、次の世代が神の言葉を忘れないように、心を込めて語ります。
「子どもたちに語り聞かせなさい」「家にいるときも、道を歩くときも語りなさい」「心に刻みなさい」。
申命記は、神の言葉を次の世代へ渡すための信仰の継承の書でもあるのです。

これは、現代の教会にとっても非常に重要なテーマではないでしょうか。
私たちもまた、次の世代へ信仰を受け渡す使命を持っています。
そう考えてみると、モーセが申命記を書いた理由やその気持ちまで、分かるような気がしますね。

③ 神の心を知るため

イエスさまは、旧約聖書の中で最も多く申命記を引用されました。
荒野の誘惑のとき、イエスさまが語られた言葉はすべて申命記からでした。

申命記 8:3 それで主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの父祖たちも知らなかったマナを食べさせてくださった。それは、人はパンだけで生きるのではなく、人は【主】の御口から出るすべてのことばで生きるということを、あなたに分からせるためであった。

申命記 6:16 あなたがたがマサで行ったように、あなたがたの神である【主】を試みてはならない。

申命記 6:13 あなたの神、【主】を恐れ、主に仕えなさい。また御名によって誓いなさい。

なぜ申命記だったのでしょうか。
それは、申命記が、心を尽くして主を愛することを中心にしている書だからです。
そして、イエスが大切にしていたこともまた「心」だったからです。
何をするか、しないかではなく、神さまの心を知り、神さまに従い、共に歩むこと。
それこそ、聖書全体を通して語られている神さまの心に他なりません。

申命記は律法の書の中に含まれているので、ルールが記されているように思いがちですが、申命記はそのために書かれたものではありません。
申命記のポイントは、律法の中に記されている神さまの心を知ることにあるのです。

だからイエスは、申命記の中に表されている神の心をそのまま福音として語られました。
申命記は、イエスの教えの土台となる書なのです。

④ 申命記は「境界線に立つ民」への書

申命記は、荒野の終わりであり、約束の地の入口で語られた書です。
つまり、“境界線に立つ民”への書です。

私たちもまた、人生のさまざまな境界線に立ちます。
新しい歩みの前、決断の前、変化の前。
そのとき、神は私たちに語られます。
「忘れてはならない。心を尽くして主を愛しなさい。」
申命記は、境界線に立つ私たちの心を整えるための書なのです。

私たちは、これから申命記を通して、神が民に最後に語られた「心のメッセージ」を受け取っていきます。

  • 神の言葉を忘れないために
  • 心を尽くして主を愛するために
  • 次の世代へ信仰を受け渡すために
  • 新しい歩みの前に心を整えるために

申命記は、私たちの心をもう一度神の前に向け直すための書です。
このシリーズを通して、神の心があなたの心に、そして教会の心に、静かに、深く刻まれていきますように。