申命記5:1-5(5:1-33)申命記4 『十戒の再提示』2026/08/02 けんたろ

申命記5:1-5(5:1-33)
5:1 モーセはイスラエルをみな呼び寄せて、彼らに言った。聞け、イスラエルよ。今日、私があなたがたの耳に語る掟と定めを。これを学び、守り行いなさい。
5:2 私たちの神、【主】はホレブで私たちと契約を結ばれた。
5:3 【主】はこの契約を私たちの先祖と結ばれたのではなく、今日ここに生きている私たち一人ひとりと結ばれたのである。
5:4 【主】はあの山で、火の中からあなたがたに顔と顔を合わせて語られた。
5:5 あのとき、私は【主】とあなたがたとの間に立ち、【主】のことばをあなたがたに告げた。あなたがたが火を恐れて、山に登らなかったからである。主は言われた。

申命記5章は、モーセが約束の地の入口で語った「十戒の再提示」の場面です。
十戒については、すでに出エジプト記20章で一度語られていましたね。
しかし、申命記5章では、モーセは再び十戒を語ります。
なぜでしょうか。
それは、神の民が新しい地に入る前に、心の中心をもう一度神に向け直すためです。
早速見ていきましょう。

1. 十戒の再提示の背景

モーセはこう語ります。

申命記 5:2 私たちの神、【主】はホレブで私たちと契約を結ばれた。

十戒は、単なる道徳規範ではありません。
神と民の契約の言葉です。
そしてモーセはこう続けます。

申命記 5:3 【主】はこの契約を私たちの先祖と結ばれたのではなく、今日ここに生きている私たち一人ひとりと結ばれたのである。

ここで重要なのは、主が契約を結ばれたのは「あなたがただ」と語っていることです。
ホレブの契約を実際に聞いたのは、40年前の前の世代です。
しかしモーセは、今目の前にいる世代に向かって、「あなたがたと結ばれた」と語ります。
つまり神の契約は、世代を超えて“今ここにいるあなた”に語られているということです。
十戒は、過去の言葉ではなく、今の私たちに語られている神の言葉なのです。

2. 十戒の中心:神との関係を守るための言葉

十戒は大きく二つに分けることができます。
神との関係を守る戒め(1〜4戒)
人との関係を守る戒め(5〜10戒)
十戒は、私たちの心を神に向け、隣人に向けるための言葉なのです。

  • 第一戒:他の神々を持ってはならない
    心の中心に神以外のものを置くと、人生の方向が狂います。
  • 第二戒:偶像を造ってはならない
    形に神を閉じ込めることは、神を小さくし、自分を大きくする行為です。
  • 第三戒:神の名をみだりに唱えてはならない
    神の名は、神の人格そのものであり、神との関係を軽んじてはならないという戒めです。
  • 第四戒:安息日を覚えて聖とせよ
    安息日は、神が中心であることを思い出す日です。

十戒の後半は、神との関係が整えられた心が、隣人に向かう姿を描きます。

  • 第五戒:父母を敬う
  • 第六戒:殺してはならない
  • 第七戒:姦淫してはならない
  • 第八戒:盗んではならない
  • 第九戒:偽りの証言をしてはならない
  • 第十戒:他人の物を欲しがってはならない

こうして、「~せよ」「~してはならない」と並べられると、十戒とは私たちが守らなければならないルールで、これを違反すると罰を与えられるものだと思ってしまいがちです。
でもそれは、多くのユダヤ人も陥ってしまった壮大な勘違いです。

3. 十戒は「心の中心を守るための言葉」

神さまは、イスラエルの民に律法を与えた理由をこのように伝えています。

申命記 5:29 彼らの心がこのようであって、いつまでも、わたしを恐れ、わたしのすべての命令を守るようになってほしい。そうすれば、彼らもその子孫も永久に幸せになる。

申命記 5:33 あなたがたの神、【主】が命じられた道をあくまで歩み続けなければならない。あなたがたが生き、幸せになり、あなたがたが所有するその地で、あなたの日々が長く続くようにするためである。

重要なのはそれぞれの言葉の後半部分です。
神さまは、律法に沿って生きることで、「正しい人間になる」と言っていません。
それは、あなたたちが幸せになるためです。
「これを破ったら罰を与える」ということが目的なのではないのです。

聖書全体を通して、神さまが私たちに求めているのは、あくまでも神さまとの関係の回復です。
最初から最後まで、それがテーマであり、それが私たちの課題です。
私たちが「正しい人間になること」とか、「悪い人間にならないようにすること」ではありません。
その観点から考えてみれば、申命記に込められた神さまの心が見えてきます。
神さまが律法を与えたのは人々を縛るためではなく、心が神から離れないように、心が偶像に奪われないように、心が方向を失わないように、神が民の心を守るために語られたということです。
十戒とは、神が民を愛しているからこそ与えられた“心のガードレール”なのです。

神さまは、申命記を通して、このように私たちに問いかけています。
あなたの心の中心には何があるだろうか。
わたし(神)の声は、今もあなたの心に響いているだろうか。
わたしとの関係は、あなたの歩みを支えているだろうか。
隣人との関係は、わたしの愛を映しているだろうか。
十戒は、私たちの心を神に向け直すための言葉なのです。

民が約束の地に入る最後の戦いの前に、モーセが十戒を指し示した意味がお分かりになったでしょうか?
5章は、民の心を守るために語られた神の言葉を、もう一度心の中心に据える章です。
神は、私たちの心が偶像に奪われることを悲しみ、心が方向を失うことを悲しみ、心が疲れ果てることを悲しみます。
私たちも、自分の心がどこを向いているか、もう一度確認してみませんか?
神の声に耳を傾け、心の中心を神に向け直そうではありませんか。