35日目 出エジプト記16~18章 マナ・水・アマレク・エテロの助言

紅海を渡ったイスラエルの民は、ついに自由を手にしました。
しかし約束の地への旅は始まったばかりです。
神は荒野の旅を通して、ご自身に信頼することを民に教え、また共同体としての歩みを整えていかれます。
聖書全体の中での位置づけ
出エジプト記13~15章では、神が紅海を分けて民を救い出されました。
16~18章では、救われた民が荒野で神に養われ、導かれ、訓練されていきます。
神は民をエジプトから救うだけでなく、神の民として生きることを学ばせようとしておられました。
これは後に与えられるシナイ契約への大切な備えの期間となります。
出エジプト記16章:マナ ── 日ごとの養い
荒野で食べ物が尽きると、民はすぐに不平を言い始めます。
神は天からマナを降らせ、毎日必要な分を与えられました。
ただし翌日の分をため込むことは許されませんでした。
神は民に、日ごとに主を信頼することを教えられたのです。
出エジプト記17章:水とアマレク ── 神に頼る戦い
民は再び水がないことで不満を訴えます。
神は岩から水を出し、彼らの必要を満たされました。
その後アマレクとの戦いが起こりますが、勝利をもたらしたのは軍事力ではなく神の助けでした。
モーセが手を上げ続ける間、イスラエルは勝利したのです。
出エジプト記18章:エテロの助言 ── 分かち合われる使命
モーセのしゅうとであるエテロは、神がなさった救いの御業を聞いて主を賛美します。
そして、すべての問題を一人で抱え込んでいるモーセに助言を与えます。
信頼できる人々に責任を分担し、共に仕える体制が整えられました。
神の働きは一人ではなく、多くの人々によって支えられるのです。
神さまの働きとメッセージ
出エジプト記16~18章には、神がご自身の民を養い、守り、整えておられる姿が描かれています。
民は紅海の奇跡を見たにもかかわらず、すぐに不平を言いました。
しかし神は忍耐をもって必要を満たされました。
マナも、水も、勝利も、すべて神から与えられたものでした。
またエテロの助言を通して、神は知恵を与え、共同体を整えられます。
信仰生活とは、奇跡を体験するだけではありません。
日々の必要を神に信頼し、与えられた助けを受け入れながら歩むことでもあります。
イエス・キリストはご自身を「いのちのパン」と呼ばれました。
荒野のマナがイスラエルを養ったように、キリストは私たちの霊を養ってくださるお方です。
神は救った後も見捨てることなく、必要を満たし、守り、成長へと導いてくださるお方なのです。
考えてみよう
- 私は日々の必要を神に信頼しているでしょうか。
- 思いどおりにならない時、不平よりも祈りを選んでいるでしょうか。
- 神がこれまで与えてくださった養いを覚えているでしょうか。
- 人生の戦いを自分の力で乗り越えようとしていないでしょうか。
- 助けを求めたり、人に任せたりすることができているでしょうか。
- 神は私をどのように成長させようとしておられるでしょうか。
- イエス・キリストを日々の糧として求めているでしょうか。


