82日目 ヨシュア記1~4章:強くあれ、雄々しくあれ ― 約束の地への第一歩

モーセの時代が終わり、いよいよヨシュアの時代が始まります。

四十年にわたる荒野の旅を終えたイスラエルは、約束の地を目前にしていました。

しかしヨルダン川は彼らの前に立ちはだかっています。

ヨシュア記1~4章は、神が新しい世代を導き、約束を実現していかれる最初の歩みを描いています。

聖書全体の中での位置づけ

申命記では、モーセが神の契約を新しい世代に語り聞かせました。

そしてヨシュア記では、その約束がいよいよ実現し始めます。

出エジプト記から続いてきた「神の民」「神の契約」「神の約束」が、約束の地への入国という形で新たな段階へ進むのです。

ヨシュア記1章:強くあれ、雄々しくあれ ── 神が共におられる

モーセの死後、神はヨシュアを新しい指導者として任命されます。

そして繰り返し、「強くあれ。雄々しくあれ。」と語られました。

その理由はヨシュア自身の能力や経験ではありません。

神が共におられるからです。

また神は律法の書を昼も夜も口ずさみ、それに従うよう命じられます。

イスラエルの成功は軍事力ではなく、神のことばへの従順にかかっていました。

ヨシュア記1章 強くあれ、雄々しくあれ ── 神が共におられる(1:1-18)

ヨシュア記2章:ラハブの信仰 ── 異邦人にも及ぶ神の恵み

ヨシュアはエリコへ斥候を送りました。

そこで彼らを助けたのが遊女ラハブでした。

ラハブはイスラエルの神が真の神であることを信じ、自分と家族の救いを願います。

彼女は赤いひもを窓に結び、そのしるしによって救われる約束を受けました。

異邦人であったラハブも、信仰によって神の恵みにあずかったのです。

ヨシュア記2章 ラハブの信仰 ── 異邦人にも及ぶ神の恵み(2:1-24)

ヨシュア記3章:ヨルダン川を渡る ── 新しい出エジプト

神は契約の箱を先頭に進ませ、民をヨルダン川へ導かれます。

祭司たちの足が水辺に触れた時、川の流れはせき止められました。

そしてイスラエルの民は乾いた地を渡っていきます。

これは紅海の奇跡を思い起こさせる出来事でした。

神はモーセと共におられたように、今はヨシュアと共におられることを示されたのです。

ヨシュア記3章 ヨルダン川を渡る ── 新しい出エジプト(3:1-17)

ヨシュア記4章:記念の石 ── 神の御業を忘れないために

神はヨルダン川から十二の石を取り出し、記念として積み上げるよう命じられます。

それは後の世代が、「これらの石は何ですか。」と尋ねた時、神がヨルダン川をせき止めてくださったことを語り伝えるためでした。

信仰は神の御業を記憶し、次の世代へ証ししていくことによって受け継がれていくのです。

ヨシュア記4章 記念の石 ── 神の御業を忘れないために(4:1-24)

神さまの働きとメッセージ

ヨシュア記1~4章は、神が約束を実現されるお方であることを教えています。

モーセは去りました。

しかし神は去られませんでした。

新しい指導者が立てられ、新しい世代が約束の地へ導かれていきます。

また神はヨシュアに「強くあれ、雄々しくあれ」と命じられました。

それは不安がないからではなく、神が共におられるからでした。

信仰の勇気とは、自分の強さから生まれるものではなく、神の臨在への信頼から生まれるものです。

さらにラハブの救いは、神の恵みがイスラエルだけに限定されないことを示しています。

神を信じる者は誰でも救いへ招かれるのです。

そしてヨルダン川の奇跡と記念の石は、神の救いを忘れないことの大切さを教えています。

神の御業を忘れた時、人は神から離れてしまいます。

だから神は、ご自身の民が語り継ぐべき記念を残されました。

新約聖書において、イエス・キリストは私たちを罪と死から救い出し、新しいいのちへ導いてくださる真のヨシュアです。

そして今日も、「強くあれ。雄々しくあれ。わたしがあなたと共にいる。」と語ってくださるのです。

考えてみよう

  • 私は神が共におられることを信頼して歩んでいるでしょうか。
  • ヨシュアのように、神のことばを中心に据えているでしょうか。
  • ラハブのような信仰の決断を求められていることはないでしょうか。
  • 神がこれまで与えてくださった導きを忘れていないでしょうか。
  • 次の世代に神の御業を語り伝えているでしょうか。
  • 人生の「ヨルダン川」の前で恐れていることはないでしょうか。
  • 今日、神を信頼して踏み出すべき第一歩は何でしょうか。