申命記6:4-9(6:1-25)申命記5 『心を尽くして主を愛する』2026/08/16 けんたろ

申命記6:4-9(6:1-25)
6:4 聞け、イスラエルよ。【主】は私たちの神。【主】は唯一である。
6:5 あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、【主】を愛しなさい。
6:6 私が今日あなたに命じるこれらのことばを心にとどめなさい。
6:7 これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家で座っているときも道を歩くときも、寝るときも起きるときも、これを彼らに語りなさい。
6:8 これをしるしとして自分の手に結び付け、記章として額の上に置きなさい。
6:9 これをあなたの家の戸口の柱と門に書き記しなさい。

申命記5章でモーセは十戒を通して、神の民として生きる道を再確認しました。
そして申命記6章では、その十戒の中心にある“心の姿勢”が語られます。
今回も引き続き、律法の中に込められた主の心を受け止めていきたいと思います。

1. 神は「心」を求めておられる

申命記6章は、こう始まります。

申命記6:1 これは、あなたがたの神、【主】があなたがたに教えよと命じられた命令、すなわち掟と定めである。あなたがたが渡って行って所有しようとしている地で、それらを行うようにするためである。

そして、掟と定めの中心にある神さまの心について記しています。

申命記 6:4 聞け、イスラエルよ。【主】は私たちの神。【主】は唯一である。
6:5 あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、【主】を愛しなさい。

「心・いのち・力を尽くして」とはどうすることなのでしょうか。
別の言葉に言い換えるなら、「あなたの全存在をもって神を愛しなさい」という意味です。

ここで重要なのは、「行動」よりも「心」です。
心があれば、行動はそこから自然に流れ出てくるものだからです。

報いを得るために良いことをする。
罰を受けたくないから悪いことをしない。
人を愛する心がなくても、行動することはできます。

しかし、私たちはそんな表面的な行動を求められているのではありません。
神は、私たちの心がどこに向いているかを最も大切にされるのです。

2. 次の世代に語り伝える

申命記6章は、家庭の中での信仰継承を強調します。

申命記 6:7 これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家で座っているときも道を歩くときも、寝るときも起きるときも、これを彼らに語りなさい。

この言葉を表面的に受け取ると、子どもたちにしっかり覚え込ませることが求められているように感じるかもしれません。
しかし、これは単なる教育についての話ではなく、神を愛する心が家庭に流れることを意味します。
神を愛する心は、生活の中に自然に流れるものだからです。

子どもは、教えられたとおりに生きるのではなく、周りの人たちから学んでいくものです。
それぞれの個性がありますから、同じように行動するわけではありませんが、大切なのは表面的な行動ではなく、心の部分だということは先ほど学んだとおりです。

子どもたちは、私たちを見て「神さまと共に生きることがどういうことか」を知ります。
そして子どもたちは、根底にある価値観を親の姿から吸収していくものなのです。

だから大切なのは、私たち自身が神さまの愛の中に生きているかどうかです。
私たちの中心には、いつでも神さまがいるでしょうか。

3. 主だけを恐れ、主の道を歩む

そしてモーセは、私たちが心の中心を見失わないために三つのことを勧めています。

● 第一に、神の言葉を心に留め、忘れないことです。

申命記 6:6 私が今日あなたに命じるこれらのことばを心にとどめなさい。
6:12 気をつけて、エジプトの地、奴隷の家からあなたを導き出された【主】を忘れないようにしなさい。

私たちは、忙しさ、恐れ、不安、目に見えるもの、自分の力、周囲の価値観によって、心の中心が少しずつ神から離れていく傾向があります。
今この時の心を忘れないでいましょう。
そしてもし忘れたなら、思い出すこと。それが大切です。

● 第二に、主を恐れることです。

申命記 6:13 あなたの神、【主】を恐れ、主に仕えなさい。また御名によって誓いなさい。

ここでの「恐れ」は、恐怖ではなく、畏れ敬い、敬意を持つことです。
神さまを侮ることなく、畏れをもって仕えることが大切です。

● 第三に、主が命じられた道を歩むことです。

申命記 6:17 あなたがたの神である【主】の命令、主が命じられたさとしと掟を必ず守らなければならない。

これは「ルールを守れ」という意味ではなく、
「神があなたの幸せのために示された道を歩みなさい」という招きです。
私たちはそのことを、前の章、5章で学びました。
律法は人々を縛るためのルールではなく、「民が幸せである」ためのガードレールです。
私たちが道を踏み外さずに歩み続ければ、心の中心を見失うこともないでしょう。

4. まとめ

モーセは、イスラエルの民に、そして私たちに問いかけています。
私たちの心の中心には何があるだろうか。
神の言葉は、今も私の心に刻まれているだろうか。
神を愛する心は、生活の中に流れているだろうか。

そして、こう語るのです。
「心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、【主】を愛しなさい。」
私たちも今日、心の中心を神に向け直し、神を愛する歩みへと立ち返ろうではありませんか。