申命記13:1-5(13:1-16:22)申命記9 『真実を見極める』2026/09/20 けんたろ
申命記13:1-5(13:1-16:22)
申命記 13:1 あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現れ、あなたに何かのしるしや不思議を示し、
13:2 あなたに告げたそのしるしと不思議が実現して、「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう」と言っても、
13:3 その預言者、夢見る者のことばに聞き従ってはならない。あなたがたの神、【主】は、あなたがたが心を尽くし、いのちを尽くして、本当にあなたがたの神、【主】を愛しているかどうかを知ろうとして、あなたがたを試みておられるからである。
13:4 あなたがたの神、【主】に従って歩み、主を恐れなければならない。主の命令を守り、御声に聞き従い、主に仕え、主にすがらなければならない。
13:5 その預言者あるいは夢見る者は殺されなければならない。なぜならその人は、あなたがたをエジプトの地から導き出して奴隷の家から贖い出された、あなたがたの神、【主】に対して、あなたがたが反逆するようにそそのかし、あなたがたの神、【主】が歩めと命じた道から、あなたを迷わせようとするからである。あなたがたの中からその悪い者を除き去りなさい。
ここまで申命記を通して、神の心、心を尽くして主を愛すること、神の選び、心のかたくなさ、神のあわれみについて学んできました。
そして申命記12章では、礼拝の中心をどこに置くかというお話をしました。
しかし、そうやって神さまを中心に歩もうとする中で、必ず起こる問題があります。
それは、「何が本当に神からのものなのか」という問題です。
偽りはいつも、真実によく似た姿で現れます。
だから神は申命記13〜16章で、神の民として生きるためには、真実を見極めなければならないと語られるのです。
1. 奇跡が真実を証明するわけではない
申命記13章は非常に驚く言葉から始まります。
「あなたがたのうちに預言者または夢見る者が現れ、あなたに何かのしるしや不思議を示し、あなたに告げたそのしるしと不思議が実現して、「さあ、あなたが知らなかったほかの神々に従い、これに仕えよう」と言っても、その預言者、夢見る者のことばに聞き従ってはならない。」(申命記13:1-3)
預言者や、夢を見る者が現れる。
しかも、その人が語ったしるしや不思議が実際に起こる。
それにもかかわらず神は、その人の言うことに従ってはならないと言われるのです。
なぜでしょうか。
私たちはつい、力ある働き、成功している働き、人が集まる働き、奇跡が起こる働きに心を動かされます。
しかし神さまは、「その人があなたをどこへ導こうとしているのか」を見なさいと言われます。
真実の基準は奇跡ではありません。
人気が出て、人が集まるという結果でもありません。
能力でもないのです。
2. 真実とは神に近づけるもの
申命記13章の基準は極めて単純です。
「他の神々に従おうと言うなら、その声を聞いてはならない」
つまり、真実とは、人を神に近づけるもの。
そして、偽りとは、人を神から遠ざけるもの。
ということです。
これは私たちにとっても大切な基準です。
キリスト教か他宗教かという話ではありません。
だらかの話によって、私たちの心が「特定の人」や「教え」「組織」「宗教」「行い」に向かうなら、私たちは気を付ける必要があります。
教えや生き方、考え方が正しいかどうか見極める時に、まず問うべきことは、「それは私を神へ近づけるだろうか」なのです。
3. 偽りは近しいところからやって来る
申命記13章では、兄弟、妻、親しい友人が神から離れるよう誘う場面が語られます。
申命記 13:6 あなたと母を同じくする兄弟、あるいはあなたの息子、娘、あるいはあなたの愛妻、あるいはあなたの無二の親友がひそかにあなたをそそのかして、「さあ、ほかの神々に仕えよう」と言うかもしれない。これはあなたも先祖たちも知らなかった神々で、
13:7 地の果てから果てまで、あなたの近くにいる、あるいはあなたから遠く離れている、あなたがたの周りのあらゆる民の神々である。
ここで神が教えておられることは、偽りは遠くからではなく、身近なところから来るということです。
だから神の民は、「誰が言ったのか」ではなく、「何が語られているのか」を見極めなければなりません。
たとえ親しい人であっても、尊敬する人であっても、神の言葉から離れる方向へ導くなら、それは真実ではありません。
4. 真実を守るために共同体が与えられた
14〜17章に入ると、話題が変わったように見えます。
十分の一、裁判、祭司、王、共同体の秩序など、律法についての話に戻るのです。
しかし実はテーマは変わっていません。
律法は全て、神さまの心を知るための助けという話を申命記の最初にしましたね。
律法は、真実を守るための仕組みなのです。
人は一人では判断を誤ります。
だから神は共同体を与えられました。
神の民は、それぞれが自分の価値観や信条に従って、勝手に真実を決める集団ではありません。
共に神の言葉を聞き、共に神を恐れ、共に歩む共同体なのです。
5. 今日の私たちへの問いかけ
私たちの時代にも、多くの声があります。
SNSの声、世の中の価値観、成功哲学、影響力のある人々、さまざまな教え。
しかし神は今日も問われます。
「それは私を神に近づけるだろうか」それとも「神から離そうとしているだろうか。」
真実を見極めるとは、たくさん勉強して情報を精査することとは限りません。
神との距離を測ることです。
まとめ
申命記13〜16章は、神の民に与えられた「真実を見極める訓練」です。
- 奇跡が真実を決めるのではない
- 人気が真実を決めるのではない
- 権力が真実を決めるのではない
真実とは、人を神に近づけるものです。
だから私たちは、何かを信じる前に、何かに従う前に、何かを選ぶ前に、こう問い続けたいと思います。
「これは私を神に近づけるだろうか。」その問いを持ち続けることが、神の民として真実を歩む道なのです。
祈りましょう。

