旧約聖書篇5: 預言者たちの時代 (北イスラエル王国編) 列王記/歴代誌~預言書
目次
- 1 イスラエルはどうして分裂する事になったのか?
- 2 分裂後の北イスラエル王国
- 2.1 ① ヤロブアム(BC931-BC910) 22年間 (I列王記12:25-14:20)ヤロブアム1
- 2.2 ② ナダブ(BC909-BC908) 2年間(I列王記15:25-31)-ヤロブアム2
- 2.3 ③ バアシャ(BC909-BC886) 24年間(I列王記15:27-16:6)-バアシャ1
- 2.4 ④ エラ(BC886-BC885) 2年間(I列王記16:8-10)-バアシャ2
- 2.5 ⑤ ジムリ(BC885) 7日間(I列王記16:10-20)ジムリ1
- 2.6 ⑥ オムリ(BC885-BC874) 12年間(I列王記16:21-28)オムリ1
- 2.7 ⑦ アハブ(BC874-BC853) 22年間(I列王記16:29-22:40)オムリ2
- 2.8 ⑧ アハズヤ(BC853-BC852) 2年間 (I列王記22:51-II列王記1:1-18)オムリ3
- 2.9 ⑨ ヨラム(BC852-BC841) 12年間 (II列王記3:1-9、24)オムリ4
- 2.10 ⑩ エフー(BC841-BC814) 28年間 (II列王記9:1~10:36) エフー1
- 2.11 ⑪ エホアハズ(BC814-BC798) 17年間 (II列王記13:1~9) エフー2
- 2.12 ⑫ ヨアシュ(BC798-BC781) 16年間 (II列王記13:10~14:16) エフー3
- 2.13 預言者ヨナ:
- 2.14 ⑬ ヤロブアム2世(BC793-BC753) 41年間 (II列王記14:23~29) エフー4
- 2.15 預言者ホセア:
- 2.16 預言者アモス:
- 2.17 ⑭ ゼカリヤ(BC753)6か月 (II列王記15:8~12) エフー5
- 2.18 ⑮ シャルム(BC753)1か月 (II列王記15:13~15) シャルム1
- 2.19 ⑯ メナヘム(BC752-BC742) 10年間 (II列王記15:16~22) メナヘム1
- 2.20 ⑰ ペカフヤ(BC741-BC740) 2年間 (II列王記15:23~26) メナヘム2
- 2.21 ⑱ ペカ(BC740-BC732) 20年間 (II列王記15:27~31) ペカ1
- 2.22 ⑲ ホセア(BC732-BC722) 9年間 (II列王記17:1~41) ホセア1
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イスラエルはどうして分裂する事になったのか?
→ソロモンの罪が原因である。
I列王記 11:11 そのため、【主】はソロモンに言われた。「あなたがこのようにふるまい、わたしが命じたわたしの契約と掟を守らなかったので、わたしは王国をあなたから引き裂いて、あなたの家来に与える。
11:12 しかし、あなたの父ダビデに免じて、あなたが生きている間はそうしない。あなたの子の手から、それを引き裂く。
11:13 ただし、王国のすべてを引き裂くのではなく、わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与える。」
ソロモンの罪とは・・・
神様から離れ、女たちの言葉に耳を貸して偶像崇拝・多神教に走った事。
富や権力に心を奪われて、浪費し、税金を釣り上げて国民に苦役をもたらした事。
常に問題として内包していた部族間の不仲。
ソロモンは、自分が属するユダ部族からは税金を徴収せず、その分を他の部族に負わせていた。
ソロモン王の力と栄光によって抑えつけられていた人たちの不満は、ソロモンがいなくなるとともに一気に膨れ上がっていった。
分裂後の北イスラエル王国
① ヤロブアム(BC931-BC910) 22年間 (I列王記12:25-14:20)ヤロブアム1
ヤロブアムは、もともと建築の仕事に携わっており、エルサレムの北側にあるミロと呼ばれる要塞を建築する際に責任者となっていたが、その手腕をソロモン評価されエフライム族とマナセ族を管理する役人となった。
ある日ヤロブアムの前に白の預言者アヒヤという人物が現れ、イスラエルの12部族の内、10部族が与えられると告げられる。
ヤロブアムが神様と共に歩む限り、彼には祝福が与えられるという約束がされた。
I列王記 11:38 もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように、確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える。
もしもヤロブアムが、神様の御心にかなう統治をしていたら、イスラエルとユダは統治者が違っても、協力し合って神様の御心をなす二つの国となっていったかもしれない。
しかし、ヤロブアムは王になるとすぐに神様に背いたのである。
1:シェケム、ぺヌエルを再建し、首都を作った。
それによって、自分たちはユダ王国とは違うという事を明確にし、ユダ王国との確執を広げた。
2:エルサレムに神殿があり、人々がそこに礼拝を捧げに行く限り、本当の権威を握る事はできないと考え、北イスラエル王国領内であるベテルとダンに新たな礼拝の場所を作った。(I列王記12:20~30)
ベテルはヤコブが御使い達の夢を見た特別な場所として考えられていた。
ダンは士師の時代からダン部族が祭壇を作り、礼拝を捧げていた場所。
そこで礼拝の対象とされたのは、モーセがシナイ山に登っている間にアロンが作らせた金の子牛だった。
※ 金の子牛は、バアルの象徴でもあり、それ自体が偶像として崇められたという説と、金の子牛はヤハウェの乗りものであり、姿形のない神様を表現にするために金の子牛があるとする説もある。
いずれにしても、それは神様の御心に適うものではなく、偶像である。
3:高きところの宮を建てた。(I列王記12:31)
高き所とは?:カナンの時代からいけにえを捧げる場として使われていた祭壇。
神殿が建てられるまでは、イスラエルでも祭壇として用いられていた(I列王記3:3)が、神殿建造後は不要となった。
しかし、偶像崇拝者たちによって用いられ続け、多神教的信仰を増加させるきっかけとなった。
4:勝手に祭りの日にちを変えた。
仮庵の祭りを、自分の都合によって1か月遅くし、第8の月の15日にした。
5:レビ人ではない人たちを、勝手に祭司として任命した。
預言者アヒヤは、ヤロブアムの神様への背きのために、この様に宣告する。
I列王記 14:7 行って、ヤロブアムに言いなさい。イスラエルの神、【主】はこう言われる。『わたしは民の中からあなたを高く上げ、わたしの民イスラエルを治める君主とし、
14:8 ダビデの家から王国を引き裂いて、あなたに与えた。しかしあなたは、わたしのしもべダビデのようではなかった。ダビデはわたしの命令を守り、心を尽くしてわたしに従い、ただ、わたしの目にかなうことだけを行った。
14:9 ところがあなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。
14:10 だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。イスラエルの中の、ヤロブアムに属する小童から奴隷や自由な者に至るまで絶ち滅ぼし、人が糞を残らず焼き去るように、ヤロブアムの家の跡を除き去る。
ヤロブアムの罪は、神様の命じたことに従うのではなく、宗教的な行いを自分たちの都合のいいように変えてしまった事であり、他の多くの王たちにとっても便利な方法だった。
わたし達も、イエス様への信仰を持っているかもしれない。
しかし、自分が中心となり、神様を自分のために利用しているだけだったとしたら、それはヤロブアムの罪と同じである。
ヤロブアムによって始められた罪の慣習は、ヤロブアムの道として後の世代にも引き継がれてしまう。
「~王も“ヤロブアムの道”を歩んだ」という言い回しは、列王記の中で20回も出てくる。
ヤロブアム以降18人いたイスラエルの王の内、15人が“ヤロブアムの道”を歩んだと言われ、書かれなかった残りの3人は、王としての活動期間が短かったので(それぞれ1年、1週間、1か月)書くまでもなかったというだけの事だった。
それくらい、この罪は大きな影響をもってイスラエルに残ることになる。
最終的には、これによってイスラエルは神様の怒りを受け、捕囚されることになる。
② ナダブ(BC909-BC908) 2年間(I列王記15:25-31)-ヤロブアム2
ヤロブアムの後子供のナダブが後をついで王となったら、わずか2年でバアシャによる反乱によって終わってしまった。
預言者アヒヤが「ヤロブアムは神様の御心に従わなかったので、次の代で終わる」と宣告された通りだった。
③ バアシャ(BC909-BC886) 24年間(I列王記15:27-16:6)-バアシャ1
バアシャは反乱を起こしナダブから王位を奪い取った(首都をティルツァに移した)が、ヤロブアムと同じ偶像崇拝の罪の道を進んだ。
ハナニの子預言者エフーによってこの様に伝えられた。
I列王記 16:1 そのとき、ハナニの子エフーに、バアシャに対する次のような【主】のことばがあった。
16:2 「わたしは、あなたをちりから引き上げ、わたしの民イスラエルの君主としたが、あなたはヤロブアムの道に歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させ、その罪によってわたしの怒りを引き起こした。
16:3 今、わたしはバアシャとその家を除き去り、あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにする。
④ エラ(BC886-BC885) 2年間(I列王記16:8-10)-バアシャ2
首都ティルツァで、王宮のつかさアルツァの家で宴会をして酔いしれていた時、戦車隊隊長のジムリが謀反を起こし、殺害された。
⑤ ジムリ(BC885) 7日間(I列王記16:10-20)ジムリ1
ジムリが謀反を起こした時、イスラエルはペリシテ人との戦いのためにギベトンを包囲していた。
その時の将軍オムリは、ジムリが謀反を起こした事を聞きつけるとギベトンの包囲を解き、取って返して首都ティルツァを包囲した。
戦車隊半分の隊長でしかなかったジムリは、将軍の戦力の前に太刀打ちできず、わずか7日間の天下となった。
⑥ オムリ(BC885-BC874) 12年間(I列王記16:21-28)オムリ1
オムリがジムリを殺しティルツァを占領した後、北イスラエル王国の民はオムリにつく側と、ティブニに従う者とに分裂した。
やがてティブニが死ぬと、オムリが北イスラエル王国の国王となった。
オムリは銀2タラントで、シェメルからサマリアの山を買い、その山に町を作って新しい首都とした。
新しい町はサマリアと名づけられたが、それまでのティルツァよりも攻めにくく、オムリの将軍としての手腕が政治的にも発揮された。
その後サマリアは、BC722年にアッシリア帝国によって滅ぼされるまで、難攻不落の町として知られるようになった。
⑦ アハブ(BC874-BC853) 22年間(I列王記16:29-22:40)オムリ2
アハブは、旧約聖書の中でも最悪の王として知られ、「オムリの子アハブは、彼以前のだれよりも主の目の前に悪を行なった。」と3度も記されている。(16:30、33、21:25)
アハブの罪とは、主に以下の3つだった。
1.異教の王の娘、イゼベルを妻とした。
2.イゼベルとの結婚によって、バアル礼拝をイスラエルに導入した。
3.アハブは真の神の預言者を迫害し、多くの預言者を殺害した。
一方で、国王としてのアハブはイスラエルに繁栄をもたらした王でもあった。
アハブ王はサマリアに壮大な宮殿と城砦を建てた。
当時強力な軍隊を持っていて、イスラエルはアハブの時代、経済的、軍事的にはとても強かった時代でもある。
この様な繁栄をもたらした理由として以下の事が考えられる。
1. シドン出身のイゼベルと結婚した事によって、フェニキヤ人との友好関係を進め、フェニキヤとの通商によって多くの利益を得た。
2. モアブを征服し、モアブから重い貢物を取り立てた。(II列王記3:4)
3. 娘アタルヤを南ユダ王国に嫁がせる事によって、ユダ王国との友好関係も結び、平和を回復した。南からの脅威を取り除く事によって、北の脅威であるシリヤに対抗する力をたくわえる事ができた。
人間的に見れば賢くて平和と繁栄をもたらしたように見えるが、これによってイスラエルとユダはバアル信仰の大きな影響を受けてしまい、神様との関係が決定的に悪くなってしまった。これが最終的なイスラエルの滅亡につながっている。
アハブ王の時代に活躍した預言者が、旧約聖書時代の預言者を代表するエリヤだった。
干ばつや飢饉、450人のバアルの預言者との対決の際には炎が降り注ぐなど様々な奇跡が起こったがその後うつ状態になり、ホレブ山で神さまの導きを受けて回復する。
その後、エリヤは炎の戦車に乗って生きたまま天に挙げられ、その後を弟子のエリシャが継ぐこととなった。
エリヤとエリシャの違い
・ エリヤはギルアデの荒野に近い貧しい地域の出身。エリシャは豊かな家の出身。
・ エリシャが預言者として活躍したのは、エリヤより長期間だった。
エリヤは23年以内(ほとんどがアハブの時代)。エリシャの活躍は50年以上(アハブの後半からヨアシュの時代まっで)に及ぶ。
・ エリヤは荒野や村落に住んだ。エリシャは町中で住んだ。
・ エリヤは激情の人であり勇気と絶望の間を行き来した。一方で自己抑制の出来た穏やかな気質の人として描かれている。
・ エリヤはバプテスマのヨハネの型。(ルカ1:17、マタイ11:14など)エリシャはキリストの型。(数々の奇跡や状況から。)
エリシャの奇蹟(10の奇蹟)
1. 預言者のやもめのための油の奇蹟。(II列王記4:1-7)
2. エリシャを世話したシュネム人の女に子供を与え、その子供を蘇らせる。(II列王記4:8-37)
3. 弟子たちのために、野生のうりの毒を消す奇跡。(II列王記4:38-41)
4. 大麦のパン20個と、1袋の新穀で100人の人たちに食べ物を与える奇蹟。(II列王記4:42-44)
5. ナアマン将軍のツァラアトを癒す奇跡。(II列王記5:1-19)
6. 弟子のゲハジが金銭への欲のために、ツァラアトになる奇蹟。(II列王記5:20-27)
7. 斧の頭を浮かせる奇蹟。(II列王記6:1-7)
8. アラムの軍隊の目をくらませてサマリヤに導く奇蹟。(II列王記6:8-23)
9. サマリヤをアラムの大軍の包囲から救う奇蹟。(II列王記6:24-7:20)
10. シュネムの女が王から家と畑を返却される物語。(II列王記8:1-6)
⑧ アハズヤ(BC853-BC852) 2年間 (I列王記22:51-II列王記1:1-18)オムリ3
アハブの失敗と悲惨な死を見てもなお、悔い改めることなくバアルに仕え、ヤロブアムの道を歩んだ。
アハズヤはその後部屋の欄干から落ちて重体に陥った。
そこで部下たちをエクロンの神バアル・ゼブブの神殿に行って、自分が癒されるかどうか尋ねるように命じる。
しかし、その途中で主の御使いからメッセージを預かったエリヤと出会い、真の神ではなくバアル・ゼブブに頼ろうとした事によってもうすぐ死ぬと告げられる。
このようにして、王になってわずか2年でアハズヤは死んだ。
⑨ ヨラム(BC852-BC841) 12年間 (II列王記3:1-9、24)オムリ4
南ユダ王国ヨシャパテの支援を受け、エドムとも連合を組み、死海南端を7日間行軍。
アハズヤの時代に反乱を起こしたモアブを押さえるためである。
エリシャの助けを得てモアブを倒すものの最後の一歩でモアブを完全に隷属させる事ができなかった。
アラムの王ハザエル(エリヤに与えられた神様の約束の中にあった油を注ぐように命ぜられていた王。エリシャによって油が注がれる。)との戦いで負傷し、療養のためにイズレエルに滞在中、見舞いに来ていたユダの王アハズヤと共にエフーに殺害される。(II列王記8:29、9:15-24)
* アハズヤ、ヨラムは実質的にはイゼベルが背後で糸を引く操り人形でしかなかった。
イスラエルからバアル信仰を取り去るためには、イゼベルを倒す必要があった。
イゼベルを倒し、イスラエルからバアル信仰を抹殺するために選ばれ、油注ぎを受けたのが次の王エフーである。
⑩ エフー(BC841-BC814) 28年間 (II列王記9:1~10:36) エフー1
エリヤがイゼベルを恐れて逃げ出し、燃え尽きていた時、神様がエリヤにした約束に出てきた名前。
I列王記 19:15 【主】は彼に言われた。「さあ、ダマスコの荒野へ帰って行け。そこに行き、ハザエルに油を注いで、アラムの王とせよ。
19:16 また、ニムシの子エフーに油を注いで、イスラエルの王とせよ。また、アベル・メホラ出身のシャファテの子エリシャに油を注いで、あなたに代わる預言者とせよ。
19:17 ハザエルの剣を逃れる者をエフーが殺し、エフーの剣を逃れる者をエリシャが殺す。
凶暴な男。
エリシャの弟子の預言者によって油注ぎを受けると、すぐにヨラムを殺し、たまたまそこに居合わせた南ユダ王国のアハズヤ王も殺し、さらにそのままの勢いでイゼベルを殺した。
さらにエフーは、民を集めてこの様に宣言した。
II列王記 10:18 エフーはすべての民を集めて、彼らに言った。「アハブは少ししかバアルに仕えなかったが、エフーは大いに仕えるつもりだ。
10:19 だから今、バアルの預言者や、その信者、およびその祭司たちをみな、私のところに呼び寄せよ。一人も欠けてはならない。私は大いなるいけにえをバアルに献げるつもりである。列席しない者は、だれも生かしてはおかない。」エフーは、バアルの信者たちを滅ぼすために、策略をめぐらしたのである。
このようにして集まったバアル信仰者や、真の神様への信仰よりも権力者を恐れる人々を一網打尽にして皆殺しにした。
ウソをつき、多くの血を流したエフーだったが、それでも神様は評価している。
II列王記 10:30 【主】はエフーに言われた。「あなたはわたしの目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行ったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に就く。」
では、エフーは正しい人間だったかと言えばそうではない。
II列王記 10:31 しかしエフーは、心を尽くしてイスラエルの神、【主】の律法に歩もうと心がけることをせず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪から離れなかった。
10:32 そのころ、【主】はイスラエルを少しずつ削り始めておられた。ハザエルがイスラエルの全領土で彼らを打ち破ったのである。
1. エフーは、バアルを倒すという目的に目を奪われすぎて、手段を間違えた。
わたし達も、目的を求めていくあまり、手段で失敗することがある。
学歴という目的のために遊びや友達をないがしろにし、東大卒だけどニートという事になってしまう。
家庭を支えるという目的のために仕事を頑張りすぎて、家族との関係を蔑ろにし、崩壊させてしまうという事になる。
教会の成長と繁栄という目的のために、教会がカルト化してしまう。
牧師やミニスターとして働きのために、一生懸命教会員を愛し、そのために一番身近な隣人である家族を犠牲にしてしまう。
わたし達は、目的を求めすぎるあまり、結局神様の御心から外れてしまうという事もありうる。
2. 動機を間違えてしまった
エフーは、王としての権力を手にするための手段として、神様から与えられたバアル撃退という使命を利用した。自分の栄光のために、神様からの使命を利用したのである。
私達も、この様に神様を利用してはいないだろうか?
自分の願いを叶えてもらうために祈り、良い事をする。
祝福された人生を送りたいから、神様を信じる。
それは本当の信仰から来たものではなく、自分の利益のために神様を利用しているにすぎない。
神様は、そんな事はわかっていても私たちを受け入れて下さる。
しかしそれでは、わたし達が本当の喜びを味わう事は決してできない。
本当の喜びは、願いの実現ではなく、神様と共にある。
⑪ エホアハズ(BC814-BC798) 17年間 (II列王記13:1~9) エフー2
エホアハズもまた、ヤロブアムの道を歩んだ。
神様の怒りが燃え上がり、イスラエルはアラムとの戦いの中で勝利を得る事ができなかった。
しかし、エホアハズが悔い改めて主に祈ったので、神様は助けの手を伸ばした。
II列王記 13:5 【主】がイスラエルに一人の救う者を与えられたので、彼らはアラムの支配を脱した。こうしてイスラエル人は以前のように、自分たちの天幕に住むようになった。
一人の人とは、エホアハズの次のヨアシュか、その次のヤロブアム2世の時代にアッシリア帝国のアダド・ニラリ3世の助けによってアラムを倒したので、その3人の内のどれかだと思われる。
これは士師記の時代と同じ書かれ方で、人々が求めていた王がイスラエルを治めるようになっても、結局は同じ問題がいつもイスラエルと共にあった事を意味している。
人の罪は、神様から離れ、問題が起ると悔い改めて神様に立ち返り、神様は助け船を出す。
いつでもこのような神様の贖いの元に、わたし達は生きている事ができる。
⑫ ヨアシュ(BC798-BC781) 16年間 (II列王記13:10~14:16) エフー3
ヨアシュもまたヤロブアムの道を歩んだ。
しかし、アラム王国の弱体化によって、何とか生き延びる事ができた。
列王記ではヨアシュの次のヤロブアム2世の話しの中でヨナの名前が出てくるが、ヨナがニネベに行ったのはこの頃だと思われる。
預言者ヨナ:
ヨナは北イスラエルで預言者として生きた人物。
神の命令に背いたり、働きに結果ニネベが滅ぼされないことがわかると神に対して怒ったり、決して従順な預言者ではなかった。
しかし、神さまはそんなヨナにも語り掛け、救い、使命を与え、ヨナを通してニネベを救われた。
ヨナはヨアシュの子ヤロブアム2世に対しても妥協的な態度を取るが、決して従順とは言えないヨナを通して神さまの御業が起こることはとても興味深い。
記録として残されている史実を見ると、この頃のアッシリア王アダド・ニラリ3世(BC811-BC783)を始め、数代に渡って他国への侵略をやめている。
ヨアシュが預言者エリシャの元を訪れた時、ヨアシュに地面に矢を放つように命じた。
実質的に、これがエリシャの最後の預言のことばとなっている。
II列王記 13:18 それからエリシャは、「矢を取りなさい」と言ったので、イスラエルの王は取った。そしてエリシャは王に「それで地面を打ちなさい」と言った。すると彼は三回打ったが、それでやめた。
13:19 神の人は彼に激怒して言った。「あなたは五回も六回も打つべきだった。そうすれば、あなたはアラムを討って、絶ち滅ぼすことになっただろう。しかし、今は三回だけアラムを討つことになる。」
ヨアシュが何度も矢を放たなかったことをエリシャは叱責したが、イスラエルは実際に何度もアラムを倒すことになった。
それを可能にしたのは、アッシリア帝国のアダド・ニラリ3世がイスラエルに手を貸してアラムを攻撃したためである。
アッシリアが侵略をやめたのは弱体化したためだったと言われているが、このようにイスラエルのためには力を貸している。
アダド・ニラリ3世がユダヤ教に改宗したという記録はどこにもないが、彼の中で何か変化があったと考えた方がすべてのことに辻褄が合う。
⑬ ヤロブアム2世(BC793-BC753) 41年間 (II列王記14:23~29) エフー4
BC793-BC781までは父ヨアシュとの共同統治。
特に、ヤロブアム2世の統治となっていこうが、北イスラエル最大の繁栄時期となった。
イスラエルは相変わらず悪の道を進んでいたが、神様の憐れみによって最後の繁栄の時が与えられていた。
II列王記 14:26 イスラエルの苦しみが非常に激しいのを、【主】がご覧になったからである。そこには、奴隷も自由な者もいなくなり、イスラエルを助ける者もいなかった。
14:27 【主】はイスラエルの名を天の下から消し去ろうとは言っておられなかった。それで、ヨアシュの子ヤロブアムによって彼らを救われたのである。
牧者であり預言者でもあったアモスや、ホセアなどが活躍したのはこの辺りの時代。
ヨナの宣教のおかげもあってかアッシリア帝国の脅威が収まり、経済的には繁栄したこの時代に、イスラエルは滅びに向かって走り始めていることを伝えなければならなかった。
預言者ホセア:
1~3章:姦淫の女ゴメルとの結婚。不誠実な妻を赦し、結婚を修復せよという命令。
神とイスラエルの関係を象徴:不誠実なイスラエルを赦す神の愛
4~11章:神に礼拝を捧げながら、偶像も崇拝し、神ではなく他国の軍事力を頼りにするイスラエルの不信仰。
神の怒りとそれでも赦そうとする神の愛:放蕩息子を見守るの父の愛
12~14章:イスラエルが歴史の中で繰り返してきた不忠実への言及。
イスラエルの希望:神の愛がイスラエルを癒し、やがて神を心から愛する心を取り戻す
ホセア 14:9 知恵ある者はだれか。その人はこれらのことを悟れ。悟りのある者はだれか。その人はそれらのことをよく知れ。【主】の道は平らだ。正しい者はこれを歩み、背く者はこれにつまずく。
預言者アモス:
南ユダ王国の牧者だったアモスが、北イスラエルへの預言者となる。
1~2章:アラム、ペリシテ、フェニキア、エドム、アンモン、モアブ、南ユダ王国、北イスラエル王国への裁きの預言のことば。
3~6章:神に礼拝しながら正義をなさないイスラエルの偽善と、偶像崇拝の非難と糾弾。そして捕囚へと繋がるイスラエルへの裁き。
7~9章:主の日に起こる裁きのまぼろし。
しかし、裁きの中から救いがもたらされるメシヤの希望が描かれている
アモス 9:14 わたしは、わたしの民イスラエルを回復させる。彼らは荒れた町々を建て直して住み、ぶどう畑を作って、そのぶどう酒を飲み、果樹園を作って、その実を食べる。
9:15 わたしは、彼らを彼らの地に植える。彼らは、わたしが与えたその土地から、もう引き抜かれることはない。──あなたの神、【主】は言われる。」
⑭ ゼカリヤ(BC753)6か月 (II列王記15:8~12) エフー5
ヤロブアムの罪を離れなかった。
シャルムの反乱によって、わずか半年で治世は終わった。
⑮ シャルム(BC753)1か月 (II列王記15:13~15) シャルム1
反乱を起こしゼカリヤを倒して王となったシャルムは、わずか1カ月後にメナヘムによって暗殺されてしまった。
⑯ メナヘム(BC752-BC742) 10年間 (II列王記15:16~22) メナヘム1
ヤロブアムの罪を止めなかった。
彼の時代に、ティグラテ・ピレセル3世(別名プル)という強い王がアッシリア帝国の王となり、イスラエル滅亡のカウントダウンが始まった。
メナヘムは銀一千タラントという莫大な貢物をすることによって、辛うじて捕囚を逃れた。
⑰ ペカフヤ(BC741-BC740) 2年間 (II列王記15:23~26) メナヘム2
彼の侍従、ペカによって暗殺された。
⑱ ペカ(BC740-BC732) 20年間 (II列王記15:27~31) ペカ1
ペカは、アッシリアに対する従属政策に反対し、ペカフヤを打ち破って王となった。
イスラエルは弱体化し、アラムやエドムが相次いで独立。
アッシリアに対抗するためにアラムと同盟を結んだものの、アッシリア帝国には打ち勝てなかった。
⑲ ホセア(BC732-BC722) 9年間 (II列王記17:1~41) ホセア1
クーデターを起こして王となったホセアは、アッシリアに抵抗する機会をうかがっていた。
エジプトのソ王に援助を求めるが、アッシリアのシャルマヌエセル王はサマリアを包囲、ホセアを捕えてしまう。
その後王のいないままサマリアは3年間抵抗を続けるが、ついにBC721年、サマリアは陥落。アッシリア帝国による捕囚が始まる。
ヤロブアムの反乱によって分裂して以降120年間続いた北イスラエル王国は、9回も王朝を変えた末ついに滅びてしまった。
このような結末にならないように、神様はモーセの時代から警告していた。(レビ記26:14-39、申命記28:62-68)
にもかかわらず、警告されていた通りの結果となってしまったのは残念だが人の罪の根深さを表している。
だからこそ、我々は神様の憐れみを必要としていて、イエス様の十字架以外には救いがないという事に行きつく事ができる。
