旧約聖書編6: 預言者たちの時代 (南ユダ王国編) 列王記/歴代誌~預言書

目次

善王と悪王

ユダの王たちに関しては、それが良い王だったか、悪い王だったかがひとつの着眼点となる。
全てが悪王だった北イスラエル王国に比べ、南ユダ王国には8人の善王(アサ、ヨシャパテ、ヨアシュ、アマツヤ、ウジヤ、ヨタム、ヒゼキヤ、ヨシヤ)がいたとされる。

何が善であり、何が悪なのか?
それは、政治的な手腕や、国土を広げたか、経済的に成功したかの業績ではなく、神様との関係による。
こと、イスラエルにおいては、神様との良い関係を持っていた王は善王であり、神様との関係が悪かった王、偶像崇拝に走ってしまった王は悪い王だという事ができる。

イスラエルにとっての王とは、神様であった。(サムエル記の時代から)
王の役割は、国民を神様のもとに導くことであり、王である神様の役割を地上で、目に見える形であらわす事である。
その王が目的を失ってただの権力者となったのでは、本来の役割を果たすことができない。

分裂後の南ユダ王国

① レハブアム 17年間 (I列王記12:1-19、14:21-31)

悪王。ソロモンとアモン人ナアマとの間の子。
41歳で即位したが、長老たちよりも友人の意見を尊重して愚かな選択をし、イスラエル分裂の直接的な引き金となった。
治世の初め3年間は軍備を強化し、エルサレムでの礼拝に力を入れたが、次第に贅沢をするようになり、多くの妻(妻18人、そばめ60人)をもち、異教の習慣が入り込んで信仰を失ってしまった。
まさに、父ソロモンの廉価版となった。

治世5年目にはエジプトのファラオ・シシャクがエルサレムに攻め上り、主の宮と宮殿の財宝を奪って行ってしまった。(I列王記14:25~27)
ソロモンが築いた栄華は、次の代にはもう失われてしまったのである。

② アビヤム 3年間 (I列王記15:1-8)

悪王。レハブアムと、アブシャロムの娘マアカとの間の子。
アビヤムは父レハブアムと同じ罪を犯した。
ヤロブアムとの間には常に争いがあり、最後にはヤロブアムに大敗する形となり終わる。

③ アサ 41年間 (I列王記15:9-24)○

善王。I列王記 15:14 高き所は取り除かれなかったが、アサの心は生涯、【主】とともにあり、全きものであった。
しかし、列王記には書かれていない、歴代誌の記事を読むと、晩年は信仰が弱くなっていたことがわかる。

ユダ王国にはびこっていた神殿娼婦を国から追放し、偶像を取り除いた。
クシュ人(エチオピア)の強力な軍隊(100万人の歩兵と300の戦車。イスラエルの戦力は60万人くらい。)が攻め込んできた時は、アサ王は信仰を持って祈り、勝利をおさめる事ができた。

II歴代誌14:11 アサは自分の神、【主】を呼び求めて言った。「【主】よ、力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたには変わりはありません。私たちの神、【主】よ、私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に向かって来ました。【主】よ、あなたは私たちの神です。人間が、あなたに力を行使することのないようにしてください。」

しかし後に、北イスラエル王国のバシャ王が攻めてきた時には、忠告する預言者オデデの子アザルヤの声に耳を貸そうともしなかった。
それによって、確かにバシャとの戦いを避けることができたが、本来の敵であるはずのアラムを倒す機会を失ってしまう。
このことに関して、ハナニの子エフーという予見者(預言者)がこのように伝えた。

II歴代誌 16:8 あのクシュ人とルブ人は大軍勢ではなかったでしょうか。戦車や騎兵は非常に多くはなかったでしょうか。しかし、あなたが【主】に拠り頼んだとき、主は彼らをあなたの手に渡されたのです。
16:9 【主】はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。あなたは、このことについて愚かなことをしました。これから、あなたには数々の戦いが起こるでしょう。」

それを聞いたアサは激怒してエフーを閉じ込め、神様に背いてしまう。
後に足の病気になった後も、アサは神様ではなく、医者に頼ろうとする。

II歴代誌16:12 アサはその治世の第三十九年に、両足とも病気になった。それは非常に重かったが、その病気の中でさえ、彼は【主】を求めず、医者を求めた。

アサ王の心はいつも神様とともにあったと伝えられているが、最終的には神様ではなく人間の力に頼ってしまった。

④ ヨシャパテ 25年間 (I列王記15:24、22:1-50)○

善王。『主はヨシャパテとともにおられた。』(II歴代誌 17:3)
アサ王と同じように、偶像崇拝を取り除いた。
更に、国中に祭司たちを送り、人々に神様の事を教えさせた。

ヨシャパテの失敗:
北イスラエル王国との関係も回復しようとして、自分の子供と、北イスラエル王国の悪王アハブの娘とを結婚させた。
しかし、それは結果的にバアル信仰の種をユダに広げることとなり、最終的にはユダ王国を滅ぼすきっかけともなった。

⑤ ヨラム 8年間 (II列王記8:16-24)

アハブの娘アタルヤを妻とした事が彼の人生を狂わせた。
6人の兄弟たちを皆殺しにし、バアルをユダ王国に広めた。

⑥ アハズヤ 1年間 (II列王記8:25-29、9:27)

実質的には母アタルヤによる傀儡政権。
療養中の、イスラエルの第9代王ヨラムの見舞いのためにイズレエルに滞在中、エフーが反乱を起こし巻きこまれて死んでしまう。

⑦ アタルヤ 6年間 (II列王記11:1-20)

II列王記 11:1 アハズヤの母アタルヤは、自分の子が死んだと知ると、ただちに王の一族全員を滅ぼした。

ダビデの子孫を全て抹殺し、自分がユダ王国の女王となった。

ダビデ契約によって、メシヤはダビデの子孫から生まれるはずだった。
アタルヤがダビデの子孫を全て殺してしまったら、メシヤは地上に生まれる事はない。
それこそまさに、悪魔の狙い。
神の計画は途絶え、人類救済の計画は失敗に終わってしまう事になる。

II列王記 11:2 しかし、ヨラム王の娘で、アハズヤの姉妹のエホシェバは、殺される王の子たちの中からアハズヤの子ヨアシュをこっそり連れ出し、寝具をしまう小部屋にその子とその乳母を入れた。人々が彼をアタルヤから隠したので、彼は殺されなかった。

このようにして、あわやと言うところでアハズヤの末の息子であろうヨアシュは、殺戮の中を救いだされて、彼の叔母エホシェバと、祭司である夫のエホヤダによってかくまわれた。
ダビデの子孫は、こうして首の皮一枚で残された。
その後、ユダ王国は6年間の間アタルヤの支配の中で苦しむが、ヨアシュが7歳になった時ユダ王国の真の王として油を注がれて即位すると、人々は歓喜してアタルヤを剣で殺してしまった。

⑧ ヨアシュ 40年間 (II列王記12章)

ヨアシュは7歳で王となり、40年間の治世があった。
ヨアシュが若かったころは、父代わりに育てた祭司エホヤダが彼の後見人となった。
しかし、やがてエホヤダが死ぬと途端に神様に背くようになってしまった。

⑨ アマツヤ 29年間 (II列王記14:1-20)

父ヨアシュを暗殺した人々を捕え殺した。
エドムに攻め上って勝利したものの、持ち帰った偶像を崇拝するようになり、身を滅ぼすこととなる。
イスラエルのヨアシュ王に敗れ、数年間囚われの身として生活した。

⑩ ウジヤ 52年間 (II列王記15:1-7)

アマツヤが捕えられていた間、代理として国を治める。
アマツヤの死後、17年間国を治めるが、ツァラアトにかかりヨタムが事実上の摂政者となる。

⑪ ヨタム 16年間 (II列王記15:32-38)

ウジヤの良い部分だけを学んで善い政治を行った。
16年の内の12年間は、ウジヤとの共同統治。

⑫ アハズ 16年間 (II列王記16:1-20)

下火になりかけていた偶像崇拝を復活し、神様に背いた。
イスラエルのペカ王とアラムのレツィン王が攻め上った時、イザヤが神様の守りがある事を伝えたが、アハズはあえてそれを拒否して、アッシリア帝国に助けを求めた。
それがひとつのきっかけとなって、後にユダ王国もアッシリア帝国に苦しむ事になる。

⑬ ヒゼキヤ 29年間 (II列王記18:1-20:21)

ヒゼキヤが25歳で王となった時、父アハズの制作によってユダ王国はアッシリア帝国の属領となっていた。しかし、厳しい条件の中で国力を増強し、宗教的な自由も勝ち取った。
具体的には、偶像崇拝を廃止し、宮をきよめ、過ぎ越しの祭りを復活し、高き所を打ち壊し、偶像を徹底的に取り除いた。

バビロニア、エジプトがアッシリアに対して反乱を起こすと、ヒゼキヤもそれに押される形で反乱国側についた。しかし反乱軍側が敗北し、BC701年にはユダ王国の46の街が占領され、多くの民がアッシリアに連行されている。

ヒゼキヤはセンナケリブに引き上げてくれるようにと頼み、課せられた銀三百タラントと金三十タラントを支払うがかえって裏切られ、センナケリブは大軍を率いてエルサレムに上ってきた。このときのセンケナブの記録によると、ヒゼキヤを籠の鳥のようにエルサレムに閉じ込めたとされている。

ヒゼキヤはエルサレムの明け渡しを要求されるが、これを断ると、センナケリブはエルサレムに入城することなく、軍を撤退させた。このとき、ユダ王国の預言者イザヤは、敵がこの街に入る事は無いと預言している。実際の撤退の理由は不明であるが、旧約聖書中ではヤハウェの使者がアッシリアの陣営の18万5000人を殺害したとされている。この逸話と信仰深かったヒゼキヤの人物像が重なり、旧約聖書では最高の名君であったと記されている。最後の14年の治世は事も無く過ぎ、死にあたってはすべてのユダとイスラエルの住民が敬意を表したとされている。

預言者ミカ:

北イスラエル王国、南ユダ王国の両方が揃っていたギリギリの時代(アハズ、ヒゼキヤの時代)にユダ王国に仕えた預言者。イスラエルやユダがどれほど不正を行い、性的にも信仰的にも道徳にも乱れた状態だったかを暴き出している。

北イスラエルがアッシリア帝国に滅ぼされることを預言した。
人々は、「神が、選ばれた民である私たちを守ってくださるに違いない」と信じていたが、神の守りはないことを宣言した。(ミカ2:6-3:4)
続いてミカは、アッシリア帝国の後にバビロン帝国が来て、ユダの人々を連れていくが、やがて解放されて帰ってくることを預言する。(ミカ4:8-13)

アブラハムに約束された様にイスラエルが世界の祝福となるためには、イスラエルは神に従うものでなければならない。イスラエルに下される裁きは彼らを滅ぼすためのものではなく、整えるためのものである。

ミカ 6:8 主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、【主】があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。

預言者イザヤ:

北イスラエル王国と南ユダ王国の両方にメッセージを届けた預言者。
ミカと同じく、北イスラエル王国末期に活躍した。

第1イザヤ:

1~39章は、北イスラエルへの裁きによる滅亡、南ユダ王国の裁きのために捕囚され、帰還することまでが預言されている。
具体的にはアハズとその次の王ヒゼキヤに対する非難の言葉が記されている。

第2イザヤ:

40~63章は、捕囚が終わりこれからユダヤの人々がエルサレムに帰還するという希望について記されている。
イザヤが活躍した時代から150年以上未来となる捕囚以降の時代のことがあまりにも鮮明に記されいている。(ペルシャのキュロス王の名前まで出てくる)
神さまが鮮明にユダヤの未来を見せ、イザヤがそれを記したと考えることもできる一方で、これはのちの時代にイザヤの弟子たちによって記されたものであると考えることもでき、このパートは第2イザヤと呼ばれている。

また、自由主義神学の立場では、56章以降をさらに後の預言者によるものとし、第3イザヤと呼んでいる。
死海写本ではイザヤは1~66章までひとつの書とされており、全てがBC8世紀のイザヤ本人の預言である可能性も十分にありうる。

⑭ マナセ 55年間 (II列王記21:1-18)  ※

ヒゼキヤが壊した偶像を直し、ヒゼキヤの宗教改革を全て台無しにして元に戻してしまった。
このマナセの罪によって、ユダ王国の滅亡が決定的なものとなっていく。
途中、マナセはバビロンによって囚われの身となり、それをきっかけとして悔い改める。

II歴代誌 33:15 さらに、彼は主の宮から外国の神々と偶像、および、彼が主の宮のある山とエルサレムに築いたすべての祭壇を取り除いて、町の外に投げ捨てた。

ここまでしても、マナセの罪のためにユダへの裁きは変わる事がなかった。

II列王記 23:26 それにもかかわらず、マナセが主の怒りを引き起こしたあのいらだたしい行ないのために、主はユダに向けて燃やされた激しい怒りを静めようとはされなかった。

II列王記 24:3 ユダを主の前から除くということは、実に主の命令によることであって、それは、マナセが犯したすべての罪のためであり、
24:4 また、マナセが流した罪のない者の血のためであった。マナセはエルサレムを罪のない者の血で満たした。そのため主はその罪を赦そうとはされなかった。

マナセは悔い改めたのに、なぜその罪は赦されないのか?
いや、マナセ個人の罪は赦されただろう。
しかし、マナセによって再び広められた偶像崇拝が、それほどまでに深刻にユダの民に影響を与えていたという事である。
王の決断は、それほどまでに大きな影響をもっていた。
だからこそ、王の神様との関係がとても重要なのである。

預言者ナホム:

ナホム自身のことは、ユダのエルコシュ出身の預言者ということしか分からない。
ニネベとアッシリア帝国の滅亡について預言している。

ナホムの活動時期に関しては手掛かりが少ない。
アッシリア帝国の滅亡はBC612年なので、それ以前だと思われる。

もう一つの手がかりは、ナホム 3:8-10に記されているテーベの陥落。
「おまえはテーベよりも優れているのか」という呼びかけの言葉を考えると、テーベの滅亡以降のことと考えるのが自然である。

アッシリア帝国がテーベを倒したのはBC663年とされており、この辺りの時代にナホム書が記されたのではないかと考えられる。

BC722年に北イスラエル王国は捕囚され、ユダ王国もアッシリア帝国の脅威に苦しんでいた。アッシリアが滅びるというナホムの預言は、ユダの人々に大きな希望をもたらしたに違いない。そして、その預言は数年から数十年の間に実現した。

⑮ アモン 2年間 (II列王記21:19-26)

最後にマナセが廃止した偶像崇拝を、アモンはまた復活させた。
しかし、すぐに反乱が起り、アモンは王になって2年で暗殺されてしまった。
反乱を起こしてアモンを殺した人々を、ユダの民衆は殺し、すぐにヨシヤ王が王として立つこととなった。

⑯ ヨシヤ 31年間 (II列王記22:1-23:30)○ ※

ヨシヤは8歳で王となった。
教育されていく中で律法の書と出会い、宗教改革を起こす。

II列王記 22:11 王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を裂いた。

ヨシヤによって、これまでユダの中にあった悪いものがすべて取り除かれて、ユダは霊的な聖さを取り戻したようにも見えた。

にもかかわらず、主はユダに対する怒りをおさめようとはしなかった。

II列王記 23:25 ヨシヤのようにモーセのすべての律法にしたがって、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって【主】に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった。
23:26 それにもかかわらず、マナセが引き起こした主のすべての怒りのゆえに、【主】はユダに向けて燃やした激しい怒りを収めようとはされなかった。

ヨシヤは、その人生の半ばで、パロ・ネコによって殺されてしまう。

預言者ゼパニヤ:

ヨシヤ王の時代、ユダ王国で仕えた預言者。

この時代に記されたゼパニヤの預言は、ヨシヤ王の宗教改革にも関わらず、ユダの人々は一向に悔い改めようとはせず、堕落して偶像崇拝の中に留まり続けていたことが記されている。
そして、ユダはその罪のゆえに裁きを受けるのである。
しかしその預言の中で、ユダに与えられる裁きはユダを滅ぼすためのものではなく、ユダをきよめ、再び建て直すためのものだということが明らかにされる。
つまりそこには、ユダは捕囚を経験する必要があることと、捕囚されても必ず帰ってこられることが示唆されている。

ゼパニヤ 3:16 その日、エルサレムは次のように言われる。「シオンよ、恐れるな。気力を失うな。
3:17 あなたの神、【主】は、あなたのただ中にあって救いの勇士だ。主はあなたのことを大いに喜び、その愛によってあなたに安らぎを与え、高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる」と。

預言者エレミヤ:

バビロン捕囚直前のユ南ダ王国で仕えた預言者。ヨシヤ王の治世13年(BC627)からバビロニアによるエルサレム陥落後(BC585)まで活動したと思われる。
ユダ王国は偶像崇拝の罪のため、バビロン帝国に倒され、捕囚されるということを預言した。

1. ヨシヤ王による神殿中心、律法中心の申命記的宗教改革によって、ユダの人々が変わることはなかった。宗教的な熱心さによっては、表面的な行動を変えることはできても、心から神を求めるように人を変えることはできない。

2.神から離れ、偶像崇拝や不品行に走った人々は滅ぼされ、裁きを受ける必要がある。それは、選ばれた民であるイスラエル(ユダ)も同じである。
しかしそれは、彼らを立て直すためであり、ユダの人々は必ず復活する(捕囚から帰還する)。

3.バビロンを通して、ペリシテやアモン人、ユダヤにも裁きの手は降る。しかし、バビロンもまた神の怒りを買い、裁きを受けることになる。そこには希望が残されている。

⑰ エホアハズ 3か月 (II列王記23:31-34)

ヨシヤの死後王として任命されるが、わずか3カ月後、戻ってきたパロ・ネコにメギドの戦いで敗れ、幽閉される。
エジプトがユダの宗主国(そうしゅこく)となる。(ユダが属国となったということ)

⑱ エホヤキム 11年間 (II列王記23:34-24:6)

エホアハズの兄エルヤキムがパロ・ネコによって変名される。
エジプトによって課せられた重税のため、ユダの民への税金を引き上げた。

預言者ハバクク:

ユダ王国最後の20年くらいに活動していた預言者。エレミヤ、ゼパニヤ、オバデヤたちと活動期間が重なっている。

他の預言書が、人々に訴えかける言葉で構成されていたのに比べて、ハバクク書は神との対話で成り立つ、内省的な預言書である。

神ご自身が悪を倒し、全てが裁かれるときが来る。
新しい出エジプトがされる。

⑲ エホヤキン 3か月 (II列王記24:8-16)

エホヤキムの子。
王となって3カ月後、バビロンによってエルサレムが包囲され、攻めてきたネブカデネザルに降伏した。
バビロンによる捕囚が始まる。

⑳ ゼデキヤ 11年間 (II列王記24:17-25:7)

エホヤキンの死後、ネブカデネザルによって王とされる。
気の弱い王で、周りの貴族たちを治める事ができず、反バビロン的な貴族たちによって反乱を起こし、敗れる。
エルサレム陥落。(BC587年)

預言者エゼキエル:

エホヤキン王がバビロンに連れていかれた第1回の捕囚の時、祭司だったエゼキエルもその中にいた。
その5年後カルデヤ(バビロン)のケバル川のほとりで見た幻の中で、エゼキエルは預言者として任命される。

エゼキエルはイスラエルの不正と不信仰を非難し、様々な方法で神に立ち返るよう呼びかけるが、誰も耳を貸そうとしない。

エゼキエル書はその大半が、エゼキエルが見た幻によって構成されていて難解な印象があるが、その象徴しているところを読み解けば、イスラエルの悔い改めを求める預言であることがわかる。

エゼキエル書はその大半が、エゼキエルが見た幻によって構成されていて難解な印象があるが、その象徴しているところを読み解けば、イスラエルの悔い改めを求める預言であることがわかる。

預言者ダニエル:

ネブカデネザルの時代、預言者ダニエル(ベルテシャツァル)がハナンヤ(シャデラク)、ミシャエル(メシャク)、アザルヤ(アベデ・ネゴ)とともにバビロン捕囚によってバビロニアに連れて行かれる所から始まる。

新バビロニアのネブカドネツァル2世の元に仕えた。
ダニエルは夢を解き明かしたり、3人の友人たちが炉に投げ込まれても生きているという奇跡を体験した。
ネブカドネツァルは神を認めず獣のようになったが、回復し、最後には主を神と認めた。

ネブカドネツァル2世の後、ナボニドゥスと共同統治の王となったベルシャツァルが夢を見た。ダニエルが解き明かし、へりくだるよう促されるがベルシャツァルは警告を軽んじて、殺されることになった。

ペルシャ帝国のダレイオスの時代には、ライオンの檻から生還し、ダレイオスもダニエルの神を崇めた。
7章以降はダニエル自身が見た夢や幻の話となっている。

預言者たちの時代 番外編 捕囚時代の預言者たち

預言者ハガイ:

預言者ゼカリヤと同時代であり、エズラ記の時代。
バビロン捕囚から約70年後、BC520年頃にハガイによって書かれた。
新バビロニアがアケメネス朝ペルシアによって倒され、預言されていた通り、イスラエルが捕囚から解放された。

総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアに率いられて帰還したイスラエルは、たくさんの問題を含んでいた。ハガイはそのイスラエルを導く預言者として仕えた。

1:神殿の再建のために人々を励ました。

2:出来上がったみすぼらしい神殿を前に人々はがっかりしたが、未来に拓ける神の計画を示して再び希望を与えた。

3:これからのイスラエルが、彼らの信仰にかかっていることを思い出させ、人々の心を神に向けさせた。

預言者ゼカリヤ:

捕囚からエルサレムに帰還した預言者。ハガイと共にイスラエルの人々を励ました。

預言書の大半はゼカリヤが見た幻によって構成されており、読み解くことが難解な書である。

この時代の総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアを通して、聖書全体を通して語られてきた救い主と神の国の到来をイメージさせている。
そして、人々の信仰が神の国の到来の大きなカギであることを解き明かしている。

このゼカリヤの預言はこの時代には成就せず、メシヤの到来と再臨後に引き継がれた。

預言者マラキ:

マラキに関してはその出自に関しての情報がなく、「マラキ」という名前も本当の名前なのか、名前の意味が表わすように「神の使者」という意味なのかも不明である。

エルサレムへの帰還から100年くらいが経った頃の出来事であると思われる。
神殿が建て直され、エルサレムも再建されたものの、イスラエルはアケメネス朝ペルシアから独立することもできず、思ったような成果が得られないでいた。
人々はすでに信仰的にも崩れ、神の教えから遠ざかる一方だった。

この書を通して明らかにされるのは、捕囚という悲劇を経験しても人々の心や信仰は変わらないという絶望的な現実であり、これ以降400年に渡り聖書が記されない中間時代となる。

預言者たちの時代 番外編2 年代不明の預言者たち

預言者オバデヤ:

オバデヤという人物についてや、書かれた時代に関しては直接的な記述がないため判断が難しいが、一般的にユダのバビロン捕囚前後と認識されている。

オバデヤ 1:12 おまえは兄弟の災難の日に、それを見ていてはならない。ユダの子らの滅びの日に、彼らのことで喜んではならない。その苦難の日に大口をたたいてはならない。

バビロン捕囚の際、エドムは兄弟国であるユダを見捨て、それどころが捕囚後にユダに追い打ちをかけて略奪した。
エドムは中間時代にハスモン朝ユダヤのヨハネ・ヒルカノス1世に倒されてユダに吸収された。
後にエドム人のヘロデがユダの王となって支配するようになるが、AD70年に滅ぼされてエドム人の血は絶えた。

預言者ヨエル:

ペトエルの子ヨエルによって書かれたとされるが、出自については何もわかっていない。
裁きについて書かれているが、アラムや、アッシリア、バビロンの名まえが出てこないため、どの時代の何についての裁きなのかもはっきりとしていない。

預言の内容には、新約時代以降のイスラエルの裁きや、終末についても語られていると思われる。

また、次の時代となる新約時代に繋がる希望の預言についても語っている。

ヨエル 2:28 その後、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、青年は幻を見る。

旧約聖書の結論

1:なんだかんだ言って、最初からいろいろズレてた
2:祭司がいてもうまくいかない
3:裁き司では問題外
4:いい時代は続かない
5:結局、どの王様でもダメ
6:預言者の言うことなんて聞かない

人の力では不可能。
だから神さまの側からの力が必要だった。
だから、救い主が必要だった。

しかし、救い主が地上に来るまでにまだ時間を必要としていた。
人は徹底的に自分の無力さを知る必要があった。

そうでない限り、自分の力に頼ってしまうから。

さらなる準備期間→中間時代編へ(旧約聖書と新約聖書の間の400年の空白期間)
救い主について→新約聖書時代編へ