紀元1世紀の教会を訪れる(8)
「さあ、リュシアスくん。君が話そうとしていた話題に戻ろうじゃないか。」アキラが言った。
その奴隷は答えた「少し言いにくいことなのですが…、アリストブルスさまに関係のあることなのです。ですが、皆さんにそのことを話しなさいと仰られるので…。
問題…と言いますのは、アリストブルスさまが私を解放したいと考えていらっしゃるということです。もちろん、それは大変嬉しく、ありがたいことなのですが、でもなんとなく納得がいきません。
神さまは私に、このお方にお仕えするよう召していらっしゃると思いますし、今のままが一番うまくいくと思います。でもアリストブルスさまは、私が自由である方が良いと考えており、そうなって困る理由は全くないと考えておられるのです。」
アリストブルス、リュシアスの解放を願う
アリストブルスはその話に同意し、彼自身の意見を詳細に述べた。
そして、彼とリュシアスには様々な質問が投げかけられ、それを通してこの問題はさらに深く掘り下げれらることになった。
話は奴隷解放と、強要される仕事についての議論へと発展し、二人の解放奴隷がそれぞれの利点と欠点についてたくさんの意見を述べた。
これがシンプルな問題ではないことは明白だ。
解放奴隷になることは、個人的にも社会的にも一定の利点があるが、実際的な損失が伴うことも少なくない。
最近は、奴隷に対する一切の責任から逃れるために、奴隷を解放する主人が多すぎる。(ハーマスのケース(注:第4話の後半参照)もそのひとつだ。)
一方で、自由を得るための条件として、それまでと同じポストに就くこと、しかし、それまでの住居や食事の提供は受けないことを条件とする者もいた。
一部の解放奴隷たちが暮らす小屋は惨めなもので、賃金も低く、それまで築いてきた家庭を崩壊させてしまうこともある。
少なくとも、望む場所で働くことができる日雇い労働者の方が、まだましな暮らしをしているような状況なのだ。
やがて、議論は課題となっている問題に戻ってきた。
しかし、声は双方から上がり、話は堂々巡りになっている。
「このことに関して、パウロさんは何か言っていなかったかしら?」プリスカはアキラに尋ねた。
「そうだね」彼は応えた。「以前私たちがいたコリントに宛てた手紙の中で、それについて書いていたような気がする。」
「どの手紙だったか覚えてる?」
プリスカが尋ねると、彼は少し考えこんだ。
「確か、最初に送られた手紙だったと思う。結婚と独身について書いていた辺りで、そんな話をしていたのではなかったかな。他の書簡と一緒に、寝室にあるチェストに入ってるから、取ってきてくれないか?」
彼女が席を外している間、話に出てきたパウロと言うのは、彼らの古い友人であることをアキラから聞いた。
彼は帝国各地で、ここで持たれているような集まりを立ち上げ、現在は街のどこかで軟禁されているそうだ。
パウロという人は、生き方に関して特別な知恵を持っていたので、しばしば個人的に相談することもあったし、彼が書いたものを読むことが非常に役に立つのだという。
プリスカが戻ってくると、アキラは巻物の文章からその個所(*1)を簡単に見つけ出し、みんなの前で読み上げた。
本当は主人こそが奴隷になっていた
多くの部分で、パウロは今の状態に満足し、変わることを求めないようにと助言していた。
奴隷であるなら、それを人に仕える機会として用いるべきだというのだ。
でもそれは、どんな身分や地位であろうと全ての人が持つ責任でもある。
とは言え、もしも奴隷から解放される機会が訪れたなら、迷わずその機会を使って自由になればいい。
うまくアプローチすれば、人に仕えるための新しい方法を見出だすことができるだろう。
そのとき大切なのは、自分たちが本当はキリストの奴隷であったこと、そして奴隷であった時も、最も重要な領域においては自由だったことを覚えておくことだ。
このアドバイスは、確かに議論をより有益な方向へと導き、私自身にも考えるきっかけを与えてくれた。
話は今、このパウロの判断のベースとなる原則を中心に進められていった。
リュシアスは、自由になることによって、どのように納得がいくような仕え方ができるようになるのか。
あるいは、彼の場合には奴隷制のルールを除外することができるような状況が何かあるのか。
こうした中で、リュシアス自身も、また彼の考えを支持していた人々も、アリソブルスの提案に対して積極的に考えるようになっていった。
しかしリュシアスには、決断をする前にもう少し考えたいことがあるようだ。
そのことを告げると、彼はプリスカが次の料理を運ぶのを手伝うために立ち上がった。
(つづく)
Presented by RACネットワーク
【訳注】*1 Iコリント7:20-24