31日目 出エジプト記4~6章:しるしと契約──神さまの名に込められた救い

神は燃える柴の中からモーセを召し出されました。

しかしモーセは、自分にはその使命を果たせないと思い、何度もためらいます。

そのような弱いモーセを神は励まし、イスラエルを救い出す計画を進めていかれます。

聖書全体の中での位置づけ

出エジプト記1~3章では、イスラエルの苦しみを見られた神がモーセを召し出されました。

4~6章では、その召しに対するモーセの応答と、神がご自身の救いの計画を改めて宣言される様子が描かれます。

ここで語られる神の御名と契約は、出エジプト全体の土台となり、最終的にはイエス・キリストによる救いへとつながっていきます。

出エジプト記4章:ためらうモーセ ── 神が備えられる助け

モーセは、人々が自分を信じないのではないかと恐れます。

そこで神は杖や手に関するしるしを与え、ご自身が共におられることを示されました。

それでもためらうモーセのために、神は兄アロンを助け手として備えられます。

神は使命を与える時、必要な助けも備えてくださるお方です。

出エジプト記4章 ためらうモーセ ── 神が備えられる助け(4:1–31)

出エジプト記5章:ファラオの拒絶 ── 信仰が試される時

モーセとアロンはファラオの前に立ちます。

しかしファラオは神の言葉を拒み、イスラエルの苦役をさらに重くしました。

民はモーセに不満を向け、モーセ自身も神に訴えます。

救いが始まったはずなのに状況は悪化しているように見えました。

出エジプト記5章 ファラオの拒絶 ── 信仰が試される時(5:1-23)

出エジプト記6章:契約を覚えられる神 ── 「わたしは主である」

神は落胆するモーセに再び語りかけられます。

神はアブラハム、イサク、ヤコブと結んだ契約を覚えておられることを宣言されました。

そして「わたしは主である」という言葉を繰り返し、ご自身が必ず民を救い出すと約束されます。

救いの根拠は人の力ではなく、神の真実にありました。

出エジプト記6章 契約を覚えられる神 ── 「わたしは主である」(6:1-30)

神さまの働きとメッセージ

出エジプト記4~6章には、人の弱さと神の確かさが対照的に描かれています。

モーセは恐れました。

民は失望しました。

状況は悪くなったように見えました。

しかし神の計画は少しも揺らいでいませんでした。

神はモーセの能力ではなく、ご自身の力によって救いを実現されます。

また神は「わたしは主である」と繰り返し語られました。

これは単なる名前ではありません。

約束を守り、救いを実現し、ご自身の民と共におられるお方であるという宣言です。

私たちも祈った直後に状況が悪く見えることがあります。

神が何もしておられないように感じることもあります。

しかし神は契約を忘れられることはありません。

新約聖書において、その約束はイエス・キリストによって完全に示されました。

神は罪の奴隷となっていた私たちを救うために、御子を遣わしてくださったのです。

神の救いは人の力ではなく、約束を守られる神ご自身によって成し遂げられるのです。

考えてみよう

  • 神から示されたことに対して、モーセのようにためらっていることはないでしょうか。
  • 自分の弱さばかりを見て、神の力を忘れていないでしょうか。
  • 状況が悪化したように見える時でも、神を信頼できるでしょうか。
  • 神は必要な助け手を備えてくださることを信じているでしょうか。
  • 神が契約を守られるお方であることを、どのような経験を通して知ってきたでしょうか。
  • 「わたしは主である」という神の宣言は、今の自分にどのような励ましを与えるでしょうか。
  • 神の約束に信頼して、一歩踏み出すべきことは何でしょうか。