45日目 レビ記5~7章:罪過のいけにえと祭司の務め

レビ記は、聖なる神の前に罪ある人がどのように近づくことができるのかを教える書物です。

1〜4章では、さまざまないけにえについて学びました。

5〜7章では、罪過のいけにえや祭司の務めについてさらに詳しく語られます。

神は罪を軽く見過ごされませんが、同時に赦しと回復の道を備えてくださるお方です。

聖書全体の中での位置づけ

レビ記1〜4章では、全焼のささげ物、穀物のささげ物、交わりのいけにえ、罪のためのいけにえが説明されました。

5〜7章では、それらの規定が補足されるとともに、罪過のいけにえについて詳しく語られます。

また祭司たちがいけにえをどのように取り扱うかも示されています。

これらの制度はすべて、最終的にイエス・キリストの犠牲によって完成する救いを指し示しています。

レビ記5章:罪の告白と罪過のいけにえ ── 責任を認める

神は故意ではない罪や、気づかずに犯した罪についても扱われます。

罪を犯した人は、自分の罪を告白し、定められたいけにえをささげる必要がありました。

また貧しい人にもささげられる方法が用意されていました。

神はすべての人に赦しの道を開いておられるのです。

レビ記5章 罪の告白と罪過のいけにえ ── 責任を認める(5:1-19)

レビ記6章:償いと祭司の責任 ── 赦しは軽いものではない

他人の物を盗んだり欺いたりした場合には、いけにえだけではなく償いも求められました。

神との関係だけでなく、人との関係の回復も大切だったのです。

また祭司たちは祭壇の火を絶やさないよう命じられます。

礼拝と奉仕は継続的に行われるべきものでした。

レビ記6章 償いと祭司の責任 ── 赦しは軽いものではない(6:1-30)

レビ記7章:交わりのいけにえ ── 感謝と平和の食卓

交わりのいけにえについてさらに詳しい規定が与えられます。

感謝のためにささげられるものもあれば、誓願や自発的な献げ物もありました。

神との和解は義務ではなく喜びを生み出します。

神は民との交わりを喜ばれるお方なのです。

レビ記7章 交わりのいけにえ ── 感謝と平和の食卓(7:1-38)

神さまの働きとメッセージ

レビ記5〜7章は、罪と赦しについて深く教えています。

罪は単なる失敗ではありません。

神との関係を壊し、人との関係も傷つけるものです。

だから神は罪の告白を求められました。

また必要に応じて償いも求められました。

しかし同時に、神は常に赦しへの道を備えておられます。

罪人を退けるためではなく、回復させるためです。

さらに祭司の務みを通して、神との交わりが継続的なものであることも教えられています。

祭壇の火は消されてはなりませんでした。

それは神との関係が一時的なものではなく、日々保たれるべきものであることを示しています。

これらのいけにえはすべて、後に来られるイエス・キリストを指し示しています。

キリストは罪のための完全ないけにえとなり、私たちの負債を負い、神との平和を実現してくださいました。

そして私たちはキリストによって、大胆に神の御前へ近づくことができるのです。

神は罪を真剣に扱われます。しかしそれ以上に、罪人を赦し回復することを望んでおられるお方なのです。

考えてみよう

  • 私は自分の罪を正直に神の前で認めているでしょうか。
  • 神との関係だけでなく、人との関係の回復も大切にしているでしょうか。
  • 神の赦しを当然のものとして受け取っていないでしょうか。
  • 感謝をもって神との交わりを楽しんでいるでしょうか。
  • 日々の祈りや礼拝を継続しているでしょうか。
  • イエス・キリストが私のために完全ないけにえとなってくださったことを、どのように感謝できるでしょうか。
  • 今日、神との交わりを深めるために何ができるでしょうか。