46日目 レビ記8~10章:祭司の任職とナダブとアビフの事件

幕屋が完成し、いけにえの規定も与えられました。
次に神は、幕屋で仕える祭司たちを正式に任職させます。
しかし、その喜ばしい始まりの直後に、神の聖さを軽んじた悲しい出来事が起こります。
レビ記8~10章は、神に近づくことの祝福と同時に、神の聖さを畏れることの大切さを教えています。
聖書全体の中での位置づけ
レビ記1~7章では、神との交わりと赦しのためのいけにえについて学びました。
8~10章では、そのいけにえを執り行う祭司たちが任職されます。
しかし、人間の側にはなお罪と不従順の問題が残っていました。
この出来事は、人間には完全な仲介者が必要であることを示し、後に来られる完全な大祭司イエス・キリストを指し示しています。
レビ記8章:祭司の任職 ── 神のために聖別される
モーセは神の命令に従い、アロンとその子らを祭司として任職します。
彼らは洗い清められ、祭司の衣を着せられ、油を注がれました。
さらにいけにえがささげられ、七日間にわたって聖別されます。
祭司の務めは人が自ら選ぶものではなく、神によって召され、整えられるものでした。
レビ記9章:神の栄光の現れ ── 受け入れられた礼拝
任職期間が終わると、アロンは最初の祭司としての務みを行います。
罪のためのいけにえと全焼のささげ物がささげられた後、神の栄光が民に現れます。
そして主の前から火が出て、祭壇のいけにえを焼き尽くしました。
民はそれを見て歓声を上げ、ひれ伏して礼拝しました。
神が礼拝を受け入れられたしるしでした。
レビ記10章:ナダブとアビフ ── 神の聖さを軽んじた結果
アロンの子ナダブとアビフは、神が命じていない火を主の前にささげました。
すると主の前から火が出て、二人を焼き尽くします。
これは神が気難しいお方だからではありません。
神の聖さを人が自分勝手に扱うことの重大さを示す出来事でした。
神はモーセを通して、「わたしに近づく者たちのうちに、わたしの聖なることを示す」と語られます。
神さまの働きとメッセージ
レビ記8~10章は、神の恵みと聖さの両方を教えています。
9章では、神は祭司たちの礼拝を受け入れ、ご自身の栄光を現されました。
それは神が民と交わりたいと願っておられることの表れでした。
しかし10章では、神に近づくことが軽いことではないと示されます。
ナダブとアビフは祭司でした。
神の近くに仕える特別な立場にありました。
それでも神の命令を軽んじた時、その結果は深刻でした。
私たちの時代には動物のいけにえはありません。
しかし神の聖さは変わっていません。
同時に私たちは、イエス・キリストによって大胆に神へ近づくことが許されています。
キリストは完全な大祭司として、神と人との間に立ってくださいました。
だから私たちは恐れと感謝をもって神を礼拝するのです。
神は愛なるお方ですが、同時に聖なるお方です。真の礼拝は、その両方を覚えるところから始まるのです。
考えてみよう
- 私は神の恵みだけでなく、神の聖さも覚えているでしょうか。
- 礼拝を慣れや形式だけで行っていないでしょうか。
- 神の前に立つことの尊さを大切にしているでしょうか。
- 自分の考えではなく、神のことばに従うことを求めているでしょうか。
- 神が礼拝を受け入れてくださる恵みに感謝しているでしょうか。
- イエス・キリストが完全な大祭司であることは、私にどのような安心を与えるでしょうか。
- 今日、どのような心で神を礼拝したいでしょうか。

