使徒9章 サウロの回心と新しい器の誕生
あらすじ
ステパノの殉教後、サウロはなおも教会への激しい迫害を続けていました。
彼は大祭司から許可を得て、ダマスコにいるキリスト者たちを捕らえるために出発します。
しかしその途中、突然天からの光が彼を照らし、
「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」
という声を聞きます。
サウロが、
「主よ、あなたはどなたですか。」
と尋ねると、
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」
という答えが返って来ます。
その後サウロは目が見えなくなり、三日間飲み食いせずに過ごします。
一方、主はダマスコの弟子アナニアに現れ、サウロのもとへ行くよう命じます。
最初アナニアは恐れますが、主に従います。
アナニアが祈るとサウロの目は開かれ、彼は聖霊に満たされ、バプテスマを受けます。
そして驚くべきことに、
「イエスは神の子である。」
と宣べ伝え始めるのです。
その後サウロは命を狙われ、弟子たちの助けによって逃れます。
エルサレムでは最初警戒されますが、バルナバが彼を受け入れます。
章の終わりには、ペテロによる癒しとタビタの復活が記され、教会は平和のうちに成長していきます。
背景
使徒7章ではステパノが殉教し、
「サウロはステパノを殺すことに賛成していた。」
と記されていました。
使徒8章では、
「家々に押し入って教会を荒らした。」
とも書かれています。
つまりサウロは、教会最大の敵として登場していた人物です。
しかし使徒9章では、その迫害者自身が福音によって捕らえられるという劇的な出来事が起こるのです。
ダマスコ途上の出会い
サウロは熱心な人でした。
しかしその熱心さは神の国に逆らう方向へ向けられていました。
そんな彼に復活の主が直接現れます。
興味深いのは主の言葉です。
「なぜわたしを迫害するのか。」
主は、
「なぜわたしの教会を迫害するのか。」
とは言われませんでした。
イエスはご自分の民をご自身と一体のものとして見ておられるのです。
教会への迫害は、キリストへの迫害でもありました。
「わたしはイエスである」
サウロにとって最も衝撃だったのは、十字架につけられて死んだはずのイエスが生きておられたことです。
彼はイエスを偽メシアだと思っていました。
しかし今、そのイエスが栄光の主として現れます。
ここでサウロの世界観は根本から覆されました。
彼は神に仕えているつもりでした。
しかし実際には神に逆らっていたのです。
三日間の暗闇
サウロは目が見えなくなります。
これは単なる身体的現象以上の意味を持っています。
これまでサウロは、自分こそ真理を知っていると思っていました。
しかし実際には霊的に見えていませんでした。
そのため神は彼を一度暗闇の中へ置かれます。
そして新しい目を与えられるのです。
アナニアという弟子
ここで重要な役割を果たすのがアナニアです。
彼は有名な使徒ではありません。
普通の弟子です。
しかし主は彼を用いられます。
彼はサウロについて悪い噂を知っていました。
当然恐れます。
しかし主は言われます。
「行きなさい。あの人は、異邦人、王たち、イスラエルの子らの前に、わたしの名を運ぶ、わたしの選びの器です。」
神は迫害者を宣教師へ変えようとしておられたのです。
選びの器
この言葉は使徒9章の中心です。
サウロは自分で使徒になったのではありません。
神が選ばれたのです。
しかも神は、
「どれほど苦しみを受けなければならないか」
も示されます。
ここには重要な逆転があります。
これまでサウロは苦しみを与える側でした。
しかし今後は福音のために苦しむ側となるのです。
すぐに福音を語り始める
サウロは回復すると、
「イエスは神の子である。」
と宣べ伝え始めます。
人々は驚きます。
つい先日まで教会を滅ぼそうとしていた人だからです。
しかし福音は人を根本から変えます。
ここに神の恵みの力が現れています。
バルナバの働き
エルサレムへ戻ったサウロは簡単には受け入れられませんでした。
当然です。
皆が彼を恐れていました。
そこでバルナバが仲介します。
彼はサウロを使徒たちのもとへ連れて行きました。
後にバルナバは、
「慰めの子」
と呼ばれる人物として知られます。
神はパウロを召されただけでなく、彼を支える人々も備えておられました。
ペテロの働き
章の後半ではペテロが再び登場します。
彼は中風のアイネアを癒し、さらにタビタをよみがえらせます。
ルカはここで、サウロだけに焦点を絞っていません。
神の働きは同時に各地で進んでいるのです。
そして、
「多くの人々が主を信じた。」
と記されています。
神の国とのつながり
使徒1章で、
「地の果てにまで」
という使命が与えられました。
使徒9章は、そのための最重要人物が備えられる章です。
後にサウロはパウロとして、
小アジア、
ギリシア、
そしてローマへと福音を運びます。
神はまだ何も始まっていない段階で、その器を準備しておられたのです。
神の国は偶然によって広がるのではありません。
王であるキリストご自身が導いておられるのです。
この章が私たちに語ること
私たちは時に、
「あの人だけは変わらない」
と思うことがあります。
しかし使徒9章は、その考えを打ち砕きます。
教会最大の敵であったサウロが、最大の宣教者となったのです。
神には不可能な人はいません。
またこの章は、神が人を用いる時には、その前に砕き、整え、導かれることも教えています。
サウロは栄光を見る前に暗闇を経験しました。
しかしその暗闇は、新しい使命への準備でした。
神は今も人を変え、ご自身の器として用いておられるのです。
この章の中心メッセージ
復活されたキリストは、迫害者サウロを捕らえ、福音を運ぶ選びの器へと変えられた。
神の国は敵対者をも救いへ導き、ご自身の働きのために用いられる。
救いは人の熱心さではなく、主の恵みと召しによるのである。
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」(使徒9:5)
「あの人は、わたしの選びの器です。」(使徒9:15)
「彼はイエスが神の子であると宣べ伝え始めた。」(使徒9:20)

