使徒10章 コルネリオとペテロ:異邦人への扉が開かれる章

あらすじ

カイサリアに、コルネリオというローマ軍の百人隊長がいました。

彼は異邦人でしたが、

  • 神を恐れ
  • 施しをし
  • 熱心に祈る

人物でした。

ある日、彼は幻の中で御使いから、

「ペテロを招きなさい。」

と命じられます。

一方その頃、ペテロもヨッパで祈っている時に幻を見ます。

天から大きな敷物のようなものが降りてきて、その中には律法で汚れているとされる動物が入っていました。

そして、

「ペテロ、屠って食べなさい。」

という声が聞こえます。

ペテロが拒むと、

「神がきよめたものを、きよくないと言ってはならない。」

と語られます。

その後、コルネリオの使者たちが到着し、ペテロは彼らと共にカイサリアへ向かいます。

コルネリオの家でペテロが福音を語っていると、聖霊が異邦人たちにも下ります。

それを見たペテロは、

「神が与えてくださったのだから、水のバプテスマを拒むことはできない。」

と言い、彼らにバプテスマを授けます。

こうして福音は正式に異邦人世界への扉を開いていくのです。


背景

使徒の働きはこれまで、

  • エルサレム
  • ユダヤ
  • サマリア

へと福音が広がる様子を描いてきました。

しかし大きな課題が残っていました。

それは、

「異邦人は神の民になれるのか」

という問題です。

ユダヤ人にとって、神の契約の民はイスラエルでした。

異邦人が救われるにしても、まずユダヤ教へ改宗すべきだと考える人が多かったのです。

そこで神ご自身が介入されます。


コルネリオという人物

コルネリオは異邦人でした。

しかしルカは彼を非常に好意的に描いています。

彼は、

「敬虔で、神を恐れる人」

でした。

しかしどれほど敬虔であっても、福音を聞く必要がありました。

善人だから救われるのではなく、

キリストを通して救いが与えられるからです。

神は彼の祈りを覚えておられましたが、さらに福音へ導かれるのです。


ペテロの幻

ペテロが見た幻は、単なる食事規定の変更だけを意味していません。

もちろん旧約の食物規定との関係もあります。

しかし文脈を見ると中心は人間です。

後でペテロ自身が説明します。

「神は、どんな人も汚れているとか、きよくないとか言ってはならないことを、私に示してくださいました。」(10:28)

つまり神は、

異邦人を拒絶していたペテロ自身の考え方を変えようとしておられたのです。


神にえこひいきはない

コルネリオの家に着いたペテロは驚くべき言葉を語ります。

「私ははっきり分かりました。神はえこひいきをされない方です。」(10:34)

これは使徒の働き全体の転換点とも言える宣言です。

神の救いは、

  • ユダヤ人だけ
  • サマリア人だけ

のものではありません。

すべての民族へ向けられているのです。


ペテロの福音宣教

ペテロはイエスについて語ります。

  • イエスは良い働きをされた
  • 十字架につけられた
  • 神がよみがえらせた
  • 生者と死者の審判者である

そして、

「この方を信じる者はみな、その名によって罪の赦しを受けます。」(10:43)

と宣言します。

やはり使徒たちのメッセージの中心は、

十字架と復活のキリストです。


聖霊が異邦人にも下る

ペテロがまだ語っている途中でした。

「聖霊がみことばを聞いている人々の上に下った。」

と記されています。

これはペンテコステと同じ出来事でした。

ユダヤ人信徒たちは驚きます。

なぜなら、異邦人にも同じ聖霊が与えられたからです。

神ご自身が、

「この人たちも私の民である。」

と証明されたのです。


バプテスマと新しい共同体

ペテロは直ちに彼らにバプテスマを授けます。

つまり異邦人たちは、二級市民的な立場としてではなく、完全に教会の一員として受け入れられました。

これは初代教会にとって革命的な出来事でした。

神の国は民族的境界を超え始めたのです。


神の国とのつながり

使徒1:8で語られた、

「地の果てにまで」

という使命は、ここで新しい段階へ進みます。

サマリアへの宣教も大きな出来事でした。

しかしコルネリオの出来事はさらに大きな意味を持っています。

福音が異邦人世界へ正式に開かれたからです。

以後、使徒の働きの中心は次第に異邦人宣教へ移っていきます。

神の国はイスラエルの枠を超えて広がるのです。


この章が私たちに語ること

私たちはしばしば、

「この人は救われるだろう」

「この人は難しいだろう」

と判断してしまいます。

しかし神は人の境界線を越えて働かれます。

ペテロも考えを変えなければなりませんでした。

神の国は私たちの想像よりも広く、神の恵みは私たちの枠を超えています。

またこの章は、救いが民族や文化ではなく、キリストへの信仰によることを教えています。

神は今もあらゆる人を招き、聖霊によって新しい共同体を築いておられるのです。


この章の中心メッセージ

神はコルネリオとペテロを導き、異邦人への福音の扉を開かれた。

聖霊は異邦人にも注がれ、救いがすべての民族に開かれていることが明らかになった。

神の国は人間の境界線を越え、キリストを信じるすべての人へ広がっていく。

「神はえこひいきをされない方です。」(使徒10:34)

「この方を信じる者はみな、その名によって罪の赦しを受けます。」(使徒10:43)

「聖霊がみことばを聞いている人々の上に下った。」(使徒10:44)