教会に影響を与えたコンスタンティヌス

ガイウス・フラウィウス・ウァレリウス・コンスタンティヌス
在位:306 – 337年)

コンスタンティヌスとは?

伝説では、コンスタンティヌスは、312年のミルウィウス橋の戦いに向かう行軍中に太陽の前に逆十字とギリシア文字 Χ と Ρ(ギリシア語で「キリスト」の先頭2文字)が浮かび、並んで「この印と共にあれば勝てる」というギリシア語が浮かんでいるのを見たと言われます。

コンスタンティヌスはその戦いに勝利し、正式なローマ皇帝となります。

翌313年、ミラノ勅令を発布してキリスト教を公認。
それまでキリスト教は大きな迫害の中にありましたが、ローマ帝国での迫害の歴史はここに終焉します。

325年には、キリスト教史では初めての世界的な会議である第一回ニカイア公会議が開かれ、教義の問題が話し合われます。

他にも、コンスタンティヌスは様々な形で教会に関わり、具体的には…

日曜礼拝: 321年、コンスタンティヌスが日曜休業令を発布する事によって、日曜日が礼拝の日として定められる。(迫害を逃れるために日曜日に礼拝を守る人々もいたが、それ以前は土曜日が礼拝の日だった。)

教会堂: 礼拝を捧げるための場所が決められ、礼拝堂に集まって礼拝が捧げられるようになる。(迫害されていたころは、信徒の家やカタコンベ(地下墓地)に集まっていた。)

祭司: ローマ帝国公認の祭司が、ひとつの教会にひとり任命されて教会を導くようになった。(それ以前は多数の長老が教会のリーダーとなっていた。)

礼拝: ローマ帝国公認の祭司によって、儀式的な礼拝が執り行われるようになった。(それまで、集会の時には参加者全員が関り、互いに教え合い、神様の言葉を取りついでいた。)

他にも、コンスタンティヌスの妻ヘレナによって、キリストが生まれた場所、十字架出かけられた場所、葬られた墓などの場所が特定され、それぞれの場所に教会が作られた。

また、その際にキリストが架けられた十字架の破片や、キリストを貫いた槍(ローマ兵士ロンギヌスのものとされる)、キリストの遺体を包んだ布(聖骸布)などを発見し、持ち帰ったとされている。

これらの貢献によってコンスタンティヌスと妻ヘレナは、キリスト教徒からの絶大の人気を得るようになります。

これまで長い間、クリスチャンは地下にこもって着実に増え続け、ローマ帝国の政治を脅かしてきました。
これによってコンスタンティヌスは、絶大な影響力を持ち始めていたクリスチャンたちを味方につけることになったのです。

392年には、テオドシウス帝によるキリスト教がローマ帝国の国教とされるにいたります。

教会によっては、これこそがキリスト教の勝利であり、使徒たちの働きがついに実を結んだのだと考えています。
しかし、果たして本当にそうなのでしょうか?

コンスタンティヌスの信仰

コンスタンティヌス帝がその後の教会形成に絶大な影響を与えたわけですが、そこには疑問点が残っています。
それは、彼がもともとミトラ教という別の信仰を持った人だったということです。

コンスタンティヌスは幻を見た時に回心し、クリスチャンになったと言われていますが、彼が洗礼を受けたのは死の間際でした。
まぁそれが当時の習慣だったともいわれているのですが、少なくとも彼は、生きている間ミトラ教の信仰を捨てていなかったのです。

ミトラ教というのはどういう宗教だったかと言うと、当時のローマ帝国で流行していた宗教です。
ゾロアスター教からの枝分かれで、太陽神を崇拝する信仰でした。

彼はどうして日曜日を礼拝の日と定めたのでしょうか?
それは、ミトラ教の礼拝の日が日曜日だったからです。
日本語でも『日』は太陽を表していますし、英語では”Sun”dayと言います。
日曜日は、太陽を象徴している曜日なのです。

イエスさまが復活したのが日曜日だから日曜日に礼拝するのだと教わった方も多いと思います。
確かに、日曜礼拝をするクリスチャンは、コンスタンティヌス以前にもいました。(1世紀ころからそういう人たちはいたと言われています。)
でも、彼らが日曜礼拝をした一番の理由は、迫害を避けるためです。
土曜日に集まっているとクリスチャンだということがばれてしまうのが一番深刻な問題で、イエスさまが復活した日に礼拝するというのは後付けの理由です。

礼拝堂を持つことや、ひとりの祭司が教会を担当していること、礼拝のスタイルなども、実はこのミトラ教の影響を強く受けた結果でした。
そして、これを標準化する事によってクリスチャンを管理しやすくするためです。

このような勝手な決めつけに対して、クリスチャンの中から不満の声は起こらなかったのでしょうか?

例えあったとしても、その声は彼らの人気の下ですぐにかき消されてしまったことでしょう。
様々なイエスさまゆかりの場所や、物品の発見におよって、彼らは大きな支持を受けていたからです
何よりも、コンスタンティヌスによって、クリスチャンたちは長年の迫害から解放されたのですから。

それにしても、300年経ったその頃に、イエスさまゆかりの土地や物を次々に発見したというのはすごく嘘くさいですね。
常識的に考えて、そんなことがあるはずないと思います。
それはすべて、コンスタンティヌスを選んだ神さまの導きだったというのが彼らの主張ですが、神さまがそんな偶像崇拝に導くなどとは、僕には到底思えません。
皆さんはどう思われるでしょうか?

いずれにしても、コンスタンティヌスはこのようにしてクリスチャンたちを掌握しました。
これまでどれだけ迫害しても根絶する事ができず、どんどん増え続け、帝国にとって脅威となりつつあったクリスチャンたちの力は、ローマ帝国の中に取り込まれる形となったわけです。

392年にキリスト教が国教化することによって、教会の力は確かに大きくなりました。
でもその実態は、異教化し、ローマ帝国の支配しやすい形に変えられたキリスト教でした。
そしてキリスト教は権力と結びついてゆき、内側から腐敗してくことになったのです。

キリスト教をよく知らな人たちは、キリスト教を西洋の宗教だと言いますが、本来はイスラエルから始まったのですから、むしろアジアに近い文化の中で生まれています。
しかし、キリスト教がどのように発展し、広がっていったかお言うことを考えてみると、私たちが知っているキリスト教は、確かに西洋の宗教なのだと認めざるをえません。
そして私たち多くのクリスチャンも、西洋化されたキリスト教こそが、キリストの教えなのだと信じて守り続けているのです。

キリスト教のカタチ

さて、コンスタンティヌスはクリスチャンたちを迫害から救い、キリスト教は世界に広がることになったものの、それは異教化し、西洋化した教会の姿だというお話しをしてきました。

今から500年前、プロテスタント教会がそこか分裂する形で産まれてきました。

それは、当時腐敗してしまっていたカトリック教会からの脱却ではあったものの、教会や礼拝の在り方としてはそれほど大きく変わったわけではありません。
プロテスタント教会も、やはりコンスタンティヌスからの流れの中にある教会の姿なのです。

それでは、私たちはどうしたらいいのでしょう?
私たちは2000年のキリスト教の歴史を捨てて、初代教会に立ち返える必要があるのでしょうか?

そういう考え方もあるでしょうし、実際にそれを実践しようとする教会もあります。
でも、実は言うと僕は、必ずしもそれが正しいとは思いません。
2000年前にイスラエルやローマ帝国で行われていたやり方が、現代の日本に求められている教会像、礼拝のありかただとは限らないからです。

少し考えてみましょう。
教会は、確かに多くの失敗を重ねてきたし、イエスさまが私たちに伝えていた本来の思いからかけ離れてしまった部分もあります。
今の私たちにも言えることで、時として教会はカルト化し、イエスさま以外の人間が神となってしまっています。

でも、そのような失敗や過ちの中でも、確かに受け継がれた福音があります。
人間が作り上げた宗教の働きによって、神さまではなく教会が力を持って行ったという事実もありますが、そんな中でさえも、福音の芽は確実に伸びてゆき、人々と神さまを繋ぎました。

「僕たちが正しいから神さまがともにいて下さった」のではなく、「僕たちは正しくなかったにもかかわらず、それでも神さまはともにいて下さった」のです。

間違えて受け取らないでほしいのですが、正しくなくていいといいたいのではありません。
教会はどんな風になっても神さまがともにいて下さるから良いんだよと乱暴なことをいうことでもありません。

それでもなお、教会のあり方、礼拝のあり方は、僕たちが思っているよりもずっと自由なのではないかと僕は思うのです。

言い方を変えましょう。

『教会はこのようなものでなければならない』とか『礼拝はこの曜日に、この様に執り行わなければならない』などということよりも、もっと大切なことがあると思うのです。

それは何かといえば、個人的な神さまとの関係から始まる、私たちの生き方。
そして、神さまを信じる私たちが互いに助け合い、力を合わせて働きをする、キリストの体として働きです。

どれだけ正統とされ、聖書的に正しいことを行っていたとしても、そこに神さまとの親しい交わり、愛の関係がなければ、信仰は死んでゆき、教会は腐敗し、退廃していきます。

一方で、(この言葉は慎重に受け取っていただく必要がありますが)もし教会でのやり方が間違っていたとしても(つまりカタチや形式が正しくなかったとしても)、僕たちひとりひとりの中に心から神さまを求める心があるなら、そこに信仰が命を得て、霊的な成長が起こるのではないでしょうか?

私たちは、カタチにややり方に注目して、互いを批判し、貶め合うのではなく、それぞれがイエスさまを通して神さまとの関係を築き、互いに協力してキリストの体としての働きをすることだと思うのです。

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