群衆への深い憐れみと働き人の必要(マタイ 9:35–38)
「イエスは…群衆を見て、彼らが羊飼いのいない羊のように弱り果て、打ちひしがれていたので、深くあわれまれた。」
1. イエスは「すべての町と村」を巡り歩いた
「イエスはすべての町や村を巡り歩き…」
マタイは、イエスの働きが 特定の人だけでなく、すべての人に向けられていた ことを強調します。
イエスは
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教え
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福音の宣言
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癒し を同時に行い、 神の国の全体像を示しました。
2. イエスが群衆を「見た」
「群衆を見て…」
ここが最も重要なポイントです。
イエスは群衆を「数」としてではなく、 一人ひとりの状態を見た と記されています。
✦ 彼らはどのような状態だったか?
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弱り果てていた(肉体的・精神的疲労)
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打ちひしがれていた(社会的・宗教的に押しつぶされていた)
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羊飼いのいない羊のようだった(導き手がいない状態)
これは、 宗教指導者が人々を導けていなかった という痛烈な指摘でもあります。
3. イエスは「深くあわれまれた」
「深くあわれまれた」
この言葉は、 ギリシャ語 splagchnizomai(内臓が揺さぶられるような深い憐れみ) を使っています。
つまり、 イエスの憐れみは感情的な同情ではなく、 存在の深いところから湧き上がる痛みと愛。
イエスは、 人々の苦しみを「外から見る」のではなく、 自分の内側で感じ取った のです。
4. 「収穫は多いが、働き人が少ない」
「収穫は多いが、働き人が少ない。」
ここでイエスは、 群衆の状態を「収穫」に例えます。
✦ 収穫とは何か?
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神の国に迎えられるべき人々
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神の愛を必要としている人々
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イエスの憐れみの対象となる人々
つまり、 人々は神の愛を受ける準備ができている状態 だということです。
しかし…
✦ 働き人が少ない
神の愛を届ける人、 神の国を宣言する人、 人々を導く人が圧倒的に不足している。
これは、 イエスの心の痛み を表しています。
5. イエスの結論:祈りなさい
「収穫の主に、収穫のために働き人を送ってくださるように祈りなさい。」
イエスはこう言いませんでした。
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「働き人になりなさい」
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「すぐに行きなさい」
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「あなたが働き人だ」
イエスが最初に求めたのは、 祈り です。
✦ なぜ祈りなのか?
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働き人は「人間が作る」のではなく「神が送る」
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働き人の働きは「人間の努力」ではなく「神の働き」
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働き人の召命は「神の主権」によるもの
つまり、 働き人は神が立てる。 私たちはそのために祈る。
この箇所の神学的意味(3つ)
① イエスの憐れみは「存在の深いところから湧き上がる愛」
イエスは人々の苦しみを「内側で感じた」。 これは、イエスの心の中心を示す言葉です。
② 群衆は「収穫の準備ができている人々」
人々は神の愛を受ける準備ができている。 問題は「働き人の不足」。
③ 働き人は「神が送る」
働き人は人間の努力で生まれるのではなく、 神が立てるもの。
だから、 働き人の誕生は祈りから始まる。
まとめ
マタイ9:35–38は、次のことを鮮やかに示しています。
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イエスはすべての町と村を巡り歩いた
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群衆を「羊飼いのいない羊」として見た
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イエスは内臓が揺さぶられるほど深く憐れんだ
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群衆は「収穫の準備ができている人々」
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働き人が圧倒的に不足している
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働き人は神が送る
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働き人の誕生は祈りから始まる
つまり、 この箇所は「イエスの心の中心」と 「神の働きに参加するための最初のステップ(祈り)」を示す場面。

