ヨハネ14:1-11 父の家への約束

心を騒がせてはならない(14:1)

ペテロの否認予告が語られ、弟子たちの心は不安で満たされていました。

  • 主は去って行かれる
  • ユダは裏切った
  • ペテロはつまずくと言われた

このような状況の中で、イエスは優しく語られます。

「あなたがたは心を騒がせてはなりません。」

そして、

「神を信じ、またわたしを信じなさい。」

と言われます。

ここで主は、ご自身を父なる神と同じ信頼の対象として示しておられます。

弟子たちの平安は状況の安定ではなく、神とキリストへの信頼によって与えられるのです。


父の家に備えられた住まい(14:2-3)

続いてイエスは希望に満ちた約束を与えられます。

「わたしの父の家には住まいがたくさんあります。」

父の家とは、神の御前にある永遠の住まいを指しています。

そして主は言われます。

「あなたがたのために場所を用意しに行くのです。」

イエスが去られるのは、弟子たちを捨てるためではありません。

彼らを永遠の交わりへ迎え入れる準備のためです。

さらに、

「わたしが行って、あなたがたのために場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。」

と約束されます。

キリスト者の希望は単に天国へ行くことではありません。

キリストと共にいることです。


「道を知っています」(14:4-6)

主は言われます。

「わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っています。」

するとトマスが正直に尋ねます。

「主よ。どこへ行かれるのか分かりません。どうしてその道が分かるでしょうか。」

トマスは分からないことを隠しませんでした。

しかしその質問によって、ヨハネ福音書の最も重要な宣言の一つが引き出されます。

イエスは言われます。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」

これは「わたしは~です」の宣言の中でも中心的なものです。

わたしは道

神のもとへ行く道そのものがキリストです。

わたしは真理

神を完全に現す真理がキリストです。

わたしはいのち

永遠のいのちの源がキリストです。

そのため主は続けて言われます。

「わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」

ここでイエスは、救いの唯一性を明確に宣言されました。


父を知るとは何か(14:7)

イエスは続けて言われます。

「あなたがたがわたしを知っていたなら、わたしの父をも知っていたでしょう。」

そして、

「今からは父を知っており、またすでに父を見たのです。」

と語られます。

弟子たちはまだその意味を十分理解できませんでした。

しかしイエスは、ご自身を通して父なる神が現されていることを教えておられるのです。


ピリポの願い(14:8-9)

そこでピリポが言います。

「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」

これはモーセが神の栄光を見たいと願ったような願いにも聞こえます。

しかしイエスは悲しみを込めて答えられます。

「こんなに長い間あなたがたと一緒にいるのに、わたしが分かっていないのですか。」

そして有名な言葉を語られます。

「わたしを見た者は、父を見たのです。」

弟子たちは特別な幻を求めていました。

しかしすでに父なる神は御子のうちに完全に現されていたのです。

イエスを見ることは、神を見ることなのです。


父と子の完全な一致(14:10-11)

主はさらに説明されます。

「わたしが父のうちにおり、父がわたしのうちにおられることを信じないのですか。」

イエスの言葉も働きも、父なる神との完全な一致の中で行われていました。

だから主は言われます。

「わたしを信じなさい。」

「もしそうでなくても、わざそのものによって信じなさい。」

これまで弟子たちは、

  • 水がぶどう酒になるのを見た
  • 五千人が養われるのを見た
  • 盲人が見えるようになるのを見た
  • ラザロがよみがえるのを見た

それらはすべて、父が御子のうちに働いておられる証拠でした。


別れの中で与えられる希望

この箇所は、主が去られるという悲しみの中で語られました。

しかし内容は希望に満ちています。

  • 心を騒がせてはならない
  • 父の家に住まいがある
  • 主は場所を備えておられる
  • 再び迎えに来てくださる
  • 主ご自身が道であり真理でありいのちである

弟子たちが失おうとしているものよりも、これから与えられるもののほうがはるかに大きかったのです。


この箇所が私たちに語ること

私たちも将来への不安や別れの悲しみの中で心が騒ぐことがあります。

しかしイエスはまず、

「心を騒がせてはなりません。」

と語られます。

なぜなら私たちの未来は不確かなものではなく、キリストの御手の中にあるからです。

また主は、

「わたしが道であり、真理であり、いのちです。」

と言われました。

私たちは自分で神への道を探す必要はありません。

道そのものであるキリストが、父のもとへ導いてくださるのです。


この箇所の中心メッセージ

イエスは不安に満ちた弟子たちに、父の家に住まいが備えられていることを約束された。

そして「わたしが道であり、真理であり、いのちです」と宣言し、ご自身こそ父なる神へ至る唯一の道であることを示された。

キリストを知ることは父を知ることであり、信じる者には永遠の希望が与えられているのである。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」(ヨハネ14:6)