ヨハネ17:6-19 弟子たちのための祈り

弟子たちへの執り成し(17:6-8)

ご自身のための祈りに続いて、イエスは弟子たちのために祈られます。

まず主は父に向かって言われます。

「わたしは、あなたが世から取り出してわたしに下さった人々に、あなたの御名を明らかにしました。」

弟子たちは偶然イエスに従ったのではありません。

彼らは父が御子に与えられた人々でした。

そして主は、

「彼らはあなたのことばを守りました。」

と言われます。

もちろん弟子たちはまだ不完全でした。

理解できていないことも多くありました。

それでも彼らはイエスのことばを受け入れ、従おうとしていました。

さらに主は、

「わたしがあなたからいただいたことばを、彼らに与えました。」

と語られます。

弟子たちはそのことばを受け入れ、

「あなたがわたしを遣わされたことを信じました。」

ここに真の弟子の特徴があります。

イエスを神から遣わされた方として受け入れることです。


世ではなく弟子たちのための祈り(17:9-10)

主は続けて言われます。

「わたしは彼らのためにお願いします。」

そして、

「世のためにではなく、あなたがわたしに下さった人々のためです。」

と祈られます。

これは神が世を愛しておられないという意味ではありません。

ヨハネ3:16で、

「神は実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。」

と語られています。

ここでは特に、これから使命を担う弟子たちのために執り成しておられる のです。

そして主は、

「彼らによってわたしは栄光を受けています。」

と言われます。

弟子たちの存在そのものが、キリストの栄光を現すものとなっていたのです。


一つとなるために(17:11)

イエスはまもなく父のみもとへ帰られます。

そこで祈られます。

「聖なる父よ。あなたがわたしに与えてくださった御名によって、彼らをお守りください。」

その目的は、

「わたしたちと同じように、彼らが一つとなるためです。」

教会の一致は、単なる人間的な団結ではありません。

父と子の交わりを土台とする霊的な一致です。

この祈りは後に17章全体を通して繰り返される重要なテーマとなります。


守られてきた弟子たち(17:12)

主は振り返って言われます。

「わたしが彼らとともにいた間、彼らを守りました。」

イエスは弟子たちを保ち続けられました。

そして、

「彼らのうち一人も滅びませんでした。」

と言われます。

ただし、

「滅びの子は別です。」

と付け加えられます。

これはイスカリオテのユダを指しています。

その出来事さえも、

「聖書が成就するため」

であったと主は語られます。

神の計画は、人間の裏切りによっても妨げられません。


喜びに満たされるために(17:13)

イエスは父のもとへ行かれようとしています。

しかしその前に祈られるのは、

「わたしの喜びが彼らのうちに満ちあふれるためです。」

ということでした。

主は苦難や犠牲だけを残されたのではありません。

ご自身の喜びを弟子たちに与えようとしておられたのです。

この喜びは環境によるものではなく、キリストとの交わりから生まれる喜びです。


世が弟子たちを憎む理由(17:14-16)

続いて主は言われます。

「わたしは彼らにあなたのことばを与えました。」

その結果、

「世は彼らを憎みました。」

なぜでしょうか。

それは、

「わたしが世のものでないように、彼らも世のものではないからです。」

弟子たちはなお世の中で生活しています。

しかしその所属は変わりました。

彼らはもはや世に属する者ではなく、神の国に属する者となったのです。

そのため世との衝突は避けられませんでした。


世から取り去るのではなく(17:15)

しかしイエスの祈りは興味深いものです。

主は、

「彼らを世から取り去ってくださるように。」

とは祈られません。

むしろ、

「悪い者から守ってくださるように。」

と祈られます。

神のご計画は、信者をただ世から避難させることではありません。

世の中に遣わしながら守ることです。

弟子たちは福音の証人として世に留まります。

だからこそ神の守りが必要なのです。


真理によって聖別される(17:17-19)

ここで主は重要な祈りをささげられます。

「真理によって彼らを聖別してください。」

そして、

「あなたのみことばは真理です。」

と言われます。

「聖別する」とは、

神のために取り分ける

という意味です。

弟子たちは真理によって形造られ、神の働きのために用いられる者となります。

さらに主は、

「あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。」

と言われます。

イエスが父から遣わされたように、今度は弟子たちが世へ遣わされるのです。

そして主は、

「わたしは彼らのために自分自身を聖別します。」

と宣言されます。

これは十字架を指しています。

主がご自身をささげられることによって、弟子たちも真理の中で聖別されるのです。


弟子たちへの三つの祈り

この箇所でイエスは弟子たちのために特に三つのことを祈っておられます。

① 守られること

「彼らをお守りください。」

② 一つとなること

「彼らが一つとなるためです。」

③ 聖別されること

「真理によって彼らを聖別してください。」

これらは後の教会にとっても変わらない祈りです。


この箇所が私たちに語ること

私たちはしばしば、

「世から離れて安全な場所にいたい。」

と思います。

しかしイエスは、

「世から取り去ってください。」

とは祈られませんでした。

主は私たちを世へ遣わされます。

その中で、

  • 神に守られ
  • 一つにされ
  • 真理によって聖別される

ことを願っておられるのです。

また大祭司であるキリストは、今もご自身の民のために執り成しておられます。

その祈りに支えられているからこそ、私たちは信仰の歩みを続けることができるのです。


この箇所の中心メッセージ

イエスは父から与えられた弟子たちのために祈り、彼らが守られ、一つとなり、真理によって聖別されるよう願われた。

弟子たちは世に属する者ではないが、世から取り去られるのではなく、福音の証人として世へ遣われる。

主は十字架を通してご自身をささげ、弟子たちを神のために聖別されるのである。

「真理によって彼らを聖別してください。あなたのみことばは真理です。」(ヨハネ17:17)