エゼキエル書 20章 イスラエルの歴史的背信(20:1–49)
1. 長老たちの来訪と神の拒絶(20:1–3)
「長老たちが主の言葉を求めて来た。」
しかし神は言われる。
「わたしはあなたがたに答えない。」(20:3)
理由は明確。
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彼らは心に偶像を抱いている(14章)
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外側は敬虔でも内側は背信
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神を利用しようとしている
つまり、偽りの敬虔への拒絶。
2. 出エジプトの背信(20:5–9)
① 神の選び(20:5–6)
神はイスラエルを選び、エジプトで誓いを立てた。
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契約
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約束の地
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神の民としての召命
しかし──
② エジプトで偶像礼拝(20:7–8)
「彼らはエジプトの偶像を捨てなかった。」
これは驚くべき宣言。
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出エジプト前から偶像礼拝
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モーセの召命以前から背信
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神の救いは“偶像礼拝者の救い”だった
神は言われる。
「わたしは彼らを滅ぼそうとした。」(20:8)
しかし──
③ 神は「名のゆえに」彼らを救った(20:9)
「わたしの名が汚されないため。」
つまり、
イスラエルの救いは彼らの義ではなく、神の名のため。
3. 荒野での背信(20:10–17)
① 神は律法を与えた(20:11–12)
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安息日
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掟
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神の民としての生活規範
しかし──
② 荒野での反逆(20:13)
「彼らはわたしに反逆した。」
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安息日を汚し
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偶像礼拝を続け
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神の律法を拒絶
神は言われる。
「彼らを荒野で滅ぼそうとした。」(20:13)
しかし再び──
③ 神は「名のゆえに」彼らを残した(20:14)
神の忍耐が続く。
4. 第二世代の背信(20:18–26)
① 第二世代への警告(20:18)
「父の道を歩むな。」
しかし──
② 第二世代も反逆(20:21)
「彼らもわたしに反逆した。」
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安息日を汚し
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偶像礼拝
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神の掟を拒絶
神は言われる。
「彼らを荒野で散らそうとした。」(20:23)
しかしまた──
③ 神は「名のゆえに」彼らを残した(20:22)
5. カナンでの背信(20:27–32)
① カナンに入っても偶像礼拝(20:28–29)
「高き所」での礼拝。
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バアル
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アシェラ
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モレク
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カナン宗教の完全受容
神は言われる。
「あなたがたはわたしを汚した。」(20:30)
② 子どもを犠牲にした(20:31)
「あなたがたは子どもを火に通した。」
これは モレクへの子どもの犠牲。
6. 現在の背信(20:32–39)
① 長老たちの偽りの敬虔(20:32)
「わたしたちは諸国民のようになりたい。」
これは
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神の民であることの拒絶
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異教文化への同化
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神の契約の放棄
神は言われる。
「そのようにはならない。」(20:32)
神は民を諸国民の中で裁き、 偶像礼拝を終わらせる(20:38)。
7. 回復の約束(20:40–44)
① 神の山での礼拝(20:40)
「わたしの聖なる山で、彼らはわたしを礼拝する。」
これは
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捕囚後の回復
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新しい契約の前兆
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神の民の再結集
② 神は「名のゆえに」彼らを回復する(20:44)
「あなたがたの行いによらず、わたしの名のゆえに。」
これは 救いの本質が“神の名のため”であることの宣言。
まとめ
エゼキエル書20章は イスラエルの歴史を“背信の連続”として再解釈する章。
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エジプトで背信
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荒野で背信
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第二世代も背信
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カナンでも背信
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現在も背信
しかしその度ごとに──
神は「名のゆえに」彼らを滅ぼさず、忍耐し続けた。
20章は 神の忍耐・神の名のための救い・契約の忠実さ という旧約神学の核心を示す章。

