ヨシュア記2章 ラハブの信仰 ── 異邦人にも及ぶ神の恵み(2:1-24)

ヨシュア記地図

ヨシュア記2章は、約束の地への入国直前に起こったラハブの物語です。

1章では神がヨシュアに、「強くあれ。雄々しくあれ。」と命じ、ご自身が共におられることを約束されました。

そして2章では、その約束が早くも具体的な形で現れ始めます。

興味深いことに、神はイスラエルの内側ではなく、エリコに住む一人の異邦人女性を通して、ご自身の働きを示されるのです。

この章の中心は、神の救いはイスラエルだけのためではなく、信仰をもって応答する者すべてに開かれているということです。

背景

イスラエルはヨルダン川の東側、シティムに宿営していました。

次に立ちはだかるのはエリコです。

エリコは堅固な城壁を持つ要塞都市でした。

人間的に見れば、攻略は容易ではありません。

そこでヨシュアは二人の斥候を送り、現地の様子を探らせます。

しかしこの章の焦点は軍事偵察ではありません。

神がすでに人々の心に働いておられるという事実です。

1. ラハブと斥候たち(2:1-7)

二人の斥候はエリコに入り、ラハブの家に宿を取ります。

ラハブは遊女として紹介されています。

社会的に高い評価を受ける立場ではありませんでした。

しかし聖書は、そのような人物を神が用いられたことを隠しません。

やがて斥候たちの存在がエリコの王に知られます。

王はラハブに、「その者たちを引き渡せ」と命じます。

しかしラハブは斥候たちを屋上の亜麻の茎の中に隠し、彼らを守ります。

ここで物語は、単なるスパイ活動から信仰の物語へと変わっていきます。

2. ラハブの信仰告白(2:8-14)

この章の中心はラハブの言葉です。

彼女はこう語ります。

「私は、主がこの地をあなたがたに与えられたことを知っています。」

さらに、「主、あなたがたの神こそ、上は天、下は地において神であられるからです。」と告白します。

これは驚くべき信仰告白です。

ラハブはイスラエル人ではありません。

シナイ契約を受けた者でもありません。

しかし彼女は、

  • 紅海の出来事
  • エジプトからの救い
  • シホンとオグへの勝利

を聞き、イスラエルの神こそ真の神であると信じました。

イスラエルの多くの人々が不信仰に陥ったのに対し、異邦人ラハブは信仰によって応答したのです。

そこで彼女は、自分と家族の命を救ってほしいと願います。

3. 緋色のひも(2:15-21)

ラハブは斥候たちを城壁の窓から逃がします。

その際、彼女は一つのしるしを与えられます。

「この緋色のひもを窓に結びなさい。」

そして家族をその家に集めるよう告げられます。

エリコが攻められる時、そのしるしのある家だけが守られるのです。

この場面は出エジプト記の過越を思い起こさせます。

過越の夜、イスラエルの家々は血のしるしによって守られました。

ラハブの家もまた、しるしによって守られるのです。

ここには、救いが信仰によるものであることが象徴的に示されています。

4. 神がすでに働いておられる(2:22-24)

斥候たちは無事に帰還します。

そしてヨシュアに報告します。

「主は確かにこの全地を私たちの手に渡されました。」

興味深いことに、彼らは城壁の強さや軍事力について多くを語りません。

むしろ、「住民はみな私たちの前に意気消沈しています。」と報告します。

神はイスラエルが到着する前から働いておられました。

戦いはまだ始まっていません。

しかし勝利の準備はすでに神によって進められていたのです。

この箇所が私たちに語ること

ヨシュア記2章は、信仰が聞くことから始まることを教えています。

ラハブは神を見たことがありませんでした。

しかし神のなさったことを聞き、その方を信じました。

信仰は神の御業とみことばへの応答なのです。

また、この章は神の恵みが異邦人にも開かれていることを教えています。

ラハブはイスラエル人ではありませんでした。

しかも社会的には決して誇れる立場ではありませんでした。

しかし彼女は信仰によって救われました。

後に彼女はイスラエルの共同体に加えられ、さらにイエス・キリストの系図にも名を連ねることになります(マタイ1章)。

神は出自や過去ではなく、信仰をご覧になるのです。

さらに、この章は神が私たちより先に働いておられることを教えています。

イスラエルがエリコへ到着する前に、神はすでにラハブの心に働いておられました。

私たちが見ていないところでも、神の計画は着実に進められているのです。

この箇所の中心メッセージ

ラハブはイスラエルの神こそ真の神であると信じ、信仰によって救いを求めた。

神は異邦人である彼女を受け入れ、その家族を守られた。

救いは民族や立場によるのではなく、神への信仰によって与えられ、神の恵みは信じるすべての者に及ぶのである。

「主、あなたがたの神こそ、上は天、下は地において神であられるからです。」(ヨシュア2:11)