ヨシュア記9章 ギブオンの欺き ── 祈りなしの判断の危険(9:1-27)

ヨシュア記地図

ヨシュア記9章は、アイでの勝利と契約更新の直後に起こった出来事です。

8章では、イスラエルはアカンの罪から回復し、神のみことばを改めて確認しました。

しかし9章では、今度は別の形の失敗が起こります。

それは偶像礼拝でもなく、不道徳でもなく、神に尋ねず、自分たちの判断で物事を決めてしまったことでした。

この章の中心は、どれほど経験を積んでいても、神に尋ねることを怠るなら誤った判断をしてしまうということです。

背景

エリコは陥落し、アイも征服されました。

イスラエルの勝利を聞いたカナンの諸王は一致して対抗しようとします。

しかしその中でギブオンの住民は別の方法を選びます。

彼らは戦う代わりに、だまして生き残ろうと考えたのです。

ここから物語は戦いではなく、「見分けること」の問題へと進んでいきます。

1. ギブオン人の策略(9:1-13)

ギブオン人は使節団を装い、遠い国から来た旅人のように見せかけます。

そのために、

  • 古びた袋
  • ひび割れた皮袋
  • すり切れた履物
  • ぼろ布の服
  • 乾いて砕けたパン

を用意しました。

そしてヨシュアのもとへ来て言います。

「私たちは遠い国から来ました。どうか私たちと契約を結んでください。」

実際には彼らは近隣の住民でした。

しかしイスラエルには、遠くの国とは和平条約を結ぶことが認められていたため(申命記20章)、その規定を利用しようとしたのです。

彼らは事実ではなく、見せかけによってイスラエルを欺こうとしました。

2. 最大の失敗(9:14-15)

この章の最も重要な言葉がここにあります。

「彼らはその食料を調べたが、主のみこころを求めなかった。」

イスラエルの指導者たちは証拠を確認しました。

古いパン、ボロボロのぶどう酒の皮袋、古びた服と履物も見ました。

ギブオン人の説明にも耳を傾けました。

人間的に見れば、慎重に調査し、十分に判断したように見えます。

しかし決定的に欠けていたことがありました。

それは、主に尋ねることです。

彼らは目で見て判断し、耳で聞いて判断しました。

しかし神のみこころを求めませんでした。

その結果、事実を調べていたにもかかわらず、本当の姿を見抜くことができなかったのです。

信仰者にとって最も大切なのは、多くの情報を集めることだけではありません。

神が何を望んでおられるのかを求めることです。

ヨシュアはアイでの敗北を通して、人間の判断だけに頼る危険を学んだはずでした。

それにもかかわらず、この時もまた主に尋ねることなく契約を結んでしまいました。

こうしてイスラエルはギブオン人と和平の契約を結ぶことになります。

3. 欺きが明らかになる(9:16-21)

三日後、イスラエルは彼らが近隣の住民であることを知ります。

当然、民は不満を抱きます。

しかし指導者たちは言います。

「私たちは主にかけて彼らに誓った。」

誓約は軽々しく破ることができませんでした。

たとえだまされていたとしても、神の御名によって結んだ約束は尊重しなければならなかったのです。

ここにも神の聖さが表れています。

不注意であったことと、誓約を破ってよいことは別問題でした。

4. 裁きと憐れみ(9:22-27)

ヨシュアはギブオン人を呼び出し、

なぜ欺いたのかを問いただします。

すると彼らは答えます。

「主があなたがたにこの地を与えると聞いたからです。」

ラハブの告白を思い起こさせる言葉です。

彼らもまた、イスラエルの神の力を恐れていました。

ヨシュアは彼らを滅ぼしませんでした。

しかしそのまま受け入れたわけでもありません。

彼らは、「薪を割る者、水を汲む者」として仕えることになります。

これは裁きであると同時に憐れみでもありました。

興味深いことに、彼らは後にイスラエルの礼拝共同体の中で生き続けることになります。

神の恵みは、このような異邦人にも及んでいくのです。

この箇所が私たちに語ること

ヨシュア記9章は、人間の判断の限界を教えています。

イスラエルの指導者たちは経験豊富でした。

証拠も確認しました。

しかし神に尋ねませんでした。

その結果、誤った判断をしてしまいました。

信仰生活においても、問題は知識不足ではなく、神のみこころを求めないことにある場合があります。

また、この章は見た目に惑わされる危険を教えています。

ギブオン人の作戦は成功しました。

指導者たちは古びたパンを見ましたが、その背後にある真実を見抜けませんでした。

人は外見で判断しますが、神は真実をご覧になります。

さらに、この章は神の憐れみの広さを教えています。

ギブオン人は欺きによって生き延びようとしました。

それでも彼らは滅ぼされず、神の民の中で仕える存在となりました。

ここにも、異邦人にまで及ぶ神の恵みの一端を見ることができます。

この箇所の中心メッセージ

ギブオン人は策略によってイスラエルと契約を結んだが、イスラエルの最大の失敗は神に尋ねなかったことであった。

信仰者は自分の判断や経験だけに頼らず、常に主のみこころを求めなければならない。

また神は人の失敗の中にも働かれ、異邦人に対しても憐れみを示されるお方なのである。

「彼らはその食料を調べたが、主のみこころを求めなかった。」(ヨシュア9:14)