士師記15章 顎骨による勝利 ── 力の源は神(15:1-20)
士師記15章は、サムソンとペリシテ人との対立がさらに深まっていく章です。
14章では、サムソンの結婚話が破綻し、その出来事をきっかけにペリシテ人との争いが始まりました。
サムソンの行動には感情的で未熟な面が見られますが、それでも神は彼を用いてペリシテ人への救いの働きを進めていかれます。
この章で強調されているのは、サムソンの強さそのものではありません。
真の力の源は神にあるということです。
この章の中心は、神は不完全な人をも用いて働かれ、勝利は人間の力ではなく神の力によって与えられるということです。
背景
結婚の宴会の後、サムソンは怒って実家へ帰ってしまいました。
その間に、彼の妻は別の男性に与えられてしまいます。
15章は、その出来事から始まります。
個人的な対立のように見える出来事が、やがてイスラエルとペリシテ人との大きな対立へと発展していくのです。
妻を失ったサムソン(15:1-8)
収穫の時期になると、サムソンは妻に会うためテムナへ向かいます。
ところが、妻の父は彼を家へ入れませんでした。
そして、「あなたが彼女をひどく嫌っていると思ったので、あなたの友人に与えました。」と告げます。
代わりに妹を妻にしてはどうかと提案しますが、サムソンは激怒します。
そこで彼は三百匹の狐を捕らえ、その尾と尾を結び合わせて松明をつけ、ペリシテ人の畑へ放ちました。
その結果、穀物、ぶどう畑、オリーブ畑が焼き尽くされます。
怒ったペリシテ人は、サムソンの妻とその父を焼き殺してしまいました。
するとサムソンはさらに報復し、多くのペリシテ人を打ち倒します。
憎しみが憎しみを生み、争いが拡大していく様子が描かれています。
ユダの人々とサムソン(15:9-13)
ペリシテ人はサムソンを捕らえるためユダへ攻め上ります。
すると驚くべきことに、ユダの人々はサムソンを助けようとしませんでした。
むしろ三千人がサムソンのもとへ行き、「ペリシテ人が私たちを支配しているのを知らないのか。」と言います。
彼らは自由を求めるよりも、現状維持を選んでいました。
長年の支配によって、すでに諦めの心が根付いていたのでしょう。
サムソンは抵抗せず、自分を縛ってペリシテ人へ引き渡すことを許します。
ロバの顎骨による勝利(15:14-17)
サムソンが縛られたまま連れて来られると、ペリシテ人は歓声を上げます。
その時、「主の霊が激しく彼の上に臨んだ。」と記されています。
縄は焼けた麻糸のようにほどけ落ちました。
サムソンは近くに落ちていたロバの新しい顎骨を拾い上げ、それを武器として戦います。
そして、「一千人を打ち倒した。」と記されています。
ここで注目すべきなのは、顎骨そのものではありません。
普通なら武器にならないものが、大きな勝利の道具となったのです。
それはサムソンが強かったからではなく、神が力を与えられたからでした。
神はご自身の働きのために、どのようなものでも用いることがおできになるのです。
渇きと神の助け(15:18-19)
大きな勝利の後、サムソンは激しい渇きに襲われます。
そして初めて神に叫び求めます。
「あなたはこの大きな救いをしもべの手によって与えてくださいました。」
ここでサムソンは勝利を自分の手柄とは考えていません。
神が救いを与えてくださったことを認めています。
神はその祈りに応え、岩のくぼみから水を出されました。
するとサムソンは元気を取り戻します。
戦いの勝利だけでなく、その後の必要も神が備えてくださったのです。
サムソンの士師としての働き(15:20)
章の最後には、「彼はペリシテ人の時代に二十年間イスラエルをさばいた。」と記されています。
サムソンの働きはまだ続きますが、ここでひとまず区切りがつけられています。
神は彼を通して、少しずつペリシテ人の支配に対する救いを進めておられたのです。
この箇所が私たちに語ること
士師記15章は、神こそが力の源であることを教えています。
サムソンは並外れた力を持っていました。
しかし聖書が繰り返し強調しているのは、「主の霊が彼の上に臨んだ」ということです。
力の源はサムソン自身ではなく神でした。
また、この章は神が不完全な人を用いられることを教えています。
サムソンは怒りに支配されることもありました。
人間的に見れば欠点の多い人物です。
それでも神は彼を用いて救いの働きを進められました。
さらに、この章は人が本当に必要としているのは神ご自身であることを教えています。
サムソンは千人に勝利した後、渇きによって倒れそうになりました。
どれほど大きな成功を経験しても、人は神の助けなしには生きていけません。
勝利の後にも、神への依存が必要なのです。
この箇所の中心メッセージ
サムソンはペリシテ人との争いの中で、神の力によって大きな勝利を経験した。
しかしその力は彼自身から出たものではなく、主が与えられたものであった。
神は不完全な人をも用いて働かれ、ご自身に頼る者に必要な力と助けを与えてくださるのである。
「あなたはこの大きな救いを、しもべの手によって与えてくださいました。」(士師記15:18)

