詩篇 42篇 渇く鹿のように(42:1-11)
背景
① コラの子らによる詩篇
- 表題には「指揮者のために。コラの子らのマスキール」と記されている。
- 詩篇42篇は、詩篇43篇と本来一つの詩篇であった可能性が高い。
- 両方の詩篇には同じ refrain(繰り返し句)が登場する。
「わがたましいよ、なぜおまえはうなだれているのか。 神を待ち望め。」
② 神への渇きを歌う詩篇
詩篇42篇は、
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように」
という有名な言葉で始まる。
- 神を求める渇き
- 神の臨在への憧れ
- 神との交わりへの願い
が詩篇全体を貫いている。
③ 捕囚あるいは離散の状況
詩人は神殿から遠く離れているようである。
- 礼拝できない。
- 神殿に行けない。
- 神の民との交わりを失っている。
そのため深い霊的渇きを経験している。
④ 詩篇の主題
「神が遠く感じられる時でも、信仰者は神を待ち望み続ける。」
ということである。
補足:
詩篇27篇が神の家を慕う信仰を歌うなら、42篇は神の臨在を失ったように感じる時の渇きを描いている。
1. 神への渇き(42:1-2)
① 有名な冒頭
「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように。」
- 激しい渇きの描写である。
- 命を求める切実な願いである。
- 神への強い愛を表している。
② 魂の渇き
「私のたましいは神を慕いあえぎます。」
- 神が必要である。
- 神との交わりを求める。
- 神の臨在を求める。
③ 生ける神への願い
「生ける神を。」
- 偶像ではない。
- 真に生きておられる神。
- 応答してくださる神。
を求めている。
④ 神の御前への憧れ
「いつ私は神の御前に出られるのか。」
- 礼拝への渇望。
- 神殿への思慕。
- 神との再会への願い。
補足:
ここで求められているのは祝福そのものではなく、神ご自身である。
2. 涙の日々(42:3-4)
① 絶えない涙
「私の涙は昼も夜も私の食べ物でした。」
- 深い悲しみ。
- 絶えない苦悩。
- 心の疲労。
が表現されている。
② 敵の嘲り
「おまえの神はどこにいるのか。」
- 神の沈黙を嘲る。
- 信仰を攻撃する。
- 希望を奪おうとする。
③ 過去の礼拝を思い出す
「私は群衆とともに進み。」
- 喜びの礼拝。
- 神の民との交わり。
- 祭りの歓声。
を思い起こしている。
④ 失われた喜び
- かつては礼拝していた。
- 今は離れている。
- 神を慕う思いが強まる。
補足:
過去の恵みの記憶が、現在の苦しみを一層強く感じさせている。
3. 自分の魂への語りかけ(42:5)
① 有名な問い
「わがたましいよ、なぜうなだれているのか。」
- 自分自身に語りかける。
- 信仰を励ます。
- 落胆に立ち向かう。
② 内なる戦い
- 感情は沈んでいる。
- 心は苦しんでいる。
- しかし信仰は諦めない。
③ 希望への命令
「神を待ち望め。」
- 神は生きておられる。
- 神は変わられない。
- 神は救われる。
④ 将来の賛美
「私はなおも神をほめたたえる。」
- 今は苦しい。
- しかし終わりではない。
- 神への賛美が再び起こる。
補足:
詩篇62篇の「わがたましいよ、ただ神を待ち望め」と共通する信仰である。
4. 遠くで神を思い起こす(42:6-8)
① 落胆する魂
「私のたましいは私のうちでうなだれています。」
- 苦しみは続いている。
- 神はまだ見えない。
- 心は重い。
② 神を思い出す
「それゆえ私はあなたを思い起こします。」
- 記憶によって信仰を保つ。
- 神の御業を思い出す。
- 神の真実を思い返す。
③ 大水の比喩
「淵が淵を呼び。」
- 苦難が次々に押し寄せる。
- 圧倒的な苦しみ。
- 逃げ場のない状況。
を描いている。
④ それでも愛されている
「昼には主が恵みを命じられ。」
- 神の慈しみは尽きない。
- 神の契約は変わらない。
- 神は共におられる。
⑤ 夜の歌
「夜にはその歌が私とともにある。」
- 暗闇の中でも賛美する。
- 苦難の中でも祈る。
- 神を忘れない。
補足:
最も暗い夜にも、神への歌が残されていることが希望となっている。
5. なぜ私を忘れられたのですか(42:9-11)
① 神への問い
「なぜ私をお忘れになったのですか。」
- 正直な祈りである。
- 神への訴えである。
- 信仰の葛藤である。
② 敵の攻撃
「おまえの神はどこにいるのか。」
- 同じ嘲りが繰り返される。
- 信仰への攻撃が続く。
- 苦しみが終わらない。
③ 再び魂への語りかけ
「わがたましいよ、なぜうなだれているのか。」
- 信仰を立て直す。
- 神を見上げる。
- 希望を取り戻す。
④ 結論
「神を待ち望め。」
- 神は沈黙していても生きておられる。
- 神は遠くに見えても共におられる。
- 神は必ず救われる。
⑤ 神は私の救い
「私の救い、私の神。」
- 希望の源。
- 喜びの源。
- 命の源。
である。
補足:
詩篇全体は解決で終わるのではなく、希望で終わっている。
神学的意味
① 信仰者も霊的渇きを経験する
- 神が遠く感じられることがある。
- 礼拝の喜びを失うことがある。
- 心が沈むことがある。
② 神ご自身が最大の必要である
- 祝福ではない。
- 問題解決だけでもない。
- 神そのものを求める。
③ 信仰は自分の魂に語りかける
- 感情だけに支配されない。
- 神の約束を思い出す。
- 希望を選び取る。
④ キリストとの関係
キリストは、
- 「生ける水」を与える方
- 渇く者を満たす方
- 神との交わりを回復する方
である。
この詩篇の渇きは、最終的にキリストによって満たされる。
まとめ
- 詩篇42篇はコラの子らによる霊的渇きを歌う詩篇である。
- 詩人は鹿が水を求めるように神を慕い求める。
- 神殿から離れ、深い悲しみを経験している。
- 敵は「おまえの神はどこにいるのか」と嘲る。
- 詩人は過去の礼拝を思い出しながら神を待ち望む。
- 苦しみは続くが、神の慈しみも続いている。
- 自分の魂に「神を待ち望め」と語りかける。
- 最後は「私の救い、私の神」という告白で終わる。
- この詩篇は、**「神が遠く感じられる時でも、信仰者は神への渇きを失わず、神を待ち望み続ける。その渇きはやがて神ご自身によって満たされる」**という神学的教訓を示している。

