マルコ12:13-34 論争の連続
皇帝への税金(12:13-17)
祭司長たちやパリサイ人たちは、イエスをことばの罠にかけようとしました。
そこで、
「皇帝に税金を納めることは律法にかなっていますか。」
と尋ねます。
もし納めるべきだと言えば民衆の反感を買い、納めるべきでないと言えばローマへの反逆罪に問われる可能性がありました。
しかしイエスはデナリ銀貨を持って来させ、
「この肖像と銘はだれのものですか。」
と問われます。
そして、
「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」
と答えられました。
イエスは政治的な罠を退けるだけでなく、人間が本来神に属する存在であることを示されたのです。
復活についての論争(12:18-27)
今度は復活を信じないサドカイ人たちがやって来ます。
彼らは、七人の兄弟が同じ女性と順番に結婚したという架空の話を持ち出し、
「復活の時、その女性はだれの妻になるのですか。」
と尋ねました。
彼らは復活信仰を嘲笑しようとしていたのです。
しかしイエスは、
「あなたがたは聖書も神の力も知らないので、思い違いをしている。」
と言われます。
そして復活後の世界は現在の結婚制度に縛られないことを示されました。
さらにモーセの柴の箇所を引用し、
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神です。」
と語られます。
神の前ではアブラハムもイサクもヤコブも生きているのです。
最も重要な戒め(12:28-34)
律法学者の一人が近づいて来て尋ねます。
「すべての戒めの中で、どれが一番重要ですか。」
イエスはまず申命記6章を引用して答えられます。
「聞け、イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである。」
そして、
「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」
と言われます。
さらにレビ記19章を引用して、
「あなたの隣人を自分自身のように愛せよ。」
と続けられます。
イエスは律法全体を、
- 神への愛
- 隣人への愛
の二つに要約されたのです。
神の国に近い人(12:32-34)
律法学者はイエスの答えに同意し、
神を愛し隣人を愛することが、あらゆるいけにえにまさると認めます。
するとイエスは言われます。
「あなたは神の国から遠くない。」
この律法学者は、他の指導者たちとは異なり、真理に耳を傾ける姿勢を持っていました。
しかし「遠くない」と言われたのであって、まだ入ったとは言われていません。
理解することと、キリストを信じて従うことは別だからです。
論争の結末
この一連の論争では、
- パリサイ人
- ヘロデ党
- サドカイ人
- 律法学者
が次々にイエスへ挑戦しました。
しかしイエスはすべての問いに答えられました。
彼らはイエスを試そうとしましたが、そのたびにイエスの知恵と権威が明らかになります。
そして論争の終わりに、人々はもはや質問することができなくなりました。
この箇所が私たちに語ること
人はしばしば信仰を理論や議論の問題として扱います。
しかしイエスが求めておられるのは、単なる知識ではありません。
神を心から愛し、隣人を愛する生き方です。
また、神の国に近いだけでは十分ではありません。
私たちはキリストご自身を受け入れ、その方に従う決断へ招かれているのです。
この箇所の中心メッセージ
宗教指導者たちは次々とイエスに挑戦したが、主はすべての問いに知恵をもって答えられた。
そして律法全体は神への愛と隣人への愛に要約されることを示された。
真の信仰とは議論に勝つことではなく、神を愛し、そのみこころに従って生きることである。
「心を尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(マルコ12:30)

